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次の日、私と美波は一昨日待ちぼうけをくらった場所でマサルを待っていた。
お店の場所が説明し辛いところにあるということで、わざわざ出向いて案内してくれるらしい。
そんなサービス精神に腹が立つ。
仕事となればやたら親切になるなんて釈然としなかった。
今日も来なかったら美波に申し訳ないと思いつつ待っていると、時間ぴったりに奴は現れた。
お店の制服なのか黒いスーツをぴしっと着こなしている。
モデルもやっているのでその姿が様になっており、また大学生にはスーツというものに縁がないため、実物以上に格好良く見えた。
「行こうか。あ、ごめんね、この間は」
ついでのように軽く謝られる。
そんな対応をされているというのに、マサルが目の前にいる、それだけであんなにも悩んでいた事がどうでもよくなってしまう自分がいた。
目的の店は確かに少し分かりづらい位置にあった。
そして何より治安が悪い。
大通りを少し中に入っただけで、こんなにいかがわしい街になってしまうものなんだと感心してしまうほど。
この場所にあったら客入りは良くないかもしれないと要らない心配までしてしまう。
入口の自動扉を先頭で入っていくマサルを見て、迎えに来てくれたのは女の子二人を危険な目に合わせないための優しさなのではないかという思いが、今さらのように頭を過ぎった。
「いらっしゃいませ・・・あ、店長」
店員の透き通るような爽やかな声が店内に響き、入ってきたのがマサルと分かると一気に気の抜けた声になった。
その落差に美波と視線だけで笑い合う。
店内の雰囲気がよく行く飲み屋とは違い、少し大人向けの落ち着いた様子だったので、何故だか二人共テンションが上がっているようだ。
「お客さんがいるんだからそういう声出さないでね」
軽く注意したマサルが私達を振り向き、
「こちらへどうぞ」
と案内してくれたのはカウンター席だった。
目の前にはバーカウンターがある。
そのままマサルはカウンターへ入り、飲み物のオーダーを聞いてきた。
「もしかして作ってくれるの?」
「そりゃそうだよ」
マサルは苦笑する。
自分の質問が馬鹿なものだとすぐに気付いた私は恥ずかしさを隠すためにメニューを広げた。
けれど大してお酒の知識がないので、カクテルの名前だけ見ていてもよく分からずに悩んでしまう。
「決まらないようならお勧めでよろしいでしょうか?」
すっかり気取ったようなマサルがメニューを閉じさせニッコリと笑い、その待っていられない様子に私も美波も「はい」と頷くより他になかった。
そんな私達が見守る中、マサルは慣れた手つきでお酒を注ぎ、氷を入れて、振る。
その真剣な顔つきにいつもとは違う面を見たような気がして思わずドキっとする。
出来上がったカクテルを目の前にそっと置き、マサルは堪えきれないように笑った。
「何だよ、何じっと見てんの?」
「いや。働いてるんだなと思って」
胸がときめいてしまったなんて絶対に態度に出したくなくて、私は仏頂面で答える。
しがない学生の私は目の前でシェイカーを振ってくれるようなお店には数えるほどしか行ったことがない。
いつも行くのはチェーンの居酒屋か雑誌で見つけた安いのにお洒落なお店ばかり。
マサルのお店のような高級なカフェのような内装のところに入ることはまずない。
そう思いながら私は店内をぐるっと見渡す。
テーブル席が主だが数はそう多くない。
ところどころに置かれた観葉植物や壁の絵画がゆったりとした空間を作り出している。
絵には詳しくないが、どの絵にも共通する部分があった。
それは青色がメインになっていること。
各テーブルやカウンターに置かれたキャンドルも青だ。
それと壁の白が調和して店内はどこかリゾートな雰囲気が感じられる。
そんな女の子が好みそうな内装なのに、お客さんの入りは私達の他に数組しかいないのが残念だった。
「友達は大学の子?」
マサルは営業スマイルとでもいうべきか、異常に爽やかな笑みを浮かべて美波に尋ねた。
「はい。同じ学部です」
美波もその笑みに負けないくらい堂々と微笑んで答えた。
人見知りの私ではできない芸当だ。
「大学って俺は行ってないけど、なんかいいよね。高校生活とは違う優雅な感じだし」
グラスを磨きながらマサルは言う。
「高校とは違いますけど、結局勉強が本領なんだから優雅ではないですよ。試験だってあるしその点は同じです」
美波の主張にマサルは「そっかぁ」などと気の抜けたような返事をした。
そのまま会話は途切れることなく盛り上がっていったが、明らかに営業トークだと私には分かった。
仕事中のマサルはスーツもカウンター内の姿も確かに見栄えはいいが、普段飲みながら話す彼とは随分違うので段々私はプライベートなマサルに会いたくなってきた。
外面を眺めるだけでは物足りない。
その時店の奥からマサルに声がかかり「オーナーだ。ちょっとごめん」と言いながら声の方へ姿を消した。
「茉莉って面食いだよね」
マサルの姿が見えなくなった途端、美波がヒソヒソと耳打ちをしてくる。
「面食いではないよ。好みの範囲が狭いだけ」
今まで散々使いまわした返答をして私はかわす。
確かに私は面食いだった。
けれど自分が絶世の美女でもないのにそんな事を言うのは何だか恥ずかしい。
だから面食いと言われた時は大抵この返しをしていた。
「マサルさん、いいと思うな。良い人ではないかもしれないけど」
「・・・どういう意味で?」
「話し方とかでの直感だけど、あれはモテるね」
きっぱりと断言して美波は続けた。
「会ってみて分かったけど、この間の約束のすっぽかしもこの人なら有り得ると思ったし、けれどそれが憎めない感じなんだよね」
そう言われて私は頷く。
そういうマサルの得な一面は私も感じる。
それは好きだからあばたもエクボ的なものかと思っていたが、初対面の美波も感じるのならば実際にそうなんだろう。
「茉莉が好きになるのも分かるな」
そう言って笑う美波を見て、私はもしや、とおそるおそる口を開いた。
「・・・美波も好きなタイプ?」
友達同士で同じ人を好きになってしまったらどうしよう、そう思ったらいてもたってもいられなくなって聞かずにはいられない。
そんな私の心配をよそに美波は弾かれたように噴出した。
「ないない。一応彼氏もいるし大丈夫。友達の好きな人は恋愛対象外だよ」
その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
美波がライバルになった場合、勝てる自信は全くなかったのだ。
「何か頼まれますか?」
その時ひとりの店員が後ろから明るく声をかけてきた。
最初に店に入った時によく通る声で迎え入れてくれた女性だ。
最初の飲み物は私も美波もほぼ空になってしまっている。
「じゃあ同じものを」
そうオーダーして彼女の顔を見た時、その綺麗な顔立ちに私は見入ってしまった。
白く透き通るような肌にフワフワとした柔らかそうな長い髪の毛。
パーマなのか天パーなのか軽く巻かれているのがとても似合っている。
瞳は大きく吸い込まれそうで唇はぽってりとした桜色。
けれど意志の強そうな目元がそのふんわりとした外見を引き締めているかのようだ。
「かしこまりました」
にこりと返事をしたその笑顔は太陽のようで、男性だったら恋をしてしまうかもしれない。
そう思いながらオーダーをバーテンに伝える彼女を何となく目で追った。
もしあんな容姿を持っていたら人生楽しいだろうなと自分と比較してしまう。
きっと誰もが羨むような素敵な恋人を持って、誰にも引け目を感じず前向きに生きていけるに違いない。
素直に羨ましかった。
「お待たせ致しました」
しばらくしてカクテルをお盆に乗せ、再びカウンターへ戻ってきた彼女に、
つい、
「キレイですね」
と自然に心の中から言葉がこぼれてしまった。
いきなり何を言ってるんだと口に出してしまった本音に内心慌てたが、表向きは何でもないことのように精一杯笑顔を浮かべる。
もし私がナンパ師だったら下手くそもいいところだ。
「そうですか?ありがとうございます」
やはり言われ慣れてるんだろう、全く動じずに彼女は見惚れるような微笑を惜しげもなく私に見せて軽く会釈をした。
すぐ隣りから美波が若干呆れたような視線を私に向けるのが分かった。




