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それからも私は二日か三日に一人というペースで待ち合わせをした。
以前のように出会いコミュニティー以外の友達にも誘われれば出かけた。
その先で近況を聞かれ「もっと自分を大事にした方がいいよ」なんてありふれた忠告もされた。
そんな時は曖昧に笑って流すことにしている。
大事にすべき自分はいなくなったと言っても、目の前の人には理解できないだろうし、理解してもらわなくても問題はなかったからだ。
出会いコミュニティーの人も運良く悪い人には当たらず、その後も楽しくお酒を飲み、話を聞き、誘われれば流されるままに寝たりしていた。
それを隠そうとしない私に対してある人は“冷凍庫のパンみたいだ”と言った。
冷凍保存するために冷凍庫に入れられ、そのまま忘れ去られたパン。
それに似ていると言われても私はなるほど、と思っただけで特に何の感情も沸かなかった。
だって誰かと触れ合っている瞬間はその人の特別になれる。
身体を繋げるという行為は安売りされていたとしてもやっぱり普通ではない行為だと私は思う。
その一瞬だけでも大切に扱われることが今の私にとってどれだけ必要なことかは、きっと他人に理解するなんて無理だろう。
自分ですらどうでもいい私自身を優しく扱ってくれる魔法のような時間。
もちろんその魔法はすぐに解けてしまうけど、恋愛なんてまやかしをもう信じるつもりもない私にとっては都合が良い。
そんな生活を繰り返すうちに季節は変わり夜になると虫の鳴き声が聞こえてくるようになった。
日が沈むのが若干早くなったような気がする。
日が暮れると半袖では寒くなり、オレンジ色に染まった夕焼けを街中から見上げた。
もう、秋だ。
長い長い夏休みが終わり、大学が始まった。
教授の声がお経のように響き渡り眠気を誘う平和な時間。
今にも船を漕いでしまいそうになる頭を何とか叩き起こしながら私はホワイトボードを見つめた。
殴り書きのような文字をノートに書き写しておこうとペンを握った時、隣りに座ってる美波が言った。
「最近どうなの?落ち着いた?」
少し心配そうな表情に、軽く笑って安心させる。
いつもクールな彼女だが、本当は人一倍情に厚いことを私は知っている。
私が必要以上に干渉されたくないことに彼女は気付いていて気を使ってくれていることも。
だから私は美波を信用しているしその友情は有難いと思う。
「うん。前よりは元気だよ」
実際雄介のことは以前より思い出さないようになってきていた。
それが意識してのことだとしても。
空いた時間を作らない作戦は思った以上に効果があるみたいだ。
「例のあれは?続けてる?」
例のあれとはおそらく出会いコミュニティーのことだろう。
私は素直に頷く。
「茉莉がそれでいいならいいよ。あんたは自分がしたいようにしない方が後悔しそうだもんね」
「うん。ありがと」
他の友人なら止めた方がいいよ、と言うところを好きにさせてくれる存在は貴重だ。
間違った方向へ行く友人を引き止めるのも友情だと思うが、自分の向かう道が間違ってると気付きつつ進みたい時だってある。
それが分からない人だってたくさんいるだろう。
だから美波のような友達がいる私はとても恵まれていると思う。
「なにかあったら話聞いてね」
頼りにしてるという意味を含ませて私は言った。
美波は「もちろん」と胸を叩き、それから講義が終わるまでどうでもいい話をダラダラと続け、終わりの鐘と共に手を振って別れた。
今日も出会いコミュニティーの人と待ち合わせをしているのだ。
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夕方。
いつもの場所に立つ。
この駅のすごいところは、いつ来ても人がたくさんいることだ。
当たり前だけれどその場にいる人も毎回違う。
こんなにたくさんの人が毎日待ち合わせをするのかと思わずため息がもれる。
楽しいはずの待ち合わせ。
でも私はどうなんだろう?
今日の待ち合わせは飲食店の店長だという男だ。
その傍ら夢であるモデルをしているという。
よくある話だが、人の夢というのは聞いていて面白い。
それに賭けるパワーを感じられるから好きだ。
「茉莉さん?」
ハスキーな声にそちらを見るとやたら背の高い男が立っていた。
雄介と同じくらいの身長に慌てて視線を上げるが、夕日を浴びて逆行になったせいで顔がよく見えない。
「茉莉さん…ですよね?」
ハッとして「はい」と頷く。
数歩こちらに進んで男はニコリと笑った。
目の前まで近寄ってきた男の顔を見て私は違うと思った。
この人は他の人と何かが違うと。
それが何かは分からないが、夕暮れの街を歩き出した私の胸は何故だかやたら高鳴っていた。