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その4

ニルヴ:オーストラリア(惑星)の大気圏なう

エレイン:酸素濃度も気圧も高くて、大気圏が分厚いお。ヘルダイバー内大騒ぎ

オードリー:早めにパラシュートを開く。このままだと地表到着までに腸詰がモツ煮込みになるよねぇ

シンシア:マジデスカ。おれ妊娠してんだからそれ勘弁。そもそも妊婦を降下部隊に抜擢すんな

ニルヴ:まあまあ、妊婦には神様の祝福があるって言うじゃない

エレイン:赤ちゃんありがたやー、ありがたやー


 大気圏突入用ドロップカプセル『ヘルダイバー』内のテキストメッセージの応酬が、船内全員に向けて公開されている。

 もちろんキーボード等の入力装置は使わず、思考入力形式になっていて、眼球の視覚情報に直接インポーズされる形でテキストデータは表示されている。


「……シンシア大丈夫かな? メッセージログが完全に男になってるよ」

 看護士のミネルヴァが、船内からリアルタイムに更新されるメッセージを確認する。

「うーん……妊娠期の胎内ホルモンバランスの変化は、ベイビーちゃんに良くないんだよね……」

「どうまずいの?」

 アリシアは、赤ちゃんを抱きながら問う。

「いやぁ、ベイビーちゃんが将来腐れファグになる可能性が激増すんだよねぇ」

 サリーは全く意識せず、自然に同性愛者のことを『腐れファグ』と呼んでいた。ファグの訳語は『カマ野郎』ではあるが、実際はその10倍ぐらいキツい言葉で、日本語では正確に表現不可能な語彙だったが、それに無意識に『腐れ』と付けていた。サリーは男だったときは、相当強烈な同性愛差別主義者だったようだ。


「んもう、汚い言葉は禁止だよっ、サリー!」

「おおっと、ゴメンあそばせ。なんせホラ、あたしのIQって80台前半だから」

 だからバカでも出来る医者しか仕事なかったんだよね……ということだった。船内では、医師や看護士は掃除人の次ぐらいにIQが低い者の通常勤務となっている。

 そしてクルーの平均IQは、80台の後半だった。偏差で言えば、地球人類で知能が低いほうからおよそ20%以内にいる知的水準の犯罪者がメインの編成となっている。


「じゃあ、とりあえずシンシアにメッセージ送っときますか。あと、スペシャルカクテルも」

 サリーは、シンシアの脳内ホルモンバランスを調整しながらメッセージを送る。


サリー:シンシアは、腸詰をパージする事態はできるだけ避けて。

オードリー:通訳します。『ジェンダーフリーの手先のおフェラ豚ども! 他の糞袋は死んでも構わんが、お宝入りは残しとけ!』 ……だってさ。

 豚の内臓1匹分をまるまるシリコンゴム製の袋に詰め込んだ消耗品の内臓、シングルカートリッジ式オーガンパッケージ・通称「腸詰」が、最初に「糞袋」と呼ばれた瞬間だった。


シンシア:だったら、最初ッからリーコン(斥候)チームから外してくれよ……ねー、赤ちゃん。ママ死ぬの怖いよう!

シンシアの脳内にアリシアに与えられた『こんにちは、赤ちゃん』の千分の1程度の妊婦用脳内麻薬カクテル・『真珠貝』が投与される。『真珠貝』のもたらすセロトニンの沈静作用が、怒りと恐怖に熱くなったシンシアの脳を即座に蕩けさせる。

ニルヴ:アハハハ! だったら、生きて帰ろうよ!

エレイン:そうそう、生きて帰るんだよ! 生きて帰って、アリシアみたいに赤ちゃんを産もう!

オードリー:そっか、あなたたちアリシアのベビーちゃん見てきたんだよね。

ミネルヴァ:ええ、旧アリシアの脳髄を掃除したご褒美で、赤ちゃんを見る権利が貰えたんだ。

シンシア:そっかぁ、だったらアタシも志願すりゃ良かったなぁ。

ニルヴ:ムリムリ、つわりと吐き気でダウンするって。あたし等は最初に知り合ってたから志願したようなモンだし。

エレイン:そうだよ、脳みそってものすごく生臭いんだよ!

アリシア:ごめんね、迷惑かけちゃって。

ニルヴ:いいのいいの、生まれたてのベイビーちゃんを見せてもらったから! はー眼福眼福

オードリー:いいなぁ、見たかったなぁ


 彼『女』たちは、なぜ自分がそんなに赤ん坊を見たがっているのか、全く理解していない。

 彼『女』らは、赤ん坊を見ると脳内のA-10神経束がわずかに興奮状態になるように条件付けされていた。赤ちゃんを見ると見ず知らずの人の赤ちゃんでも寄って来る中年から初老の女性等がいるが、あれこそが経産婦というA-10神経内麻薬中毒者の症状そのもので、それと全く同じと言っていい。

 そして、その事実を知らない彼『女』たちの喜びは、悲しかった。

 こうしてくだらないさえずりを残しながら、ヘルダイバーは地球より濃密な大気圏と低い重力を持つ惑星オーストラリアへと降下していった。



 ヘルダイバーは、惑星オーストラリアの地表に突き刺さるように降着する。

 予定ポイントからは大きく離れたものの、降着地点が地表であったのは幸いだった。

 シンシア以外の先遣隊は、そろそろ本格的に男性ホルモンであるテストステロンの効果が顕れはじめ、視野が狭窄し皮膚感覚が鈍磨していく。

 闘争ホルモンのドーパミンが、じりじりと心をシリコン色からステンレス色に塗り替えていく。


「今回の作戦指揮を執るオードリーだ。予定通り、濃密過ぎる大気圏のせいで母艦との連絡は途絶した。テキストデータの送受信ですら、現時点では秒間300バイトに限定されている」

「まあ、全く通信できないよりはマシでしょ」

「船外では、あらゆる想定外の危険に遭遇する可能性がある。各自、装備を再点検するように」

 続いて調査班のリーダーのシンシアが、説明を始める。

「ここの空気は地球と比べて濃密で酸素が多く、わずかな火でも想像以上の発火を起こすわ。酸素反応系爆発物の威力は地球より高いということを忘れないで。それと、重力が地球の半分程度しかないの。だからこの星の生き物は、基本的にデカいわ。じゃあハッチを開くから、ニルヴ・エレイン出て!」


 厳重に機密されたハッチが開き、完全装備の気密服を装備した2人とともに、『ポテト』が外気に晒される。

 ジャガイモの名を持つジャガイモ状の肌色の生き物は、無菌状態で飼育されている。ほぼ生存環境が人間と同一の、ネズミ起源の人造生命体だ。

 人間よりも早く毒素の影響を受けやすく、また死ぬと体表が紫をはじめとした様々な模様になることで危険の種類を知らせる。この地球の悪を寄せ集めた移民団の中で先遣隊に選ばれた12人の誰よりも、ただ死ぬためだけに生まれてきた生物だった。

 ニルヴとエレインは、周辺哨戒のために『クリーパー』に乗り込み着陸地点周囲を走り出す。

 1人乗りの超ミニ軽トラックに銃座を付けただけの低コスト軽威力偵察車両であるクリーパーの脇に置かれたポテトは、30分以上が経過しても弱る兆候を見せなかった。

 ニルヴは意を決して、ヘルメットの気密を解除する。


「ちょっとニルヴ! まだ許可は出されてないよ!」

「大丈夫だよ、エレイン! 風がとっても気持ちいい!」

 銃座のニルヴは地球人類として初めて、オーストラリアの大気を大きく吸い込んだ。


「何もかも……とても大きいねえ!」

 高濃度の酸素と低重力の環境下で500メートル超級の樹木が高層ビル群のような規模の太さで粗雑に乱立し、その下には地球の樹木クラスの下生えが茂っている。

 あちこちに、その下生えを生きる食物連鎖の底辺を占める甲殻類が生息していた。

 そしてそれは、時には彼『女』たちどころかクリーパーとほぼ同レベルのサイズのものさえあった。


 運転席のエレインも、マスクを外す。

「全部がデカいんだったら、むしろこっちが小さいってことにならない?」


『……何か近づいてるぞ! 発砲承認! むしろ撃てっ!』


 ニルヴとエレインの運転するクリーパーの背後に、クリーパーよりも大型のセンチネル多脚自走砲に良く似た生物が轟音を立てながら接近していた。

 砲塔をこちらに向けて、クリーパーを超える速度で接近してくる。


「アイサー! 死にくされクソ虫!」

 ニルヴは、砲塔に向けてチタン弾頭の徹甲弾を叩き込む。センチネルモドキは、甲殻のあちこちが割れて内部が露出する。しかし、その程度では死ぬことすらなく逃亡した。

『どうやら、この星で食物連鎖の頂点に立つってのは無理そうね』


「ふう、食べられるかと思った」

『いや……食べるんじゃなくてプロポーズだったみたいね』

 ガソリンエンジンの排気ガスとよく似た成分を砲塔から発散しながら、センチネルモドキはクリーパーの背後を追跡していた。逃走時には、その砲塔とともに類似成分の揮発が収まっている。

「もしかして、あれナンパだったの? やだー、モテモテ!」

『クリーパーがね。ガソリンエンジンの排気ガスが、誘惑の吐息だったみたい』

「クリーパーちゃん、隅に置けないねえ」

『いえ、クリーパーはイケメンだと思われたのよ。メスはあっち』

「じゃあ、せっかくの逆ナンをビンタで返しちゃったってこと? クリーパー!」

「あの娘、今ごろ傷ついてるよね……」

 背後から、硬い何かを砕く轟音が響く。

「……エレイン!」

「分かってるよ」

 クリーパーは下生えの巨草の茎を旋回し、音の元凶に迫る。

 重機関銃からチタン弾頭の徹甲弾を撃ち込まれ、体液を漏らすセンチネルモドキが、カマキリ……ただし、センチネルモドキとほぼ同じ大きさで、刃渡りだけで彼『女』たちの2倍、重量は5倍を越える『斧』が鎌の位置に付いている。

 斧カマキリに絡め取られ、その大質量巨大斧を振り下ろされていた。

『ナニをする気、ニルヴ!』

「……あたしたち、これでもオトコノコだったんでしょ! 襲われてるオンナノコを見捨てちゃ、あたしの中の男が廃る!」

「襲われてるオンナノコは助けるのが男ってもんよ! たとえ世界最悪の極悪人だったとしても!」

 銃座の弾頭は純ナトリウム散弾に換装され、照準は斧カマキリの薄い腹膜に重なる。


 ニルヴは、重機関銃の引き金を引いた。


 水より軽いナトリウム弾頭でも、斧カマキリの薄い腹膜は切り裂いた。

 ナトリウム粒は斧カマキリの腹の中で体液と激烈な反応を起こし、水素を発生させながら爆発的に燃える。

 そして、その爆発的に発生した水素自体が周囲の高濃度酸素により加速度的に酸化し、さらに巨大な無色透明の炎を噴き上げながら爆発した。


 柔らかい腹部をすべて失った斧カマキリは攻撃を感知し、こちらに殺到する。

 クリーパーを停車したエレインは、大口径ハンドガンから弾頭1発100グラムの劣化ウラン弾を叩き込んだ。

 そうして斧カマキリは、頑丈な巨大斧と足と胴を残して完全に沈黙した。


 クリーパーは、チタン弾頭と巨大斧と水素爆発でボロボロになったセンチネルモドキに近づく。

 センチネルモドキは、折れた砲塔を再び出して排気ガスに似た匂いを大気に充満させ、体側にスリットを開く。


「……ごめんね、虫さん。クリーパーは、キミの愛に応えてあげられないよ」

 ニルヴは、センチネルモドキがたぶん交尾用に開いたスリットに、ナトリウム弾を撃ち込んだ。いまわの際に愛を表現したセンチネルモドキは、甲殻を残して焼滅した。


『ニルヴ、エレイン』

 オードリーは、無線越しに2人に話しかける。

「「は、はひ! あの、その……ゴメンなさい!」」

 2人は同時に謝った。威力偵察を無視して、意味が全くない戦闘行為を行ったのだ。最低でも叱責、下手をすれば何らかの懲罰を受ける可能性がある。最悪の場合、ヘッドシェルの永久凍結もしくは破棄刑も有り得た。

『キミらは……まあいいや、ありがとう』

 オードリーは、呆れたように笑う。

『かっこ良かったわ! 抱いて!』

 シンシアは、陶酔したように自分自身の肩を抱いていた。


アリシア:今度はアナタたちの赤ちゃん産みたいな!

サリー:アタシ等みたいな知能の低い凶悪犯罪者のDNAなんて、この船に乗ってるわけないじゃん(笑)

ミネルヴァ:そもそもどさくさまぎれにもう一回妊娠しようだなんて、ふてえ野郎だ(怒)

アリシア:わたしの脳は妊娠も出産もしてないのに!

サリー:じゃあ、ベビーちゃんをアタシにくれよん。

アリシア:斧カマキリとかにヘッドシェル装着するぞテメエ

 秒間300バイトしか送受信できない母船との通信は、結局ヘルダイバー内で見ていた皆によるテキストデータでの実況となって送られていたようだった。


 前にシンシアがつぶやいた通り、惑星オーストラリアの生物は巨大すぎて、人間が生態系の頂点に立つのはほぼ不可能という結論が出た。陸上には確認されているだけで60メートル級の生物が、空には40メートル級の生物が、海中に至っては200メートル級の生物が存在していることが確認されている。でも、生態系の頂点に立てなくても、この惑星の生態系の一部に溶け込むことは出来るのだ。

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