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秋も深まり冷たい木枯らしが身に染みる季節になった。
マサルとはあれ以来会えていないが、メールはたまにしている。
けれどそれもほとんどが私から発信していた。
飲みに行こうというお誘いや日常の何気ないことなどを、ウザがられない程度に送る。
文面を作っている時間はああでもないこうでもないと頭をひねらせるが楽しかった。
返信は期待しないようにしていたが、あからさまに無視されると落ち込み、返ってくると「何かあったの?」と美波に驚かれるほどテンションが上がった。
明らかにマサルに振り回されているのが分かったが自分では止める方法が分からない。
自分が好きでいればそれでいい、彼氏はいらないと堂々と言っていた自分は消え、マサルの隣りにいる権利が欲しくてたまらなかった。
いや、今でも彼氏がいらないというのは変わらない。
ただマサルが欲しいのだ。
「それってどう違うの?」
学食でお昼を食べながら美波が真顔で聞いてくる。
「全然違うよ。相手がマサル以外なら彼氏なんていらない」
「それはマサルさんのことが好きだからでしょ?誰か他の人のことを好きになったら同じように付き合いたくなるんだから一緒じゃない」
「いいや違う」
それとこれとは全然違うのに美波は釈然としないようだ。
どう説明しても「分かったような分からないような」という返事しか返ってこないので私も匙を投げた。
「まあ茉莉にしか分からない拘りがあるのは分かった」
そう言ってこの寒い中アイスを食べながら美波が呆れたように笑った。
「茉莉時間いいの?」
そう言われて時計を見ると13時少し前を指している。
今日はとある会社の説明会へ行く予定だ。
早い人は大学三年の春から始めているだろう就職活動を、私はようやく重い腰をあげて始めることにしたのだ。
けれど実際は就職する気はあまりない。
どこか興味のあるところへ引っかかればラッキー、無理ならフリーターでも派遣でも道はたくさんあると気楽に考えていた。
それなら何故急に就職活動を始めたのか。
答えは簡単だ。
マサルのことを考える時間を減らすために決まっている。
そんな下らない理由で始めた就職活動だが、意外なことに私は楽しんでいた。
必死で穴埋めするかのようなエントリーシートや履歴書も、黒いリクルートスーツで電車に乗り見慣れないオフィス街をうろつくのも、不採用通知ばかり届くのも新鮮だった。
大学にいたってこんなに勉学に励まず過しているのだ。
同じ時間を過ごすなら大学へ通うよりも働いた方がいいに決まっている。
それにやらなければいけないことや、行かなければいけないところに追われていればマサルに不毛なメールをしなくてすむ。
就職活動はある意味私にとっては精神的な安定剤のような役割をしているのかもしれない。
「そろそろ行かなきゃ。じゃあまた明日の講義でね」
そう言うと私は身なりを整えて学食を出た。
今日は大手の映画配給会社の説明会だ。
映画に特に興味があるわけではないが、マサルのモデル業と少しでも接点がありそうな職種を選んでしまう自分の浅はかさも重々承知だ。
今まで降りたこともないような駅に直結した大きな会場で偉い人の話を聞き、帰ろうかどこかへ寄って行こうかと考えていたところ携帯の着信音が鳴った。
誰だろうとディスプレイを見てみると恭子からで驚く。
雄介と別れてすぐに会ったきりだったのにどうしたのだろう。
もしかしたら電話に出ると嫌なことを聞くかもしれないと一瞬身構えたが、鳴り続ける着信音に何かあったのかもしれないと通話ボタンを押す。
「茉莉さん?出てくれて良かった。今何してます?」
恭子の明るい声が携帯から飛び出した。
お酒が入ってるのだろうか、少し舌足らずの喋り方に何となく笑ってしまう。
「今?会社説明会が終わって暇してたとこ」
「就活始めたんだ。どうですか?いけそう?」
「説明会だからいけるもいけないもないよ」
電話の向こうがガヤガヤと賑やかだ。
飲み屋からかけてるのだろうか。
「今何人かで飲んでるんだけど茉莉さん来れない?」
突然すぎる提案に思わず黙る。
人付き合いが苦手な私はそういう状況に弱いのだ。
「それって私は知らない人ばかりなんでしょ?」
行きたくないことを暗に含ませて聞いてみるが、彼女の返事はあっけらかんとしたものだった。
「大丈夫だよ。私も知らない人ばかりだし」
「ええ?じゃあ何飲みなの?」
恭子は酔いが回ってるのか話の内容がいまいちよく分からない。
「最初は友達と飲んでたんだけど、みんなそれぞれ来れる友達を片っ端から呼んで大勢で飲もうってことになって。色んな人がいるから茉莉さんもぜひおいでよ」
なるほど、それで私にも声がかかったのか。
きっと電話帳のメモリを順番にかけているに違いない。
けれど、そういうことなら奴も来る可能性もあるのではないかと疑問になる。
「雄介は来れないって連絡があったから大丈夫だよ」
まるで心の中を読んだかのような言葉にホッと胸を撫で下ろす。
けれど行く気には全くなれなかった。
「だいぶ前に会った時、茉莉さんすぐ帰っちゃったでしょ?悪いこと言ったかなって心配だったんだ。だから今日は心行くまで話そう?」
そう言われ、前回恭子と会ったことを思い出す。
つい最近のことと思っていたが、あれから随分経つことに気付いた。
確かにあの時は雄介の新しい女の話に動揺してすぐに席を立ってしまったっけ。
彼女にも心配させてしまったのかと自分の行動を反省しながら、気が進まないなりに私は
「いいよ。どこに行けばいいの?」
と返事をした。
前回の埋め合わせだ。そしてなるべく早めに帰ろう、そう思いながら。




