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blue&blue  作者: 美咲
2:携帯
21/38

それからお昼ご飯を近くのファミレスへ食べに行き、そのままマサルは帰って行った。

甘えてみようなんて思ったけれど、それが簡単にできるような性格はしていない。

相変わらずどうでもいい話で盛り上がっていたら気付けば夕方近い時間になってしまった。


部屋に一人で帰り、昨夜マサルと会ってからの事を思い返す。


記憶に残らないような下らない話が大半だったはずなのに、真っ先に思い出すのは真夜中に触れられた唇の感触だった。

雄介のことを思い出し、少し今の自分に後悔を感じた瞬間のキス。

それは思いの他私にとって大きな出来事だったらしい。


気のせいかもしれないが、今までの下心見え見えの男達のキスとは全く違うものを感じた。

けれどマサルだってやることはやっているのだ。

もしかしたらただの彼の手口かもしれないじゃないか。

そう意地悪く考えてみたが、彼の慈しむような手を思い出してブレーキがかかる。


どうして彼は好きでもない相手にあんなに優しくなれるのだろう。

言いたい放題だし、勝手に家に上がり込んで我侭だし、けれど一貫して思いやりの心が根底にあった。

けれど単にいい人だと言い切るには達観したような眼差し。

それはおそらく彼が今まで経験してきたことが積み重なって出来たものだと思うが、出会って数日の私にしてみれば未知のものでしかない。

だとしたら考えるだけ無駄だ。


そう思って私は携帯を開いた。

慣れた操作で出会いコミュニティーを画面に呼び出し、けれどすぐに接続を切った。

昨日の後悔で、新しく誰かに出会おうという気は限りなくゼロになっていたのだ。

そのまま用無しになった携帯をしばらく眺め、私は美波にメールを送る。


『今から会えない?』


返事は五分とかからず返ってきた。

財布と携帯、あとはポーチだけバッグに放り込んですぐに家を出る。

ちょうど暇していたらしい美波は夕飯を家でご馳走してくれるという。


そういえば彼女とは大学に入ってすぐの頃、よく一緒に夕飯を作っていた。

大学のために上京してきた私達は初めての一人暮らしで料理も上手くできなかったため同じ境遇の者同士、美味しいご飯が食べられるように夜な夜な二人で特訓していたのだ。


最初はもちろん定番のカレーやシチューなどから始め、隠し味を研究し、自分達の事ながら二年に上がるまでにはかなり腕は上達したと思う。

けれど二年に入ってすぐに私は雄介と付き合い始め、それまでのように二人であれこれ言いながらキッチンに立ち夜通し話し込むことはぐんと減った。


それは美波より雄介が大切だったからではなく、女の友情というものは簡単には壊れないと思ったからだ。

青春ドラマではないけれど、男との恋愛感情なんかより女の友情の方がどれだけ固いものか。

もちろん男をとるような女もいるにはいるが、幸いにもそういう女とは友達になった事がない。


そんなことを考えながらすぐ近所の美波のマンションのインターホンを押す。

すぐ開けるねと言う声が聞こえたかと思うとドアが少しだけ開いた。


「いらっしゃい」


変わらない部屋に肩から力が抜けるのが分かる。

彼女らしいブルーの色彩でまとめられた部屋はキレイで、少しだけ私のごちゃごちゃした部屋が恥ずかしくなった。


「使い切れない野菜がたくさんあるから、せっかくだけど炒飯ね」


麦茶をテーブルに置きながら美波が宣言する。


「十分だよ。突然ごめんね」


おそらく自分だったらこんなにすぐには人を部屋に入れられないので謝っておく。

片付けが苦手な私にはできない行動だ。

そう言うと私の部屋の汚さを知っている美波は笑い、「もっと普段から片付けなよ」と言いながらキッチンへ移動して行った。


しばらくして野菜を炒める音が聞こえてきて美味しそうな匂いが部屋に漂い始めた。

ご馳走すると言った時は手伝わないのが私たちのルールだ。

なので手近にあった雑誌を手元に寄せ、読むわけでもなくパラパラとめくって過ごす。

やがて彩りの良い湯気の立った炒飯と缶ビールをお盆に乗せた美波がやってきた。


「おまたせ」


いただきますと手を合わせてスプーンをとる美波が堪えきれないように噴出した。


「なに?」


「茉莉さぁ、さっきからぐうたら亭主みたいだよね」


そう言われてステテコ姿でダラけている自分を想像して思わず笑ってしまう。

口に入れた炒飯は美味しくてビールがよく合った。


「それで?何かあったんでしょ?」


美波はやはり鋭い。

どうやって状況を伝えようか迷ったが、結局は淡々と昨日のことを話すことにした。


一緒にいて楽しい男と出会ったこと。

その男と手を繋いで泣きそうになったこと。

最近の自分を少しだけ後悔したこと。

思い出すままにポツポツと喋る私に相槌をうちながら美波は食べ終わった皿を手早くキッチンへ持って行き、一本ずつ缶ビールのおかわりを冷蔵庫から出しながら言った。


「好きなの?」


「ううん。好きとかもういいよ」


そう、マサルのことがいくら気になろうと恋愛が不要だという気持ちは変わっていない。

だから自分でもどうしていいのか分からないのだ。


「それなら様子を見るしかないと思うよ。でもさ、恋愛はいらないかもしれないけど、好きって気持ちは持ったっていいんじゃないかな。恋愛はお互いの気持ちの問題だけど、好きだけなら自分だけの問題だからね」

 

冷静な美波の言葉にハッとする。


確かに私は恋愛の、男の不安定さや勝手さに嫌気がさしている。

けれど自分の中だけでなら好きという気持ちを持っていてもいいような気がする。

それなら不安定でも勝手でも自己責任だ。


「そうだね。今はまだ出会ったばかりだし次に会うことがあるかどうか分からないけど、もし好きだと思ってもいいような気がしてきた」


「そうだよ。大体好きって気持ちは制御なんかできないしね」


そう言って遠い目をした美波に何かがピンときた。


「美波、彼氏できた?」


思ったことをそのまま口にする。

すると彼女は少し迷ったような顔をした後、頷いた。


「何で言ってくれないの!?良かったねぇ」


「すぐに言わなくてごめんね。茉莉に色々あった時だったから…」


言い辛そうな美波の表情を見て納得する。

おそらく私が雄介と色々あった頃のことなのだろう。

私が美波だったとしても、あの状態の私に彼氏ができたという報告はできないに違いない。


「美波が好きだと思った人が同じように好いてくれて、すごく幸せなことじゃん。恋愛はいらないとか言いながら矛盾してるかもしれないけど、本当にそう思ってるよ」


余計な気を使わせてしまったことに罪悪感を感じつつ、心からの言葉を口にする。

それが嘘ではないと分かってくれたのだろう、美波は幸せそうに微笑んで、


「ありがとう」


と言った。


それから私達は二缶目の途中ではあるけれど乾杯をして久しぶりに深夜まで話込んだ。


美波の彼の話。

マサルの話。

そこで発見したのは友達の恋愛話に関しては、信用ならないという考えは起きないということだった。


嬉しそうな美波を見て『そちら側』に行ってしまったのかと少しだけ胸がチクリと痛む事もあるけれど、幸せになってほしいという気持ちに嘘はない。

ならば恋愛に対して否定的なのは自分のことに関してのみという事になり、問題はやはり私にあるんだなとぼんやりと思う。

けれど今はそんな事を考えずに女二人の時間を楽しむことに専念した。


美波の家の冷蔵庫にストックされていた缶ビールを全て飲み干し、コンビニまで買出しに出かけてまで二人でやけにハイテンションになって飲み続けた。

やがてコンビニのレジ袋に空き缶がいっぱいになる頃、明日の講義は朝イチだと愚痴りながら帰ることにした。

正確には日付は回り、明日ではなく今日の朝イチとなっていたが。


散々笑ったおかげか今日は早く眠れそうだ。

酔っている割にはすっきりとした頭で足取りも軽やかに私は家路を急いだ。




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