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blue&blue  作者: 美咲
2:携帯
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11

もしかしたらマサルが今日も来るかもしれない、そう思ったので実は不自然にならない程度に部屋は片付けておいた。

冷蔵庫にもペットボトルのお茶と缶ビールはきちんと補充してある。

けれどまさか本当にまた来るとは。

もはや自分の部屋かのように寛ぐマサルの姿を見ながら、私は缶ビールを一缶手渡した。


「気が利くね」


そう言って彼は躊躇もせずプルタブを引く。

プシュっと炭酸が抜ける音が静かな部屋の中で場違いなほど爽快な音をたてた。

少し離れたところでよく冷えた缶ビールに口をつけながら私が言う。


「こんな短期間に立て続けに女の子の部屋に来ちゃ駄目ですよ」


茶化しながら言ったつもりだったが、スッとマサルの目が真剣な色に変わった。


「俺さ、よく言われるんだよ、思わせぶりって。だから茉莉くらいはそういう事言うなよな」


「………」


思わず私は言葉を失くす。

という事は、こうやって女の子の部屋に上がりこむのも、短期間に何度も訪れるのもよくある話というわけか。


だとしたらマサルのことをよく知っているという件はどうなんだろう?

優しすぎるくらいの触れ方もあちこちで大安売りしているんだろうか。


頭の中をたくさんの疑問が駆け巡ったが、


「思わせぶりって分かってて女の子に接する方が悪い」


と突き放した。

私は対等な位置でマサルと話したいのだ。

何でも笑って許す女がたくさんいるのかもしれないが、私は自分をそんなに落としたくない。


「違うよ。俺は普通にしてるんだけど、相手の子が勝手に勘違いするんだよ。つい最近もそれでケンカしたばかりでさ」


言い訳めいたように説明するマサルだが、どう聞いても好意的に捉えられない言葉だった。


「要するに自業自得でしょ?」


私はそう言うとこれ以上話すことはないとばかりにビールを一気飲みし、歯磨きをするために洗面所へ逃げ込んだ。

心がざわついている。

それを必死に押さえ込もうと乱暴に歯ブラシを動かした。


「もう寝る?」


そう言ってマサルも歯ブラシを片手に狭い洗面所へ入ってくる。


「それ何?」


「歯ブラシだけど」


何でそんなものを持っているのだろう。

もしかして泊まる気満々だったのだろうかと私は眉を潜める。


「何で持ってるの?」


「…接客業だから?」


どうしてそんな事を聞くのか分からないといった表情で淡々と歯を磨くマサルに気圧されるような形で私は口を閉じた。


そのまま何を話すわけでもなく、私達は同じベッドへ入った。

マサルの大きい手がごく自然な動作で私の髪を撫でている。

恋人同士であれば甘いひとときだろうが、生憎私達は違う。


「こういうのが思わせぶりなんじゃないの?」


一瞬髪を撫でていた手が止まったが、すぐに何でもないようにまた動き出す。

責めるような台詞とは裏腹に、その心地良さに私はそっと目を閉じた。


「茉莉って寂しそうなんだよね」


小さな声だったが、私の耳にはやけに大きく届いた。

しばらく沈黙が流れる。

ここで黙ったら認めることになってしまいそうで、私はしっくりくる返事を探した。


「寂しくないよ。私強いし。それに今この瞬間はマサルも傍にいるから平気」


言ってしまってからハッとした。

これはNGゾーンの台詞ではないだろうか。

告白ととられても仕方ないような内容に失敗したと内心焦ったが、それは一切外へ出さずにどう取り繕おうか頭をフル回転させる。

けれど酔いと眠さに占領された頭には何も浮かんでこなかった。


「…そんなこと言うなよ」


しばらくして聞こえたマサルの声は苦しいほど真面目なものだった。


これで私は思わせぶりで勘違いしてしまった女と同じ末路を辿るんだろう。

そう思ったが後の祭りだ。

もう言い訳も通用しない。

髪を撫でていた手も止まってしまっている。

だったら早く寝てなかったことにしてしまおうとだんまりを決め込んだその時、覚えのある感触が唇に触れた。

 

最初の時ほどではないが予想外のことに驚いて目を開いたその先には、何を考えてるか読み取れない表情のマサルがいた。


「そんな寂しいこと言うな」


そう言ってもう一度キスが降ってくる。


相変わらず大切だと言わんばかりに私に触れるマサルに、不覚にも涙が出そうになった。


この人はおそらく私の強がりに気付いている。

私が自ら間違った道に足を踏み入れたことも何となく感じ取っている。


周りにたくさん女がいるかもしれないが、私と抱き合っている時は私のことだけを考えているからこんなにも優しいセックスができるんだ。

それが彼の手口なんじゃないかと疑ったりもしたけれど、前回よりも更に丁寧さを感じる行為はきっと計算ではできない。

私はおそるおそるともいえるほど、そっとマサルの筋肉質な肩に手を回してギュっと抱きついてみる。

それに気がついて嫌がる素振りも見せず、マサルは目の奥だけで微笑んで私を抱きしめた。


温かな体温とじんわりと浮かぶ汗が密着した肌から伝わるけれど不快さは微塵もない。

そして最大限にこちらを気遣いながらマサルが達した時、心の中に何かが生まれるのを私は止められなかった。


つい数時間前に戒めたはずの好きだという気持ちが、確かに私の中に芽生えた瞬間だった。




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