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恭子に指定されたのは渋谷の真ん中にある洒落た居酒屋だった。
そこのパーティールームを貸切り、大人数でワイワイと楽しんでいるらしい。
スクランブル交差点を渡りながら私はひとつため息を吐く。
渋谷は苦手だ。
おしゃれや流行を楽しんでいる象徴の街だから。
私だってそれなりに流行りはチェックするが、センター街を夜通し闊歩するような根性は持ち合わせていない。
それよりも新宿のようなオフィス街が広がるような街の方が好きだ。
お互いに関心を持たない、そんな空気を感じるから。
そんなことを考えながらギャル達がたむろする道をやたら堂々と歩きながら目的の店に辿りついた。
最初に目に入った店員に部屋の場所を聞き、そっと扉を開けるといくつもの目がこちらに向けられるのを感じた。
その多さに思わず怯む。
男女入り混じって、ざっと三十人はいるだろうか。
「茉莉さーん、こっちこっち」
たくさんあるテーブルの一角から声がしたのでそっちを見ると恭子がニコニコと笑いながら手を振っていた。
電話でも酔っていると感じたが、その顔は赤くなって明らかに酔っ払いといった風貌だ。
私は苦笑しながら恭子の隣りへと座った。
「急に誘ってごめんね。でも来てくれて嬉しいよ~。最近全然メールもしてなかったけどどうなの?」
傍にあったピッチャーのビールをグラスに移してくれながら恭子は言った。
「うん…まあ」
周りにたくさんの人がいるので何となく言葉を濁してグラスを受け取った。
見知らぬ人に聞かせるような話ではないので誤魔化すように乾杯をする。
「彼氏できた?」
「できてはいないけど好きな人はいるよ」
さらっと口にした報告に恭子は
「良かった~~!」
と抱きついてきた。
よく見ればうっすら涙まで浮かべている。
「いやいや、彼氏ではないんだけど」
「ううん、雄介のことを吹っ切って前に進んでることが嬉しいんです」
涙をハンカチで押さえながらきっぱりと言う恭子に、泣き上戸だとは知らなかったなと苦笑する。
これはこれで面白いが、果たして明日記憶はあるんだろうか。
「それにしてもすごい人だね」
温いビールをちびちび飲みながら私はグルッと周りを見渡す。
年はおそらくみんな同じくらいだろうが、カジュアル系、モード系、ストリート系と様々な外見の人がひっきりなしに右へ左へ歩いていて、ここにいれば駅前と同じくらいの人間観察ができそうだった。
「最初は数人だったんだけど、何人呼べるか競争みたいになっちゃって」
今では収集がつかなくて困っていると恭子は笑う。
確かに取り纏める役がいないこの場には、どうしたらいいのか分からない人も多数いそうだ。
「それでその相手の人って…」
「恭子!」
話の途中で名前を呼ばれた恭子は残念そうに立ち上がる。
「来てくれてすぐで申し訳ないけどちょっと行ってくるね。用が済んだら戻ってくるから適当に飲んでて」
話を聞きたいと書かれた顔の前で手を合わせ、覚束ない足で恭子はフラフラとそちらへ行ってしまった。
残された私は知り合いもいないので若干居心地が悪かったが、他にもそういう人がちらほらいるのが分かったので気を取り直して飲み物を口へ運んだ。
瞬く間に一杯飲み干し、おかわりを貰おうとピッチャーに手を伸ばすと、ふと恭子のものと思われる手帳が広げてあるのが視界に入った。
プリクラや写真がたくさん貼り付けられたそのページによく知ってる顔があった気がして思わずじっと見てしまう。
そこに写っていたのは雄介と見知らぬ女のツーショット。
綺麗系にまとめている女の顔から目が離せない。
あの夜から奴のことは忘れるよう努力し、マサルと出会ってからは実際に思い出すこともほとんどなくなってはいた。
けれどこうやって目の前で女と一緒に写っている彼の姿を見てしまうと、嫌でも胸の中がざわつく。
元気なんだろうか。
彼女とうまくやっているんだろうか。
少しでも私を恋しがってくれていないだろうか。
返ってこない問いを心の中で写真の彼に投げかける。
「どうしました?」
ピッチャーに手を伸ばしたまま固まって動かない私を不審に思ったのか、後ろから心配そうな男の声がして、呪縛がとけたように身体が動き出す。
「いえ、何でもないです」
愛想笑いを浮かべてその人に返事をし、私は今度こそピッチャーを掴んで引き寄せた。
「手酌ですか?寂しいなぁ。注ぎますよ」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言って初めてその人の顔を見る。
同い年の人ばかりと思ったが、この人は私より少し年上そうだ。
縦にも横にも幅があり、なんだか大きな熊のヌイグルミみたいな風貌だ。
「突然電話がかかってきて来たんですが、こういう大人数なのはあまり得意じゃなくて参りますよ」
「あ、分かります。私もなんで」
注がれたビールに口をつけながら同意する。
まだ恭子は戻って来ないが帰るには帰るには早すぎるだろうか。
「お名前聞いてもいいですか?」
おそるおそるといった風に聞いてくる熊さんに「茉莉です」と自己紹介する。
「俺は謙吾といいます。よろしく」
ニコニコと笑顔を浮かべる熊さんは決して格好良くはないが憎めない顔をしており、私は本当の熊もこのくらい愛嬌があればいいのに、と下らないことを考えていた。