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blue&blue  作者: 美咲
1:始まり
5/38

そんな生活を続けるうちに、季節は夏を迎えようとしていた。

じりじりと照りつける太陽もしっとり汗ばむ肌もすべてうっとうしい。


けれど夕方になると幾らかマシになったような気がして私は待ち合わせ場所に立った。

今日は普段あまり接点のない女友達と会う予定だ。

他大学で行動範囲も趣味も違う女の子。


彼女は雄介の友達だ。

まだ彼と付き合っている時に一緒にご飯を食べ仲良くなり、彼抜きでも遊びに出かけるようになったのだ。

けれど私と彼が別れたことを知り、彼女なりに気を使ったのか先日久しぶりにメールが来た。

もちろん彼と彼女は切り離して考えているので、気を使ったメールを寄越す彼女の好意に甘えて、少しだけ愚痴らせてもらおうとご飯を食べる約束をしたのだ。


「恭子ちゃん、久しぶり!」


約束の時間ほぼぴったりにやってきた彼女に私は笑顔で手を振る。


「茉莉さ~ん、元気にしてた?」


恭子も満面の笑顔でこっちに駆けてきた。

ひとつ年下の彼女は溌剌とした印象のサッパリした子だ。

その変わらない可愛らしい風貌が羨ましい。

男なら誰でも守ってあげたい本能をくすぐるタイプだと思う。

どちらかといえば冷たい印象を与える私とは正反対だ。


久しぶりの再会にひとしきり喜び、私たちは場所を移動した。

彼女はお酒があまり飲めないので、いつも居酒屋ではなくイタリアンや定食屋などのご飯屋に向かう。


今日入ったのは若い子など見向きもしないような古臭い揚げ物屋。

背が低い割りにたくさん食べる彼女らしい選択だ。

私も特に食にはこだわらない。

むしろこういうサラリーマンしか来ないようなお店の方が美味しかったりもするので即決だ。


「こないだ雄介に会ったよ」


おしぼりで手を拭きながら彼女が唐突に言った。

突然のことに動揺して言葉が出ない。


「茉莉さん、まだ雄介のこと好きなんだね」


責めるでも哀れむでもないトーンで淡々と彼女は言う。


「…雄介はなんて?」


「あんな奴、早く忘れた方がいいよ」


やっと出た私の質問はあっさりと流された。


彼女の固い表情に胸が痛い。

恭子がこういう言い方をするということは、雄介が何か良くないことを彼女に言ったのだろう。

そしておそらく、私に伝わると分かってのことに違いない。


「恭子ちゃん。大丈夫だから全部教えて」


だったらすべて聞いて受け止めようと思った。

優しくて狡い雄介は直接私に言えないことを彼女に託したはずだから。


「あいつ、女ができたんだって」


私はおしぼりを拭く手を止めて恭子を見つめる。


夢があるから恋愛をしている余裕がない、だから彼とは終わったはずだった。

なのに女ができた?

この数ヶ月で彼の夢は叶うはずがない。

だったら答えはひとつ。

単純に私のことを好きじゃなくなったんだ。


恭子は黙ってしまった私をちらりと見て少し迷うような表情をしたが、そのまま話を続ける。


「夢があるからその人とは付き合ったりしないみたいだけど、想い合うだけで十分幸せだって。それなのに今でもたまに茉莉さんから連絡がくるから何とかしてくれって言ってた。あんな奴好きでいることないよ。男なんて他にもいっぱいいるんだから…」


「…そうだね」


男なんていっぱいいる、雄介と別れてからこの台詞を何回聞いただろう。

最初は私だってそう思っていた。

すぐに彼よりいい男を見つけてやるなんて息巻いていた。

けれどどうやったって忘れられないのだ。

記憶が美化されてるのかもしれないと雄介の嫌なところばかりを無理にでも記憶から呼び起こしてみたこともある。

でも駄目だった。

心は簡単に彼へと舞い戻っていってしまう。


けれど恭子に『何とかしてくれ』なんて言うほど、彼にとって私はウザかったのか。

いつも限界まで耐えて、電話していたつもりだったけれど。


「食べよう?」


やってきた料理を前に手を合わせ、恭子は不自然に明るい声で言った。

私も箸を手に取り、フライを口の中に入れる。

不思議なくらい味がしない。

けれど私は使命のように口の中のものを咀嚼し、また次へ箸を伸ばす。


そうしながら考えていた。

その女はどんな人なんだろう。

そんなに惚れるくらいきれいな人なんだろうか。

どうして傍にいるのが私じゃ駄目なんだろう。

私って何なんだろう。

彼の手が想像上の女の髪を撫でる場面が瞼の裏にちらつき、私は席を立った。


「ごめん、今日は帰るね」


何か言いたげな恭子に大丈夫だと笑顔を作り、失敗した。

けれど気を取り直して手を振り、無心になりたくて私は目的もなく歩き出した。


人気の多い繁華街のネオンが眩しい。

すぐ傍らを大学生らしい集団が酔っ払いながらワイワイ歩いていくのを横目で見ながら、私はなるべく人がたくさんいる道を足を動かし続ける。

一人になりたいけれど、なりたくなかった。



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