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『今日は誘っておいて本当にごめん。さすがにもう会ってもらえないかと思って茉莉の家の前まで来たんだけど、携帯にかけても話中だし帰ります』
一度読み、信じられなくてもう一度読み直す。
思考能力が止まっているのか理解できなくて、もう一度。
さっきまでマサルが私の住んでいるアパートの入口にいたということだろうか。
オートロックがあるから1階の玄関まで。
しかも携帯に電話した?
私が暇人と電話していたあの下らない時間に?
そこまで考えると私はベッドに突っ伏した。
どうしよう、思いっきり叫びたい。
やっぱりコミュニティーなんかに頼らず、一人でグジグジと考え込んでいれば良かったんだ。
そうしたらマサルの着信にも気付いて、今頃二人でのんびりしていただろう。
メールは今から約十分前に受信している。
もしかしたらまだ近くにいるかもしれないと私は急いでマサルに電話をかけた。
「もしもし?」
あっさりと電話は通じ、聞きたくて聞きたくてたまらなかった声に思わず目頭が熱くなる。
「マサル、今どこ?」
「もう帰り道だよ」
呆れたような困ったようなマサルの顔が目に浮かぶようだ。
「うちに引き返すことはできない?」
私は必死になって逃してしまった光に手を伸ばすように尋ねた。
可能性がゼロでない限りできるだけの事をしなければ。
しかし電話の向こうで僅かに彼が笑ったのが分かった。
「無理だよ。もうだいぶ遠くまで来ちゃったし、今日はもう寝たいから」
淡々と話すマサルの言葉に気分が一気にどん底まで落ちる。
まるでジェットコースター、いやフリーフォールの方が近いかもしれない。
「…せめてインターフォンくらい押そうよ」
諦めの悪い自分に嫌気がさしながらも私はまだ食い下がる。
「いや電話をかけて出ないのに押すはずないだろ。誰か来てるかもしれないし」
「何それ」
男が来てるかもしれないということだろうか。
マサルの中で私のイメージはそういう女なのだろうか。
強くは否定できないが好んでそういうことをする訳がないのに。
「いや、学校の友達とか来てたりするかもしれないじゃん」
そう言われて友達かとホッとする。
それと同時に男関連かと勘違いした自分に恥ずかしくなり、誤魔化すかのように私は考えなしに口を開いた。
「どうせ私と約束してたけど他の人から誘われて行ったとかそんなんでしょ」
それは自分でも理解していたつもりなのに、本音を言えば寂しくてずっと心にしまっておいたことだ。
焦って思わず言ってしまった言葉に私は熱くなっていた頭の芯が急に冷えるのを感じた。
これは口にするべきではないセリフだ。
案の定電話の向こうからは沈黙しか聞こえてこない。
けれど言ってしまった言葉はもう戻らない。
「違うよ。そう思われても仕方ないけど。でも俺だって今はそんな余裕なんかないんだよ」
さっきまでとは違う冷ややかな声。
私は軽はずみな言動を心底後悔した。
彼を癒したいとこの間思ったはずなのに、こんな非難するようなことを言ってしまうなんてどうかしているとしか言いようがない。
「ごめん。そんなつもりで言ったんじゃない。そうじゃなくて、私はただ」
ただマサルに会いたい。
会っていつも通りに下らない話をしたい。
それだけで綿菓子に包まれたような幸せな気持ちになれるのだから。
そう言いたいけれど、こんな状況で告白紛いのことを言ってこれ以上引かせたくない。
「ごめん私、自分はもっと物分りのいい人間だと思ってたわ」
「いや、俺が約束守らなかったのがそもそも悪かった。今度からもっと気をつけるよ」
そして通話は切れた。
その時私たちの関係まで切れてしまったような気がして、私は少し泣いた。
ふとテレビを見ると、さっきまでやっていたはずの深夜バラエティーは終わってしまったのか、通販番組が間抜けなほど能天気に流れていた。




