小さな牽制
久しぶりに見た思い人は想像以上に美しく、春の空に消える桜の花のように儚かった。
心臓がうるさい。
こんな思い初めて―――いや、久しぶりだ。
秀夜は全てを椅子に預けて大きく息を吐いた。
そんな秀夜の耳に聞き慣れた声が届いた。
不快そうに眉を寄せながらゆっくりと顔を上げる。
「君、意外と面喰いだったんだね。」
悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべながら声の主はまじまじと秀夜の顔を覗き込む。
驚き半分からかい半分の仕草に秀夜の眉間に刻まれる皺は自然と深くなる。
「まぁまぁ、私より先に牽制しないといけない人がいるだろう?」
そんな秀夜に微苦笑を浮かべながら悠斗はチラリと執務室の机に視線をやる。
その視線を追うと火照った頬を隠すように机に突っ伏している青年が一人。
秀夜はヒクリと顔を引き攣らせた。
「まさか…。」
「最後の微笑がとどめを刺したね。
特に主上は今まで女性に興味を持たれなかったから。」
秀夜は何も言えなかった。
確かにあの微笑みは反則だ。
自分たちが部屋に入ってからずっと無表情か無理やり作った不格好な笑みしか浮かべていなかったくせに最後の最後であんなに綺麗に微笑むなんて。
「主上、あげませんよ」
少し間をおいてようやく絞り出された声は低く、強い意志が秘められた音だった。
たとえ彼女が王に見染められようが、晴希が何か仕掛けてこようが今更この機会を逃すつもりも、誰かに譲り渡すつもりも秀夜には全くない。
自分の妻となる女性との再会を随分と長い時間を彼はずっと待っていたのだから。
「……分かっている。
そういえば晴希殿は?」
「綺羅姫が連れて来た侍女に用があると。」
その言葉に秀夜は僅かに顔を歪めた。
一瞬、本当に一瞬だったが見覚えのある綺羅の侍女―――蛍が助けを求めるような、それでいてもう綺羅にかかわるなと拒絶するような複雑そうな顔をして自分を見た気がした。
「秀夜…。」
「分かっています。
あの晴希殿を敵に回すんですからそれなりの覚悟はしてますよ。」
どこか不安そうな王に秀夜は微苦笑を浮かべた。
大丈夫。彼女の中から完全に自分が消えてしまったわけではない。
例え彼女が自分と交わした約束を覚えて居なくとも、涼やかな音共に揺れるあの簪を彼女が身に付けてくれている限り、自分はどんなことでもしてみせる。
彼女が昔のようにもう一度微笑んでくれるように。
「ホント、一途だね。」
「悠斗は少し秀夜を見習う方がいいと思うぞ」
「爪の垢を煎じてやろうか?」
本気で冷たい視線を向けてくる王と秀夜に悠斗はニッコリと微笑んだ。
「遠慮しておきますよ。花は愛でてこそですからね。」
いつか、本気で女に刺されるんじゃないだろうか。
二人は悠斗のはた迷惑な美学にそう思わずにいられなかった。




