10
その二日後。
私は居酒屋でマサルとテーブルを挟んだ向かいに座っていた。
もうないかもしれないと思った二回目の飲みは、彼からのメールであっさりと実現した。
前回あんなにたくさん話したのに、今日も話題は途切れない。
一緒にいる時間の居心地の良さは相変わらず格別で、私は頬が痛くなるほど笑いながら彼との時間を楽しんでいた。
「茉莉には何でも話し過ぎちゃうな」
そう言ってマサルはニコニコとお酒を飲む。
「そう?じゃあ私は結構マサルのこと知ってるのかなぁ」
話し過ぎると聞いて少し嬉しかった。
会話が得意ではない私は人につまらない思いをさせる場面も過去それなりにあったのだ。
「七割は知ってるよ。残りの三割は誰にも話さないことだからコンプリートだね」
それはこの人にとっては凄いことなのだろうか。
誰にでも話している可能性も高いのではないかと自分に言い聞かせる。
話半分に聞いておくこと、そうしないとぬか喜びしてしまいそうだ。
「飲み物のおかわりいかがですか?」
暖簾で仕切られた個室になっている入り口がほんの少し開き、店員さんが顔を見せる。
「さっき頼んだばかりだよ。商売上手だな」
「そんなことないよ」
軽口を交わすこの店員さんとマサルは知り合いらしい。
メールで『知り合いの店に飲みに行こう』と誘いがきたわけだが、ここはまだ若そうに見えるこの人のお店なんだろうか。
そんな事を言ったらマサルだって十分若い店長なのだが、飲食業のことなど何の知識もない私にはよく分からなかった。
「あ、茉莉。この方が高田さん」
「こんばんは」
仲良く話していたかと思えば急に振り返って紹介され、咄嗟に笑顔で挨拶だけ返した。
こういう時にもっと気の利いた台詞が出てくるようになりたいなと密かに思う。
「こんばんは。可愛い子だね。今度俺とも飲もうね」
高田さんはそういうと、ごゆっくりと言って暖簾の向こうに姿を消した。
社交辞令だろうが、可愛いと言われて悪い気はしない。
ふとマサルはどう思ってるのかと思い、顔を上げると私の顔を見ていたらしいその目と視線が重なった。
「可愛い…?」
本当にピンと来ていないらしく、口から疑問のような独り言が滑り落ちる。
「納得いかないのは分かるけど、心の中で思うだけにしといてね」
聞くまでもなく答えが出た。
マサルは私のことを可愛いとは思わないらしい。
そりゃあそうだ。
もし彼好みの顔だったら前回しつこく言われた「子供にしか見えない」なんて台詞は出てこないだろうから。
「いや茉莉のことそういう風に見たことなかったからさ。なんか新鮮で。可愛い、かぁ」
そのトーンがあまりにも素だったので本音を喋っているんだなと分かる。
ほんの少しだけ落ち込んだが、すぐに落ち込む理由なんてないんだと頭を切り替える。
「もう少し可愛いとか思ってよね。可愛いでしょ?ほらほら」
そう言って作り笑顔を浮かべた私にマサルは愉快そうに笑う。
そんな様子を見ながら数日前の美波の言葉を思い出していた。
『好きという気持ちを持つのは自分だけの問題』
マサルといる時間は他の人とは違う何かがある。
言ってしまえば雄介と過ごした時間よりも楽しい。
でもそれは恋愛の成せる技ではなく、何も期待していないからではないだろうか?
もし恋愛感情を持ったとしたら、ああして欲しいこうして欲しいと欲求が沸いてくるに違いない。
だからきっとこの距離がベストだ。
私も、おそらくマサルもお互いを友達として好意的に思っている。
そして笑って食事ができる。
それで十分だ。
やはり好きという気持ちを持つことは、できることなら避けておこう。
私はそれが戒めかのように深く胸に刻むべく、何度も繰り返し心の中で誓った。
この人のことを好きになりませんように。
この人に何か求めるようになりませんように。
それから私達はたくさん飲み、もう食べられないというまで食べ、他愛もない話で笑い続けた。
そして閉店時間が迫っていることを店員さんに告げられ、今日のところはお開きになった。
あんなに話したのにまだ話したりないように気分だが、雑念を払うようにさっさと駅の切符売り場に並ぶ。
ちらりとマサルを見ると同じように切符を買っており、またかとため息が漏れた。