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夏の昼間は長い。
午後七時になってようやく夜めいた雰囲気の流れる池袋に私は立っていた。
いつも変わらず人の多い駅構内をぐるりと見渡す。
あれから一週間、暇を見つけては出会いコミュニティーで知り合った人とメッセージのやりとりを続け、今日ようやく一人目の男と会うことになった。
誰にもこの事は話すつもりはなかったが、万が一何か危険な目に遭うことを想定して、美波にだけはこの下らない遊びを打ち明けた。
少し驚いて話を聞いた彼女だったが、澱んだ私の心を感じ取ったのか「あんたがそうしたいならしてみたらいいよ」と肩を叩いてくれた。
正直今、説教めいた事を言われたら面倒だったので私は救われたような気持ちで「ありがとう」と素直にお礼を言った。
そしてその足でこの待ち合わせ場所まで来たのだが、友達を待つのとも彼氏を待つのとも違う不思議な状況に心臓がばくばく鳴り、今まで味わったことないような緊張に襲われていた。
どうしようもないようなブサイクや汚いおじさんが来たらどうしよう。
いや、それならまだいい。
人違いですと言って帰って来てしまえば何とかなる。
けれど犯罪に巻き込まれたり怪我なんかをしたら大ごとだ。
そんな不安に押しつぶされそうになってくる。
いくらどん底にいたとしても痛い思いをするのはごめんだ。
そんなことを考え、相手の目印である赤いティーシャツにジーパン姿の人を探す。
逃げる準備だけはいつでもしておかなければ。
「茉莉ちゃん?」
けれど後ろから声をかけられ、私は逃げ場を失ったことを悟る。
自分より先に相手が私を見つけてしまったのだ。
自分の不注意さに舌打ちしたくなりつつ、私はおそるおそる振り返る。
そこにはあっけないくらい普通の男が立っていた。
バンドをやっているとメッセージで言っていたが、確かにヴォーカルをしているだけあって見た目も悪くない。
顎に生えた伸ばしかけの髭もなかなか様になっている。
「…はい」
そう怪しくないと瞬時に判断して私は頷いた。
「メッセージしてたトオルです。いやぁ良かった。こういうので会うの初めてだから緊張してたんだ」
そう言って笑う様子に私もホッと肩の力を抜く。
そんなの嘘かもしれない。
けれどこの安堵のしようは演技ではないだろう。
「私も初めてで…。緊張してましたよ~」
だから正直に打ち明けた。
トオルは更に屈託のない笑顔になり、なんとなく意気投合したかのように私達は適当な居酒屋へ入った。
そこで話したのはメッセージより細かいパーソナル情報の交換。
例えばトオルがバンド活動をやる傍ら、本職は鳶をしていること。
私の大学やサークルの話。
バンドのジャンルはロックとヘヴィメタの中間であること。
最近彼氏にフラれたこと。
自分のことをさらけ出す代わりに相手の世界を教えてもらうような物々交換のような会話が意外にも面白かった。
まず普通に大学生活していたら出会えないような職種の人だったのも大きい。
社会を知らない私に社会人の話は興味深く、あっという間に終電の時間になり、お互いの携帯アドレスを交換してハシゴを強要されることもなく私は拍子抜けするほどすんなりと帰りの電車に乗った。
その夜、ベッドに入りながら一人で思う。
確率は低いかもしれないが、世の中は悪い人だけではないんだということを。
トオルのように友達としての出会いを求めている人ももしかしたら多いのかもしれない。
そこから恋愛に発展するかはまた別の話だ。
誰かと一緒にご飯を食べて、楽しかったねといって帰る、そうやって日々過ごせたらそれはそれで楽しい毎日なのかもしれない。
恋愛なんかに寄りかからなくても楽しければ辛い想いもしないし好都合ではないか。
それに年上と会えば奢ってもらえる確率も高い。
お金も使わずに時間も潰せるなんて願ったり叶ったりだ。
私はすっかり満足して携帯に手を伸ばす。
恋愛なんてもういらない。
今日の成功に味をしめた私は次に会う人を決めよう、そう思いながら今日の経験を活かし、なるべく無害そうな人をピックアップし始めた。




