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blue&blue  作者: 美咲
1:始まり
2/38

大学で書類を提出した後、特にどこかへ行く気にもならなくて、私は真っ直ぐ家へ帰った。

今朝バタバタと出掛けたから部屋が散らかったままだったし洗濯もしなければ。

そう思って適当にコンビニで昼ご飯を買い、部屋へ戻ったのはまだ太陽がてっぺんにも昇っていない時間だった。


いつも通りに鍵を小鉢に投げ入れ、ふと視界の隅に見慣れないものが映った気がして私はベッドを振り返った。

そこには朝には確かになかった便箋が妙な緊張感を纏って置かれていた。


何だか嫌な予感がする。

そんな気持ちを誤魔化すかのように少し乱暴に便箋を開いた。

そこには大した文字数はないにしろ、私をどん底まで突き落とすのには十分な内容が書かれていた。


『茉莉へ。きちんと顔を見てお別れを言いに来たんだけど、今日茉莉の頑張ってる姿を見たらやっぱり言えなかった。今、きみの寝顔を見ながら書いています。手紙なんて卑怯な手段を使ってごめん。もう茉莉も気付いていると思うけど、俺達別れた方がいいと思う。何度も言っているけど、正直俺は自分の夢を追いかけるのに頭がいっぱいで恋愛をしている余裕なんてないんだ。嫌いになる前に友達に戻りたい。きみにはもっといい人が現れるよ。いつかまた笑顔で会えますように』

 

冷たくなった指で私は何度も読み返す。

難しいことは書いていないはずなのに、何故だか上手く理解することができない。

だんだんもどかしくなって、私は携帯をつかみ電話をかけた。


「もしもし茉莉?」


すぐにコールに応えてくれた友人に私は尋ねる。


「さっき雄介から手紙もらって別れようって書いてあるんだけど、どういうことだと思う?」


突然の質問に面食らった様子の友人だったが、聡い彼女は状況を察したのか「すぐに行く」と言い残して電話を切った。

彼女…美波は大学の友人で私のアパートから徒歩五分弱のところに住んでいるので、再び手紙を眺めている間にすぐさまチャイムが鳴った。


「…大丈夫?」


ドアを開けた私の顔がよっぽどひどかったのかもしれない。

彼女は眉をしかめて私の頭を撫でた。

美波は私が彼を付き合い始めた頃から今まで色々な話を聞いてくれ、たまには彼も交えて遊んだりしていたので、私がどれだけ彼を好きなのか、そしてここ最近はどれだけ悩んでいたかを知っている数少ない友人だった。

手紙を差し出すと彼女はさっと目を通し、そして静かに聞いた。


「茉莉はどうしたいの?」


「どうしたいって?戻りたいけど…無理なんだろうなぁ」


どういう訳か私は笑って答えていた。いつも通りに。

人間衝撃が強い事態に直面すると、笑ってしまうものなのかもしれない。

そんなどうでもいい事が、本気で世紀の大発見のような気がした。


「だったらそう伝えた方がいいよ」


そうだろうか。

美波の真剣な目を見ながら私は考える。


言ったところで何かが変わるのだろうか。

伝えたって雄介の気持ちはもう戻らないんだろう。

だったら言うだけ自分がみじめになるような気がした。


「あの時何で伝えなかったんだろうって後から後悔したって遅いんだよ」


彼女は重ねて言う。

けれど言うだけなら簡単だ。

当たり前だけど彼女は私ではない。

これは当事者にしか分からない辛さなんだという事が身に染みた。


楽しい時や幸せだった事を独り占めしてきたんだから、別れの辛さだって独りで乗り越えなければいけない。

そう悟った瞬間、眩暈がしそうなくらいの高い壁が目の前に現れた気がした。


「ありがとう。そうだね、一回話してみるよ」

 

そう言って私は会話を終わらせる。

どうしたらいいのか分からなくて美波を呼び出してみたけれど、結局これは私のことだ。私が何とかしなければいけないのだ。

 

その後、心配する美波を大丈夫だからと笑顔で玄関まで送り、冷蔵庫から私はウィスキーを取り出した。

以前興味本位で買ったウィスキー。

けれどそのあまりの不味さにずっとしまいこんでいたもの。

それをコップなどには注がず直接口に含む。


「まずい」

 

相変わらずの味に思わず声が漏れる。

けれどしばらく不味いウィスキーを喉に流し込む作業に没頭する。

 

終わらせたくない、そう電話してみようか。

そう思いながら一口飲む。


いや、面倒な関係が断ち切れて奴は今頃せいせいしてるかもしれない。

そう思ってまた一口。


出口のない答えを探しながら飲む酒は早い段階で酔いを連れてきた。

ただでさえ元々アルコールに強くない私だ。

ふらふらになりながら勢いにまかせて携帯を手にとる。

私のことを心配していようが別れられて祝杯をあげていようが関係ない、本音を言うとただ声が聞きたかった。


意外なことに電話は待っていたかのようにすぐに繋がり、望み通り彼の声を聞かせてくれた。

その声を聞いた途端、今まで出なかった涙がようやく溢れた。

止まっていた時間が動き出したかのように。


けれどアルコールのせいか現実逃避なのか、話し続ける彼の言葉が全く頭に入ってこない。

だから、ただ大好きな彼の声の響きを聞きながら私は泣いた。


どのくらい経ったのだろう、気付けば通話は切れており、それが私の携帯の充電切れのせいだと気付いて絶望し、ベッドに突っ伏してまた静かに涙を流す。

このままずっと泣いて身体中の水分がなくなって死んでしまえばいいのに、心からそう思った。



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