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その8

……そして今、ニルヴはCSSフリーザーを背負い、全足力でコロニーベースを目指して走る。

 ニルヴ自身も左腕は損壊によりパージ、腸詰もほぼ全損して内部がはみ出たためパージし、強制生命維持モードへと移行。

 GPSシステムには、救難信号を発信した。

 最優先事項は、この状態で救出されるまで生き延びながら、可能な限りコロニーベースに近付くこと。

 CSSフリーザーのバッテリーは、持って約3時間。

 右手には劣化ウラン弾頭の大口径ハンドガン、腰には血まみれの鉈、背負ったCSSフリーザーにはニルヴの命よりも大事な三男の首と陰嚢が入っている。


 三男と2人でクリーパーに乗り、猟場に向かう途中の事だった。

 樹木の一部に擬態した斧カマキリの奇襲を受け、クリーパーもろとも重厚な斧で断ち割られた。クリーパーモドキと間違えられ、標的にされた。

 斧カマキリがクリーパーに殺到した瞬間には、三男の機転でその小ぶりの頭部は既に吹き飛んでいた。

 しかし、大質量の斧はクリーパーもろとも息子の胴を袈裟斬りに両断した。

 ニルヴはまずは大破したクリーパーからCSSフリーザーと鉈を手に、下半身に向かう。ズボンごと陰嚢を切り取り、陰嚢部だけフリーザーに入れる。

 次に、上半身。まだまぶたがかすかに動く三男の首に、一切の躊躇を捨てて鉈を振り下ろす。二撃、三撃で首は完全に胴体と離れる。

 その首も、、フリーザーに詰め込む。フリーザーは細胞を破壊せず休眠状態にさせながら、凍結させる。

 このときに左手はもう潰れて使えないことが分かっていたので、ニルヴは左手の付け根からぼとりと地面に落とす。腸詰も、内臓が露出しているので長持ちはしないだろう。

 ニルヴは自らの手で、袋ごと腸詰を引きずりそうかと考えるが、やめておく。

 まだ、そのときではない。

 三男の手に握られた大口径ハンドガンを右手に持つ。

 あまりにもきつく握られていたため、鉈で指を落とさなければならなかったが、それでもニルヴは実行した。

 片手で扱える大威力の武器で、なにより三男が初めて獲物を仕留めた証だったから。

 そこに、一切の言葉はなかった。言葉などありようがなかった。

 あとは、走るしかないのだから。


 腸詰から漏れ出した血の臭気に反応して、限界を超えて疾走するニルヴの周囲に追跡する獣の気配が増す。

 銃を地面に置き、破れた腹腔に右手を差し込む。

「ごめんね、赤ちゃん。ごめんね……」

 妊娠3ヶ月だった。しかしおそらくもう、腸詰内の胎児は生きてはいないだろう。

 そして、胸に蓄積された糖分と酸素で稼動する、強制生命維持モードへと移行した。


 腹腔から腸詰を完全に取り出し鉈で大きく切り目を入れ、血は枯葉と腐葉土で拭き取る。

 豚の内臓の塊となった腸詰のむせかえるような生臭さに誘われて、惑星オーストラリアの生物が集まる。


 まずは小さな生物が集まり、それを目当てにより大きな生物が集まる。

 二酸化炭素すら吐かない現在のニルヴは、動きさえしなければ土や岩や壊れたクリーパーと同じく『単なる無機物』だった。

 枯葉に埋まっていれば、豚の臓物の至近距離に居ても気にも留められない。

 ニルヴは自分の腸詰がこの惑星の生物に漁られるさまを、じっと耐え忍ぶ。

 より大きな獲物を、至近距離で仕留める。

 ただそれだけのために。


 やがて地響きを立てて、大陸ガメが現れた。

 その甲羅は、そのままの形で家屋の屋根に使われるほどの巨大さと堅牢さを併せ持つ。対戦車用の劣化ウラン弾ですら、その甲羅を貫くことは出来ない。

 しかし、ニルヴは大陸ガメが他の生物を押しのけて腸詰を丸呑みしようとしたとき、ばね人形のように飛び起きて、

 口腔内から体内に向けての至近距離射撃を叩き込んだ。

 大陸ガメの頭蓋骨と首骨を貫通する際、劣化ウラン弾頭は自己先鋭セルフ・シャーピング化しながら体内中央部まで到達し、その質量がもたらす運動エネルギーが体内の酸素原子と結合して内部から焼夷効果を発揮する。

 その結果として、口から青白い体液の蒸気と白い炎を噴き上げ悶絶する。

 ニルヴは高温ゆえに浴びるだけで致命的なその沸騰した体液を避けるように飛びすざり、二度と後ろを振り返らずに疾走を再開した。

 内側から焼かれた大陸ガメは、悶絶しながら絶命するだろう。そしてその死の踊りが、さらに大小の生物の注意を集める。大陸ガメの死を待ちわびる生物たちにとって、ニルヴは餌にするにはあまりにも小さく、まずく、危険過ぎる。


 体内廃棄物を利用して電力を生み出すための糞尿が尽きると、ためらわずに空洞となった腹腔に原住生物の糞を拾って詰め込む。

 原住生物では有り得ない高体温を感知して接近する飛行生物には、鉈を振るう。

 高温のため脚部のシリコン筋肉が急速に劣化し、断裂を起こし、まっすぐに走りにくくなる。

 それでも完全にシリコンが高密度の酸素と反応し炎上し、倒れこむまで走るのを止めなかった。

 倒れ込み、完全に脚が使えないと悟ると、躊躇なく両足を付け根からパージした。


「……まだ、右腕があるからね……ママ頑張るから、心配しないでね……」

 背負ったフリーザーを、今度は腹腔内に押し込む。

 今まで脚部に回していた電力を、フリーザーのバッテリーに供給するためである。

 ニルヴは、草の茎に背を預け腕一本で上体を起こす。

 そして、一本きり残った右腕で、銃を手にしたまま腹部のフリーザーを優しく撫でる。

「こうして、またママのお腹に戻ってきたんだね。もう、大人なのに甘えん坊さんだね……」

 口を動かす電力は既にカットしている。今はただ、口腔内をスピーカーにして音を出す。

 そしてニルヴは救難信号発信機と視覚と聴覚、それに腹部のフリーザー以外の電力をすべてシャットダウンした。


 ……もちろんこれが、薄気味の悪い偽善だと分かっていた。自分は、本質的に死刑ですら許されないほどの悪事をなした人間だということは、ずっと分かっている。

 なにをやったのか? 虐殺か? 連続殺人か? ……自分のスキルからして、兵士だったことは間違いないだろう、とニルヴは思う。

 自分が生んだ子は、既に18人になる。2人は死に、4人は既に15歳を越え成人した。

 腸詰の中に居た子も含めると、これで死んだのは3人目だ。

 今抱いている三男……はじめて自分と同じ職業を選んでくれた子……この子も死んでしまうのか。

 残りの子供は、上のお兄ちゃんたちかエレインがきっと面倒を見てくれるだろう。

 たぶんもう会えないのが残念だった。

 15人の人類の選良を生み育てたことで、自分の罪はいくらかでも償えたのか?


「……そういえば、空をゆっくり見るのって初めてだな。とてもいい景色だよ、甘えん坊さん」


 惑星オーストラリアの銀色の大きな空を眺めながら遠くから地鳴りのような、複数のクリーパーの駆動音と銃声が聞こえる。そして空には、この惑星最大級の飛行生物が浮かんでいる。おそらく、自分たちを救出に来た部隊が『あれ』……掛け値なしの本物のドラゴンに襲われているのだろう。


「……ばん」

 ニルヴのハンドガンは鉛の1.7倍の重量を持つ弾丸を吐き出す。そしてその放射能で汚れた弾丸はドラゴンの眼球を貫き、内部で完全に爆発燃焼した。

 草に背を預けていたため右腕は衝撃をもろに吸収し、パージするまでもなく銃ごと折れ飛んだ。


 ドラゴンは、ゆっくりと墜落する。そしてニルヴは眠った。


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