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blue&blue  作者: 美咲
3:恋
32/38

「なんだか久しぶりだな」


マサルとお店を出た後、そのまま彼は私の家についてきた。

相変わらず自宅のように寛ぐ姿に懐かしさを覚え、そういえば前回彼が家に来たのはいつだろうと考える。

ざっと記憶を辿ってみたが軽く一ヶ月は前ではないだろうか。

ここのところゆっくり二人で会うことすらなかったので、前のように軽口が叩けず調子が狂う。


「どうしたの?深刻な顔して何か心配事?」


呑気なマサルの言葉に苦笑してしまう。

優美さんとの関係が気になるなんて言えるはずがない。


けれどこの気持ちを潰すなら今だ。


「最近忙しそうだね」


だからこの言葉から探りを入れようと慎重に言う。

しかしマサルは軽くああ、とクッションを抱きかかえてくぐもった返事をした。


「こないだ行けなかったことだったら悪かった。でも今まで茉莉と時間通りに会えてたことが奇跡なんだよ」


「どういうこと?」


「約束しても会えるか分からないってこと」


当たり前のようにきっぱりと言い放つマサルについていけない。

すっぽかすという行為は世間ではそんなに当然のごとく行われているものなんだろうか。


「茉莉に限らず、俺には野心や立場ってものがあるから自分の時間を全部自分のものにできるとは限らないんだよ」


説明されてもいまいちピンとこない。


「優先順位が低いってこと?」


「違う。生活するにはお金が必要だろ?お金を稼ぐには仕事をしなきゃいけない。俺は雇われ店長だしモデル業だってやれるところまでやってみたい。オーナーの呼び出しやモデル関係の集まりに来いって急に言われたらそれがどんな集まりでも顔を出したいんだよ」


それはつまり私と会っていても利益にならないということか。

卑屈なようだけど何故だか私は納得してしまった。

確かに私と会っても未来が開ける訳ではない。

もしそういう呼び出しを蹴ってまでマサルが私と会って、大切な未来を台無しにしてしまったら罪悪感を感じる程度の話ではすまないはずだ。


「それは分かった。でも連絡くらいできるんじゃない?」


だからそう言うとマサルは少し黙った。


「そうだな、ごめん。気をつけるよ」


そして部屋には沈黙が訪れた。

いつも下らない話をして盛り上がっていたのが嘘のような空気だ。

けれど重々しいとは感じない。

そういう時もあっていいじゃないかと思う。


「お茶でも淹れるね」


私は立ち上がる。

マサルからは「ああ」という気の抜けた返事がかえってきた。


キッチンまで移動してヤカンを火にかける。

この新しいとは言えないマンションにはIHのようなハイテクなものはついていない。

だから私はコンロの前に座り込み、ぼんやりと火を眺めた。

今の雰囲気では優美さんのことは聞けそうにないなと思いながら。

気になってお店にまで押しかけて、結果マサルとゆっくり話す時間ができて良かったが、なんだかスッキリしない気分だ。

空気を読まずにサラッと話題に出してしまおうか。


けれど出来上がったコーヒーをマサルの元へ運んでいくと彼はウトウトとベッドに凭れて目を閉じていた。


「お兄さん、寝るなら横になりなよ」


軽く揺さぶってみても起き上がる気配がない。

私はマサルの横に座り寝顔を眺める。

それだけ疲れているのだろう。


軽く聞こえる鼾に思わず手を伸ばして髪を撫でた。

そういえば今までこんな風にじっくり顔を見たことはなかった。

彼の顔は各パーツが優しい形をしていると思う。


一定のリズムで髪を撫でながら、そういえば規則正しいテンポで身体に触れるということは相手に安心感を与えるのだといつか本で読んだことを思い出す。

この世に生を受ける前、胎内にいた頃は母親の心音を聞きながら安心しきって羊水に浸かっていたのだからだそうだ。


外がどんなに戦場だろうと、私といる時は少しでも癒されてほしいなと思いながら私はずっと髪を撫で続けた。

しかししばらく続けてみたものの、単調な動作に私も眠くなってきてしまい、そっと立ち上がって部屋着へ着替えることにした。

すっかり温くなってしまったコーヒーを少しだけ飲み、寝る準備をしてからマサルをどうしようかと悩む。


この長身で筋肉質な人をベッドの上に引き上げることはおそらく無理だ。

だったら下に引っ張り下ろすしかないかとそっと脇の下に手を差し込む。

お腹に力を入れて息を止め、思いっきり上へ腕を上げてみたが肩がほんの少し動くだけという結果に終わった。

けれどこのままではマサルの身体が翌朝バキバキになってしまうのが予想でき、放置するという選択はなかった。


もう一度と息を吸った時、


「ううん・・・」


とマサルが身を捩った。

チャンスだとばかりに、


「マサル、ちゃんとベッドで寝た方がいいよ」


と少し大きめに声をかける。

しかしマサルはそのまま私の背中に手を回してグッと引き寄せるように力を入れたので、私は彼の胸に鼻をぶつける羽目になった。

そのままの姿勢で再び動かなくなったマサルだが、思いの他腕の中の居心地が良くて私もおとなしく目を瞑った。


どのくらいの時間が流れただろう。

無理な姿勢に腰が痛くなってきたので身体を起こそうか、もう少しこのままでいようかと考えていた時、不意にマサルの声がした。


「俺今日さ、少し落ち込んでて・・・」


寝ぼけたようなくぐもった声に、うんと答える。


「でも少し元気出たよ」


そう言ってギュッと抱きしめられて心臓が高鳴る。

その言葉が単純にとても嬉しかった。


そのままマサルに抱えられるようにしてベッドの上へと抱きかかえられ、服を脱がされながらチラっと優美さんの「店長のせいで寝不足だよ」というセリフを思い出した。


あんなに色々考えさせられたのに、今のこの状況になったら優美さんとマサルに何かがあったのだとしても実際のところは私には何も関係ないんだと一瞬のうちに答えを出していた。


何故ならどちらもマサルと付き合っている訳ではないので問題視することではない。

大切なのはマサルと過ごす時間であり、セックスはその中でほんの僅かなコミュニケーションでしかないのだ。

これで彼が少しでも生理的欲求を満たすことができればそれでいい。

それよりも私と会ってまた元気になれる、そんな風に思ってもらえれば本望だ。

それが分かると何だかスッキリして私はマサルに腕を伸ばした。いくらでも私の身体を使ってくれていい。

それで癒されてくれれば。


その考えがただの都合のいい女でしかない事に自分でも薄々気付いていたけれど、こんな好きになり方もありなんじゃないかと思う。

それくらい私にとってマサルという人間は大切で守りたい存在になっていたのだった。



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