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次に待ち合わせしたのはひとつだけ年上のコウタロウ。
文面が明るく屈託のない感じだったのが会おうと決めた理由だ。
二回目でも私はみっともないほど緊張して待ち合わせ場所に立っていた。
だって一人目が良い人だったからって次が良い人とは限らない。
けれども意地になっているかのように私はその場から動かなかった。
「あの、茉莉さんですか?」
控えめな声にハッとして相手を見る。
ラガーシャツにチノパンの男がこちらを見ていた。
「はい」
頷いてお互いを見定めるような沈黙が流れる。
そして、
「良かった。合わなそうな人だったらどうしようかと思った」
そう言って笑ったコウタロウは爽やかだったけれど、私は何故かトオルの時のように警戒をすぐに解くことができなかった。
お決まりのコースかのように今回も居酒屋に入ってしばらくしてから、私はその理由に気付いた。
見た目もそう悪くはない、会話もスムーズなコウタロウだけど、どんな時も目の奥が笑っていないのだ。
初対面だから心を開いていないということもあるだろう。
けれどどこか冷め切ったような表情に私はこっそりとため息をついた。
毎回当たりの人な訳がないということか。
「実は俺、最近失恋したばかりで」
どこかで聞いたような台詞に先日のナンパ男の影が頭をよぎる。
「好きだったんだけど、相手に俺は重かったみたい」
確かに目の前の男は会ったばかりの私でも軽いようには見えない。
頷きながら言葉を返す。
「まだ好きなの?」
「そりゃあ別れてすぐだから、まだふっきれてないよ」
男の人でもそんなに引きずるものなのかと妙なところで私は感心する。
女の方が引きずらないという一般論もあるが、数ヶ月も雄介を引きずっている私からすると、女の方が未練がましいというのが持論となっているのだ。
「なら、それを伝えてみたら?駄目でも次へ進むきっかけになるかもしれないし」
少しだけ先輩のような気分でアドバイスをする。
コウタロウはアルコールで赤くなった目をしばしばさせ、間抜けな表情でこちらを眺めた。
「なに?なんか変なこと言った?」
何も言わずに見つめられ、地雷を踏んだのかと焦って尋ねる。
「いや、やけに実感こもってるなと思って」
そして何事もなかったように、彼は再び酒を喉に流し込み始めた。
その姿にもしかしたらヤケ酒がしたくて、その相手を探していたのかと納得する。
実世界ではプライドもあるだろうし、失恋の愚痴なんて言えない人間に違いない。
ポツポツと話される元カノの話を聞き流しながら、好きなだけ飲んだらいいよという風にメニューを差し出した。
コウタロウの話は酔いのせいで飛び飛びではあったが、要は3年付き合った彼女がいたが突然別れを告げられて電話もメールも返ってこないというものだった。
ありふれた話だがきっと本人にとっては大事件で、ひとりでは処理しきれなかったのだろう。
ありふれた失恋をしたばかりの私にはよく分かる。
そしてその彼女がとても大切だったことも伝わってきて、自分とシンクロして少しだけ胸が痛くなる。
もう封じ込めたはずの感情が沸きあがってきそうになり、そっと胸をおさえた。
「茉莉ちゃんは好きな人とかいないの?」
だいぶ呂律のあやしくなった声で尋ねられ、私は首を横に振った。
「いないよ。恋愛自体が今はいいかなって感じ」
「だよな。恋愛なんか要らないよな」
意見が一致したところで無理やり乾杯をされ苦笑するしかない。
いつの間にかすっかり心を開いたのか、コウタロウの表情は生き生きとしていた。
「女なんかなぁ、どうせ心変わりするんだよ」
「はいはい」
「男は意外に一途なんだぞ」
「はいはい」
酔っ払いのおじさんのように成り果てたコウタロウを適当にあしらいながら、そろそろ帰りたいなと携帯で時間を確認した。
「お?なんだ帰る気か?」
目ざとくそれを見つけた酔っ払いが絡んでくる。
「もうすぐ11時だよ。電車なくなると嫌だから今日は帰ろう?」
あまり飲まなかったおかげでほとんど素面な私は冷静に声をかける。
しかしコウタロウは納得できないらしく、
「いいじゃん、タクシー代出すからカラオケ行こうよ」
と普通のことをこれ以上ないくらいの名案かのように誘ってきた。
面倒なことになったというのが本音だ。
カラオケは本来大好きだけど、正直これ以上知らない人の元カノ話を聞くのも酔っ払いの相手をするのも勘弁してほしい。
今夜は自分の話しを一切せず聞き役に回っていたせいか何だか疲れてしまった。
「決まり決まり。会計しよう。あっここは俺が出すから」
一方的に決めつけられ、さらに奢ってくれるという利点をチラつかされ、断る方法が見つからないままなし崩しにカラオケでの二次会が決定した。
私は今日何度目か分からないため息をつきながらフラフラと先に歩き出したコウタロウの後をついていくこととなった。