その10
サヴィア・オブライエン、それが彼『女』の名前だった。
オーストラリア殖民惑星政府のコロニーベースに、栄光ある地球のDNAバンクの中から選良の中の選良として生まれる。
ハンターソルジャーとしての厳格な教育を受けたのち、最終試験にて斧カマキリの奇襲を受けるもこれを倒す。
しかしその戦闘で、肉体は死亡。脳は同行者ニルヴ・オブライエンにより回収され、義体化処置を受ける。
睾丸も同じく回収され、DNAバンクへの登録が承認された。
栄光のヘルダイバー降下作戦にも参加した『ガンスリンガー』屠龍のニルヴの息子として、本当に勇敢に戦ったよ。
本当に最後まで男らしく戦って、男としての一生をまっとうした。嘘じゃないよ。だから誇りを持って生きて。
サヴィア・オブライエンは、睡眠回復槽から胎児のごとく捻り出された。
そして、思い出せたのが上記の記憶だけであった。
オーストラリア殖民惑星政府のコロニーベースは分かる。
……そもそも、父親はダレだ?
そして、なぜ戦いの末の死から今に至って、機械からひり出される羽目になっているのか?
「……おかえり。初めまして、のほうがいいのかな。えへへ……」
目の前の、照れたような、ぼんやりとした表情の彼『女』が言う。
「記憶に名前があると思うけど、アタシがニルヴ・オブライエン。よろしくね」
少女のようにはにかみながら、ニルヴは笑う。これが、『ガンスリンガー』で『屠龍』のニルヴか。とてもそうは見えない。
ニルヴの行動は、視覚レコーダーからすべて検証され、報告書になっていた。
死亡寸前の息子の首と睾丸を躊躇なく切断し適切な処置を施し、片腕をパージしながら巨大生物をハンドガン一丁で2頭も仕留めた。
そのときに、壊死した腸詰と胎児を一瞬のためらいもなく罠として利用した。必要とあらば動物の糞さえも利用し、脚すらも迷いなく捨てた。
その後、残った腕一本に握ったハンドガンで、飛行するドラゴンの眼球を精密狙撃し仕留めた。
ガンスリンガーも屠龍も、渾名は伊達じゃない
「あいかわらずぶっきらぼうだなぁ、ケンザブロウは……あわわ違った、サヴィアは」
元の名前はケンザブロウと言ったのか。名前が女性名に変わったということは、自分は本当に肉体を失ったということだと理解する。
「……もともと、パソコンが適当にでっち上げた、どこにも存在したことがない人の名前だけどね。私の夫だった人の名前だよ。あなたには、お父さんの名前を受け継いでほしくて」
もちろん本当の父親は、地球で数百年前に亡くなっている。母親も同じだ。サヴィアは、言葉もない。
「……そしてサヴィアってね、おなかの赤ちゃんに付けようと思ってた名前だよ」
サヴィアは、あいまいな答えしか返せない。自分のせいで、妹は生まれる前に死んだ。
妹は、自分の代わりに死んだのだ。
「だから、お兄ちゃんに会えなかったサヴィアの分まで、生きて欲しいんだ、ママは」
サヴィア・オブライエン。コレが自分の名前だ。
自分もニルヴも、いつかこの星の強大な生物にヘッドシェルを踏み砕かれて死ぬ日が来るだろう。しかし、死ぬまでに1匹でも多くの巨大生物を倒し、1人でも多くの選良の子を産み残す。
そのうち、誰かの卵子を貰ってケンザブロウ・オブライエン……既に死んだ本物の自分の子供を産むのもいいかもしれない。睾丸は1個は残っているから可能なはずだ。
ケンザブロウ・オブライエンの墓も建てたい。ニルヴ・オブライエンの息子は勇敢に戦って死んだ。まあ、遺体は潰れた片方のキンタマとその袋と頭蓋骨ぐらいしかないだろうが、それだけあれば上等だ。
「……そうだ、サヴィアにはこれを返すね!」
ニルヴは、ずいぶんと長い荷物を渡した。それは銃握に鉈の傷が付いたハンドガンだった……ニルヴの右腕が固く握り締めたままの。
「アタシの腕はまだ外せてないんだ、ごめんね……義体は頑丈だから簡単には切り落とせなくて」
そのままで良かった。むしろ、そのままのほうがいい。
腕ごと、オブライエン家の家宝として飾ることにしようとサヴィアは考えていた。