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blue&blue  作者: 美咲
2:携帯
20/38

次に起きるとすでに日は高く昇っていた。

時計を見ると軽く正午を越えている。

今から準備していたら確実に講義には間に合わない。


「学校?」


私が起き上がったせいだろうか、起き抜けの寝ぼけた声が隣りから聞こえた。


「その予定だったけど間に合わないみたい」


他人事のように言ってもう一度ベッドに寝転び直す。

単位は足りているけれど割と好きな授業だったのでほんの少し残念だった。


「まあ寝たの朝だったしね」


そう言ってマサルも再び目を閉じた。

その様子を見て、この人はいつ帰るんだろうと真っ当な疑問が沸いた。


「マサルは仕事何時から?」


「言ってなかったっけ?今日はお店は休み。バイトの打ち合わせが夜あるだけだよ」


バイトとはモデル業のことだろうか。

だったらもしかして夕方近くまでここで寝ているつもりなんだろうか。


初めて会った女の家でこんなに遠慮もせず寛いでいるなんて、もしかしたらとんでもない女たらしなのかもしれない。

そんな事を考えながらマサルのキレイについた筋肉を眺めた。

マッチョというにはまだまだだけど、鍛えてるというだけあって一般男性にはない筋肉だ。


その視線を責めていると思ったのだろうか、


「なんだよ。俺だって疲れてるんだからもう少し寝かせてよ」


そう言いながら子供のように布団を頭までかぶってしまった。


仕方がないので私はユニットバスにお湯をためてお風呂に入ることにした。

うるさいかなとチラッと思ったが、洗濯機まで回してしまう。

うちの洗濯機はドラム式の新しいものではなく縦型の年代物だ。

おそらくこれで気持ちよく目覚めてもらえるだろう。


「洗濯機うるさいんだけど。嫌がらせ?」


思惑通り布団の下からマサルの非難めいた声が聞こえたが、聞こえないふりをして浴室へ向かった。

私だって昨日寝る前に胸を掠めた後悔とマサルの存在で、私の心の中は混乱していたのだ。

帰ってくれないのなら、少しでも一人になって心を落ち着けたかった。


部屋着を脱いで湯船にゆっくり身体を浸す。

考えたいことはたくさんあったが全くといっていいくらい頭は動いてくれなかった。

やはり部屋の中に自分以外の存在があることが原因に違いない。


「茉莉さん入っていいですか?」


「・・・なんで?」


唐突に扉の向こうからマサルの声がして、思わず間抜けな声を出してしまった。


「今使ってるんだから駄目に決まってるでしょ」


「いや、おしっこ漏れそうなんだけど」


間髪入れずに返ってきた答えに納得する。

マサルはトイレに行きたいのだ。

けれどユニットバスのため、私がお風呂に入ったせいで使えなく困ってるらしい。


「ちょっと待って」


一旦出てまた入ろうとバスタオルを身体に巻いて私は廊下に出る。

用を足す音が聞こえ、ドアが開いたかと思うとマサルが笑顔で立っていた。


笑顔なのはいい。

問題はどうして全裸なのかということだ。


「一緒に入ろう」


ニコニコと笑いながら許可なく風呂に浸かるマサルに私は頭を押さえる。

一人になりたかったのに、この男はそういう時間さえ与えてくれないらしい。

無言で狭い湯船に身体をねじ込みぼんやりと揺れるお湯を見つめた。


「昨日思ったんだけどさ」


ぽつりとマサルが話し始める。


「茉莉はもっと前向きになって恋愛した方がいいよ」


「その心は?」


返事をするのも面倒で、ふざけた返しをしてしまう。


「なぞかけじゃなくて。なんかさぁ茉莉って暗いんだよね」


「悪かったね」


そんな事くらい自分でも分かっているから干渉してほしくない。

だから口調がキツくなってしまうのは仕方ないはずだ。


「俺もそうだからさ。変わってほしいんだよ」


マサルの声がいつになく真面目で私は顔を上げる。


「正直に言えば俺と茉莉は全く違う世界で生きてる。学生って親にまだ守られてる状態だろ?俺は仕事も夢もあって自分の力で生きてる。傍から見れば汚いとか人間を疑われるようなことだってたくさんあるんだ。でも俺はそんな不本意なものも全部糧にしてやろうと思ってる。だからお前が暗く立ち止まってるのみると勿体ないなと思うんだよ」


「・・・」


言っていることは分かるけれど、いまいちピンと来ない話だった。

けれど言葉の底に込められた優しさを感じて私は素直に頷く。


「分かればよろしい」


そう言ってマサルは満足げに湯船から出て行った。

タオルの場所を説明して、私はようやく一人になれた。


一緒にいればいるほど不思議な人だと思う。

昨日会ったばかりの子供の心配を本気でしているんだろうか。

それとも学生という立場の人間がそんなに珍しいのだろうか。


けれど肩肘はって生活してきた私には子供扱いされることに安心感を感じ始めてきてしまっていた。

もう少ししたらマサルは帰ってしまうだろう。

そう考えると何だか寂しくて、せっかく一人の時間ができたというのに慌てて私もお風呂から出た。


もう会うこともないかもしれない。

だから少しだけ甘えてみよう、そう思った。



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