八話 佐祐と理解
優が部屋で傷を癒すため、療養で寝ているとき、深夜にも関わらず、すっと静かに襖が開かれた。
人の気配に気づいた優はそっと目を開け、目を凝らしていく。
慣れて来た視界には、佐祐が映っていた。
「優殿。夜分すまぬが、少しよいか?」
こんな深夜の最中、わざわざ来るということは、それほど重要な話なのだろう。まず、佐祐から話を持ち合わせるなど、初めてのことだった。
優はゆっくりと起き上がると、コクッとうなずいた。
二人は外に出て縁側に座り込む。夜空に浮かぶ星と月が眩しく、満天の星空は心が弾むようだった。
二人は無言のまま眺めていたが、唐突に話を切り出したのは佐祐からだった。
「まずは礼を言おう。姫様を守り通したことを、深く礼を申す」
佐祐は座りながらだが、深く丁寧に頭を下げる。優はどこか複雑な気持ちで視線を反らした。
「……いえ。佐祐さんが来てくれなければ、あのあとどうなっていたか」
あのあと自分は倒れて気絶してしまっている。佐祐が来なければ、今頃音姫はこの世に存在してなかったかもしれない。
お礼を言われるほど、大そうなことはしていないと思っていた。
「いや。そなたが守らなければ、姫様は死んでいたかもしれない。確かにそなたは最後に気を失ったが、立派に姫様を守るという役目は果たした。この勲章は、殿に報告し、褒美をもらわねばな」
「いえ、そんな……」
優は遠慮するようにぎこちない笑みを浮かべる。
そして沈黙が訪れる。少しして、次は優が問いかけた。
「佐祐さん。……佐祐さんは、音姫とどういう関係なんですか?」
前から気にはなっていた。どこか二人は上下関係のなく、お互いを理解し合っている仲の良い関係に見える。
四六時中、側近として側にいれば、そのような関係になるかもしれないが、佐祐は音姫に道場で、あのように上から目線で物をいうほどの発言力がある。
ここは戦国時代。上下関係に厳しく、いくら側近であり、それなりに身分が高くても、あそこまで反抗するのは不可能のはずだ。
そこで佐祐はふと笑みを浮かべる。
「姫君の名を申すとは、なかなかの達者な口でござるな」
確かに、さっきは素で馴れ馴れしく音姫と言ってしまった。
「あ、その、すみません……」
「構わぬ。そなたはこの時代の習わしには関係ないのだからな。……そうじゃな。わしと姫様は幼馴染じゃ」
「それは……聞いてます」
前に音姫が話してくれたのを覚えている。
「そこで不思議に思わぬか?」
「え?……何がですか?」
「なぜ一国の姫とわしみたいな武士が幼馴染かと。わしは確かに上級武士の子じゃが、そこまで仲良くはなれぬぞ」
確かにそうだ。なぜそこまで仲良くなる事が……。
「……実はな、姫様は、殿の本当の子ではないのだ」
「え?」
その事実に衝撃が走った。
「殿の子に、子女は生まれなかったのだ。というより、母君は子が産めない体であった。優しい殿は仕方ないといって諦めていた。内心、すごく困っていたであろうにな。そんなとき、上級武士である子の音姫に目をつけたのだ。他の女子と結び、子を産めば良いのじゃが、殿はどこか変わった人でな、そうしなかった。母君を裏切るようで嫌だったのじゃろう。そして、音姫を養子として授かり、姫となったのじゃ」
「そ、そうだったんですか……。でも、陽姫は?」
「陽姫様は姫様の妹君の関係じゃ。しかと、血の繋がりはある。姫様の養子と同じように、陽姫も引き取ったのじゃ。せっかくの姉妹を、わざわざ離れさせるのは酷じゃからの」
「なるほど。それで、佐祐さんは音姫と仲が良いのですね」
「上級武士の子同士。わしと姫様はそれは仲が良かった。毎日のように遊び、日が暮れるまで笑いあったものじゃ。というよりも、姫様のいいなりになって、尻に敷かれていたのじゃがな」
佐祐は愉快そうに笑う。優もクスクスと笑う。
「じゃが、姫となってからはそうそう遊ぶこともできず、姫としての振る舞い、勉学、作法など、覚えることは星の数ほどある。姫様に暇な時間などなかったのじゃ」
今では有り余っているように見えるが、気のせいなのだろうか……。
「今は落ち着き、生活にも慣れ、こうして余裕もできた。というよりも、殿がそうさせたのじゃ。……わしが側近になったからの」
「え?」
「わしの父上は上級武士の中でも最も上の存在。つまり大将なのじゃ。お主に打ち首といったやつじゃよ」
そこで思い出した。あのいちいちうるさいちょび髭野郎のことだと。
「あのちょび髭が……」
優は拳を握って怒りをあらわにする。
「ははは。ちょび髭か。おもしろいな」
「あ、すみません……」
「いや、かまわんよ。ま、そのちょび髭のおかげで、わしも力がつき、こうやって意見を聞き入ってもらえるようになったのだがな。そこでわしは、殿に姫様が精神的に参らぬ様、外出などの気分転換をさせるようにお願い申したのじゃ。条件としては、わしが側にいて守ることなのじゃがな。じゃが、おかげでこうして伸び伸びと成長なさっておる」
「良かったですね」
「うむ。じゃがな、姫君を襲ったのは、ここからじゃ」
佐祐は難しい顔をして話す。
「今の時代は戦いが全て。生き残るには勝つしかない。男たちは戦が始まれば死ぬまで戦う。もちろん、わしもな。そして、……姫様の友も」
佐祐は昔を思い出しながら語る。
「姫様の友は、わしの友でもある。戦に連れ、友たちがどんどん死に、その数は減っていく。国のため、姫のために戦い、そして死んでいくものたちを見て、姫様の精神状態は極限にまで追い込まれていた。自分に圧し掛かる責務の重さ、戦の恐怖、自分の価値観など、想像も超えるほどの姫様という立場に、押しつぶされそうになったのじゃ」
「そうだったんですか」
「だからこそ、姫様であろう者が、あのように身勝手に外出できるようにしたのじゃ。これはわしの案なのじゃがの」
「なるほど。そうだったんですね」
「しかし、それには二つの条件がある。一つは姫君としての責務を果たし、国のために貢献すること。そして、……さっきもいった、わしが側にいること」
佐祐はぐっと拳を握った。
「姫様を容易に外出するには力が必要じゃ。権力もじゃが、武力もな。権力は父上がなんとかしてくれたが、武力は自分次第。わしは鍛えに鍛え、道場一の力をつけた。そしてわしが側近となり、姫君は外出できるのじゃ。じゃが、今ではなぜかお主が側近となっているがの」
「いや、俺は側近というより下僕といったほうが……」
すると、佐祐はぽんっと優の肩に手を置いた。
「お主は強い。剣の腕前は確かなものじゃ。実際に受けたわしがいうから間違いない。……これからも、わしの代わりに姫様を頼むぞ」
「で、でも、俺なんかより佐祐さんの方が……」
「ああ。まだわしだって負けておらんぞ。勝負はついておらんからの」
どうやっても勝敗は認めないらしい。この負けず嫌いは音姫ゆずりだろうか。
「しかし、姫様のあのような笑顔は久しぶりに見たものじゃ」
佐祐は空を見ながらほくそ笑む。
「わしといるよりも、ずっと生き生きとした顔立ち、あれはお主にしかできぬこと。だからこそ、わしはお主に姫様の側にいさせたい」
「でも、俺……」
「お主でよい。自信を持て。そなたなら、姫様を守れる」
佐祐は満足げに笑みを浮かべながら、すっと立ち上がった。
「あ、そうじゃ。お主は知っておるか。……姫様の力を」
「力?」
「その様子じゃと知らないようじゃな。ならば、本人に直接聞けばよい。いや、近いうちに知るかもしれぬがな」
「あ、あの」
「夜分にすまなかったの。傷が癒えるまで、療養するがよい。その傷はすでに治っておるが、全て姫様のおかげじゃ、後で礼をいうが良い」
そういって佐祐は行ってしまった。
優はすぐに戻る気がせず、しばらく星を眺めることにした。
夜空に浮かぶ月を見ながら思う。
この時代に来て、自分がすべきこと。新しき課題。それは些細だが、見えて来た気がする。
そして、なぜ自分はこの時代に来たのだろうか。
その謎は、いつかわかる日が来るのだろうか……。
部屋でずっと療養に努め、栄養を着けようと、夕食をもぐもぐと食べているとき、元気よく、というよりもおもいっきり戸が開かれ、外から陽姫が入ってきた。
「お兄ちゃん! 怪我をしたとは真か! 無事なのか!」
相変わらず元気で可愛い音姫の妹である。なぜこんなにも姉とは違って癒しを与えてくれるのだろうか。
「大丈夫か? わらわが撫でてやるぞ」
そういって陽姫は小さな手で包帯を巻かれた優の頭を撫でる。
ああ~、たまにはこうして撫でられるのもいいな。
「お兄ちゃんは、姉上を守ったそうだな。妹であるこの陽姫からも礼をいうぞ。誠に感謝する」
「いや、俺なんてたまたま運良く相手が倒れてくれて、何とか庇えたって感じだよ。佐祐さんのおかげだな」
「そんなことないぞ。父上が是非ともお礼をしたいと申しておった。きっと豪華な褒美が貰えるぞ」
「へぇ~、褒美か。例えばどんなかな?」
陽姫は撫でるのを止めると、自分の顎に人差し指を当てて考え込む。
「う~ん。褒美を受け取る者の要望によるが、地位か大判小判などかの」
「そっか。好きなものが手に入るのか」
「お兄ちゃんは何を望んでおるのだ?」
陽姫が興味津々に訪ねて来る。
「そうだな。今俺は……」
そのとき、すっと戸が開かれ、少しおどおどとした感じに、音姫が顔を覗き込んでいた。
「あ、その、……ちょ、ちょっと良いか?」
音姫が少しぎこちなくというより、どこかそわそわした感じに問いかける。
優はちょうど夕飯を食べ終えたばかりなので、断ることはなかった。
二人は廊下に出てスタスタと静かに歩いて行く。
陽姫には悪いが席を外してもらい、使い終わった食器を持って行ってもらった。
給仕の人達は驚くだろう。姫の妹に値するものが食器を運んでいるのだからな。
二人はひたすら無言で歩き続けた。
前を歩いていた音姫は、何度かチラチラとこちらを振り向き、どこか気にしながら歩いていた。
行きついた場所は、音姫のお気に入りの場所でもある、天守閣だった。
以前は昼間にきたのだが、今はすでに太陽は沈み暗くなり、ぽつぽつと煌めき始めている星が綺麗に輝いていた。
二人は手すりに身を任せながら、じっと夜空を眺める。
そういえば、前にもこうして佐祐と星を眺めたが、戦国時代の人たちは、こうして星を眺めるのが好きなのだろうか。
少しして、音姫が少し緊張気味に優に問いかけた。
「も、もう、傷は治癒したのか……?」
「え、あ、ああ。もう痛みはまったくないよ。というより、気づいたときから痛みはなかったけど。だからもう大丈夫だ」
「そ、そうか。それはなによりじゃ」
本当に安心したらしく、音姫は深く安堵の息を吐く。
「あ、あのな、まだお礼を言ってなかったのを思い出してな。今回は、本当に助けられた。心から、お礼を申し上げる」
音姫は深く丁寧に頭を下げた。
「俺は何もしてないよ。そこまでお礼を言わなくていいぜ」
音姫は顔を上げた。
「いや。本当にわらわの命がこうしてあるのはそなたのおかげじゃ。本当に、礼を言う」
「そ、そうか」
優は照れたように頭を掻いて軽く笑う。
「そ、それでな、父上が、今度褒美を差し上げたいというのじゃ。何か要望はあるかの? 何でも良いぞ。金でも、地位でも、名誉でも」
「いや、いいよ、褒美なんて。俺はそこまでされるほどしちゃいねーよ」
「そんなことないぞ。わらわを助けたのじゃ。このくらい、して当然。遠慮などするな」
「そうか? じゃあ、一ついいかな」
「うむ。何でも申してみよ」
優はポリポリと頬を指で掻きながら、少し遠慮深く言う。
「俺、これからも、音姫のそばにいたいな……」
「え?」
音姫の顔が一瞬で赤くなる。
「いや、けっこうこの生活楽しんだ。俺の時代じゃ、こんなの味わえないし。そりゃ、不便だし、面倒なこともたくさんあるけど、こうして音姫や陽姫ちゃんと一緒に過ごして、なんというか、ホッとするんだよな」
優はヘラヘラとほくそ笑む。それから、音姫は頬を紅潮させたまま、視線を下げた。
「あ、あの、この前の、わらわの言葉を覚えているか?」
「え? なんかいったっけ?」
「ほ、ほら、あの、もう、下僕とは言わないと……」
「ああ、そういやそんなこと言ってたな」
音姫が大泣きしたとき、そんなこと言っていた気がする。
「そ、それでな、こ、これからは……そ、その……、あぐ……だ、だからな、その……」
音姫は人差し指の先をツンツンしながらどもる。
「え、ええと、だから、……こ、これからは、そなたのことは……す、優と呼ぶ。……よ、よいな」
「え? あ、ああ」
「か、勘違いするでないぞ。別にわらわは、約束は破らない主義で、決してそなたを見直したわけでは」
うむ。見事なツンデレっぷり。でも、黒の長髪にいつも強気な態度。そこから見せる守ってあげたいような弱さと恥ずかしさのギャップを見ると、ついそんな単語が思い浮かぶ。
でも、……音姫は、自分のことをどこまで思っているかは、よくわからない。
「ありがと、音姫。これからもよろしくな」
優は満足気に言う。すると、
「……紬じゃ」
「え?」
音姫は未だに顔が真っ赤であり、暗がりの中でもそれがわかるほどだった。
「わらわの真名じゃ。音姫は仮の名で、真の名は紬と呼ぶのじゃ。本来、真名は、身内や配偶者などにしか教えぬ仕来たりじゃが、優には特別に教えてやる。感謝しろ」
「へぇ、真名なんてあるんだ。それじゃ、これから紬って呼ぶぜ」
「お、おう……」
音姫は顔を背けて、羽織で覆い隠していた。
まさか、真名をちょっと呼ばれただけで、こんなにも緊張し、そして嬉しさが込み上げてくるとは思わなかったからだ。
少しして落ち着くと、音姫、いや紬は夜空を眺め、満面の笑みを浮かべ、上機嫌なままだった。