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桜がヒラヒラ舞い落ちる春。
そんな誰もが笑顔になるこの季節に、私は失恋した。
終わりの気配はずっと感じていたけど、私はそれを認めたくなくて必死に立て直そうと努力した。
彼も私のその気持ちは何となく感じて結論を先延ばしにしていたのだろう。
けれど人の気持ちは簡単に変わるものではない。
付き合っているとは名ばかりの会わない日々が数ヶ月続いた上での結末だった。
その日は久しぶりに雄介が私のアパートに泊まりに来た。
少しこじれていたけど、私と会わない間に彼も私への気持ちを見直して、これからまた二人で楽しくやっていけるかもしれないと私は無理にプラス思考で考えた。
本来マイナス思考な性格だから、そうでも考えないと不安でいっぱいだったのだ。
部屋を掃除して、料理を振舞って、同じ布団で横になって…。
なるべく楽しく過ごせるよう笑顔でいようという私の作戦はなかなか効果があったように思う。
最近頻繁にしている小さなケンカも起こらなかったし、ラブラブカップルのように部屋の空気は穏やかだ。
また仲良くやっていけるかもしれない、と私は朝日の中で隣りに眠る彼を見ながら安堵のため息をついた。
大体私の気性が荒いからいけないんだ。
些細なことでも気になって責め立ててしまったり、彼のひと言であらぬ妄想をして怒ったり。
男は癒し系の女に弱いって雑誌にも書いてあったじゃないか。
彼が安らげるようなそんな女でいよう。
そうすれば…。
「おはよう、早いね」
彼が目を覚まし、寝起きのくぐもった声で言った。
「うん。今日どうしても大学に書類届けなきゃいけなくて。出したらすぐ帰るし雄介は寝てていいよ」
「いや、俺も起きなきゃ。今日は予定があるから」
何気ない彼の言葉に胸の辺りがぐらりとした。
予定って誰とどこで何をするのと咄嗟に言いそうになってグッとこらえる。
ついさっき癒し系になろうと思ったのに、そんなウザいこと言ったらダメだと寸でのところで思い留まった。
適当な朝食を済ませ準備をし、玄関まで行ったところで雄介が「忘れ物」と言って一旦部屋に戻るのを見ながら、その長身をぼんやり眺めた。
高い背に整った顔立ちをした彼は街を歩けば女子高生なんかにハートマークの目を向けられるくらいのイケメンだ。
対して私はキツい顔立ちが特徴ではあるが、平凡そのものな容姿をしている。
彼から好きだと言われて付き合い始めたから強気になっていたけれど、ワガママばかり言わずに彼に好かれるよう努力するべきかななどとしおらしい事を考える。
「ごめん、おまたせ」
戻ってきた雄介に、ううんと首を横に振りながら鍵を閉めて、手を振ってそれぞれ違う道を歩き出した。
私は大学へ。彼は駅へ。
その時は気付いていなかったが、それが私たちの恋人としての最後だった。
そしてそれに気付いたのはほんの数時間後のことだった。