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五話 妹と思い

 今日もいつものように音姫の側にいて雑用やら我がままやらを聞いて、ヘトヘトになりながらも遂行しているとき、厄介なものがまた増えるとは思わなかった。


「そういえば、下僕はまだあやつのことを知らなかったな」


 廊下を歩きながら、音姫がふと思いついたように呟く。


優はその後ろからふらふらなりながら顔をあげる。


「あやつ? 誰のことだ?」


「ふむ。実はな」


 そのとき、後ろの方で元気な声が響いてきた。


「姉上~!」


 二人は振り返る。


そこには肩まであるショートカットの髪が揺れ、ずるずると赤い着物を引きずり、音姫を小さくしたような容姿、パッチリとした瞳に小さな唇、見慣れない子供が走ってきた。


「これっ。走って大声まで上げるなど、はしたないぞ、陽姫ようひめ


 音姫が優しく叱りつける。


「へへ。すみませぬ、姉上。あ、この方が姉上の下僕ですね。何やら未来から来たとか」


「……せめて側近とかそんな感じで呼んで欲しかったな。それで、この子は誰なの?」


「うむ。紹介しよう。わらわの妹君にあたいする、陽姫じゃ。部屋が遠くてあまり会えないのだ」


「お初めに存じます。わらわの名は陽姫。どうぞよろしくつかまつります」


 陽姫は幼いわりにとても丁寧に自己紹介し頭を下げる。そのせいで優もついかしこまってしまう。


「い、いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」


「ふむ」


 すると、陽姫はジロジロと優を見、観察するようにじっくりといじったりしていた。


「え、えと、何?」


「うむ。姉上、わらわはこの方を気に入ったぞ。どうかわらわの側近にさせてくれ」


「え?」


「な、なんじゃと!」




 三人は音姫の部屋にいた。


陽姫はなぜか優の横に座り、制服を珍しそうに引っ張っていた。


「陽姫。すまないが、下僕はわらわの下僕だ。いくら陽姫の頼みでも、許可することはできぬ」


「え~。どうして。少しくらい良いではないか」


「ダメじゃ。すでに正式に定められておる。諦めるのじゃな」


「ぶぅ~」


 陽姫の頬が可愛らしく膨れる。意外にも可愛かった。


「ん? ……おい、下僕。貴様、何にやけておる」


「え? 俺、にやけてた?」


「ああ。気持ち悪いほどな」


 音姫はじっと蔑んだ目で睨んでいた。


 優は一人っ子で、前から弟か妹が欲しいと思っていたのだ。ちょうど年も陽姫くらいが良く、イメージにもぴったりだった。


「なぁ、陽姫ちゃん」


「陽姫……ちゃん? 『ちゃん』とは何なのだ?」


「ああ、未来では小さな子には『ちゃん』を着けるんだよ」


「そうなのか。ならば、別に『ちゃん』を着けてもいいぞ」


「ありがとう。それで、陽姫ちゃん。これから俺を呼ぶ時は『お兄ちゃん』って呼んでね」


「お兄ちゃん? 『お兄ちゃん』とは何なんだ?」


「目上の若い男の人に対しては『お兄ちゃん』って未来では言うんだよ」


「へぇ~、そうなのか。なら、これからお兄ちゃんっていうぞ。お兄ちゃん」


 うん。本当にお兄ちゃんになった感じだ。


「おい下僕。なんだか気持ち悪く見えるのだが、気のせいか?」


 おそらく現代でこんなところを見られていたら痛い人に見られるだろう。悪くなれば警察沙汰に……。ここが戦国時代でちょっと良かった。


「なんだかすぐに人を呼びに行きたい感じだが、まぁいいじゃろ。それより、わらわはちょっと父上に用がある。下僕は陽姫の面倒を頼むぞ」


「ああ、いいぞ」


 優がニコニコしながら容易に了解する。


音姫はどこか違和感があるが、部屋から出て行った。


「お兄ちゃん。陽姫と遊ぶのだ。未来の遊びを教えて欲しいぞ」


「未来の遊びね」


 ここでお医者さんごっこを教えたら完全に俺は危ない人になるな。ちょっと教えたい気もするが、ここは我慢しておこう。本当に首が飛びそうだし。誰かさんは本当にやりかねん。


「それじゃ、しりとりでもしようか」


「しりとり? ま、まさか、……わらわの尻を取るのか!? 未来はそんな恐ろしい遊びをするのか?」


 陽姫は頬を赤くするも、恐怖でガタガタ震えてもいた。


「そんな恥ずかしいものでも恐ろしいものでもないよ。言葉の最後の語を取って、その語から始まる言葉を言い合う遊びだよ。最後に『ん』を言った人が負けだよ」


「なるほど。よし、やってみるぞ」


 二人は向き合ってしりとりを始める。最初は優からだ。


「いくよ。しりとり、りんご」


「ご、ごま!」


「ま、まくら」


「ら、……ら?」


 陽姫は難しい顔して考え込む。


戦国時代だと、現代とは外来語も普及しておらず、簡単には思い出せないかもしれない。意外にも、この時代ではしりとりは難しいかもしれない。


「ら……、ら……、ら? え、えと…………くし!」


 今強引に他の言葉に変えた気がしたが、始めたばかりで難しいのだろう。仕方なく聞き逃すことにしよう。


「し、しお」


「お、お、おいも!」


「も、もののけ」


「け……、け……、…………そ、そっきん! あっ、いや、ぞうり!」


 またもや強引に変え、しかも一度「ん」が着いても気にせず言い直すとは。このままでは勝負がつかないような。


「あ、あの、陽姫ちゃん。さっき、『ん』がついたんじゃ……」


「つ、ついてないぞ!」


 陽姫は腕を組みながら他所を向いて知らんぷりをする。


「ほんとに? 今側近って」


「わ、わらわはぞうりっていったぞ! 『ん』はついてないぞ!」


 陽姫は頑なに自分の過ちを認めようとしない。そっぽを向いて口を噤んでいる。


「ふ~ん。まぁいいか。じゃあ、続きね」


「うむ」


「り、りく」


「く、くり!」


「り、りす」


「す、すみ!」


「み、みず」


「ず、……ず、ず……? ず……。…………てきじん! あ、いや、……あ、あみ!」


「…………」


 また勝手に語尾を変え、おまけに「ん」がついている。そして言い換えていた。


「あの、陽姫ちゃん。今言い換えて「ん」が着いたよね?」


「つ、ついてないぞ。陽姫は負けていない!」


 陽姫はまたもやそっぽを向いて顔を背ける。


「陽姫ちゃん。だったら俺の顔を見て言ってないって答えてみて」


「うぐっ」


 陽姫は目を潤わせ、半泣きになりながらゆっくりと振り返る。


「ほら、俺の目を見て」


 二人はじっとお互いの目を見つめる。


陽姫はすぐに視線を外し、「あっ」「うっ」「あぐっ」「うぐぅ」と弱々しい声を上げる。


「陽姫ちゃん。確かに、てきじんって、「ん」がついたよね」


 じっと陽姫の目を見る。陽姫は分が悪くなると、目を潤々させていた。


「あうぅ~」


 そんな表情につい優はにやけてしまう。


 こんな表情をする陽姫はなんとも可愛いものだった。本当に妹みたいだ。


「はは。ごめんな。負けたくなかったもんな」


 そういって優は優しく頭を撫でて上げる。陽姫は力が抜けたようにふにゃっとなり、顔の筋肉全てが和らいでいた。


「ふにゃ~」


 ああ、もうこのまま陽姫の側近になってもいいな。


 そのとき戸が開き、外から音姫が入ってきた。音姫は二人の様子を見、今の状況を把握する。


陽姫のいつもお目にかかれないはしたなき顔。その要因は……優。


 すぐに激怒が漂い始めた。


「何をしておるのじゃ、……下僕」


「え? あ、いや……」


「わらわの妹君に何をしておるのじゃ、……下僕ごときが!」


「あ、ああぁぁ……」


 そのあと、優は城中の廊下を掃除させられ、翌日は筋肉痛で歩けなくなっていた。




 今日も優は陽姫の面倒を見ていた。


音姫や殿などのお偉いさんたちは会議中とのことだ。


幼い陽姫はまだ参加できないので、こうして優が側についている。


 今二人は手を繋ぎながらお城の周りを散歩していた。


「お兄ちゃん。わらわは何か遊びたいぞ。外でやる未来の遊びを教えてくれ」


「外でねぇ」


 幼い子は外で何をするのだろうか。しかも女の子。


男なら虫取りやおいかけっこ、スポーツなど活発的なことができるが、女の子だともっとゆったりとした感じの遊びがいいだろうか。


お人形遊びやママゴトなどがいいと思うが、この時代にそんなものの道具はないだろう。


ならばどうしようか。


「じゃあ、陽姫ちゃんは、いつも何をしてるの?」


「わらわか? わらわはいつも蹴鞠か勉強くらいしかせぬぞ。……姉上のような力はないからの」


 最後は少しぼそっと呟き、よくは聞き取れなかった。


「そうか。じゃあ、俺が勉強を教えようか?」


「おおっ! まことか? 是非頼むぞ!」


 そういうことで、二人は陽姫の部屋へと訪れた。


そういえば陽姫の部屋に来たのは初めてだった。


音姫の部屋からだいぶ離れ、ここも負けないくらい広いが、中は音姫と大して変わらない感じだった。


 陽姫は机と紙、筆、墨などを用意した。


習字などで使う道具が、ここでは普段の書きものになるのだ。


 陽姫は墨の準備を終えると、子筆を持って優を見る。


「さ、よいぞ。わらわに教えてくれ」


「じゃあ、国語は無理だから。算数を教えよう」


「算数とは何じゃ?」


「数のお勉強のことだよ。何かを数えたりするときに便利だよ」


「うむ。是非教えてくれ」


「よし」


 優は未来の数字の数え方を教える。


戦国時代では、ひ、ふ、み、などの数え方であり、今のように一、二、三、というわけではない。


そのあと簡単な足し算や引き算を教えた。


 少しして、陽姫が少し深刻そうに呟いた。


「のう、お兄ちゃん。お兄ちゃんは未来からきたのだな?」


「ああ、そうだよ」


 すると、陽姫はうつむき、子筆を置いた。


「どうしたの?」


「わ、わらわは信じるぞ。お兄ちゃんが未来から来たと。お兄ちゃんは、嘘など吐かないからな。でも、中には嘘だというものもいるのだ」


 優は陽姫の言葉に真剣に耳を傾ける。


「べ、別に疑っているわけじゃないのだ。ただ、……確信したいのだ。だから、この時代と未来の時代の違いを教えて欲しい」


 陽姫が真剣な目つきで懇願する。本当に信じようとし、疑いたくないのだろう。


優はすぐに優しく笑みを浮かべてうなずいた。


「わかった。じゃあ、俺の時代の話をしてやるよ」


「うむ」


 陽姫はうなずいて耳を傾ける。


「そうだな。俺の時代は、今よりずっと暮らしが楽だ。火だって簡単に着くし、熱いお湯もすぐに出る。ご飯もずっとおいしいし、たくさんのお菓子もある。未来は、本当に豊かな時代になった。なにより、……戦うことがない」


「戦がないのか?」


「そう。戦争は終わった。人間は戦うことは辞めた。でも、知らないところで戦争は続いているかもしれない。ただ、俺の住む国、この国は、二度と戦争を、戦うことをしないと誓った。俺は戦争を体験したことはない。でも、いろんな情報を取り入れ、戦争がどれだけ怖いか、どれだけ奪い取るか、どれだけ不幸にするか、よくわかったと思う」


「未来はすごいの。わらわも未来に行きたいぞ!」


「そうだね。行けたらいいね。ただ、陽姫ちゃんには、一つ約束して欲しいことがある」


「ん? 何じゃ?」


 優はそっと陽姫の手を取り、優しい眼差しで見つめた。


「戦を、いつか無くしてほしい」


「戦を、なくす?」


「そう。戦わないでほしい。誰も、もちろん、陽姫ちゃんも。そして音姫も。無駄な争いで、大切な命を無くさないでほしい」


「しかし、戦を無くすにはどうしたらいいのじゃ?」


 優はニコッと笑みを浮かべる。


「そのためにはたくさん勉強して、偉くならないとね」


「勉強すれば良いのじゃな。わらわは頑張るぞ!」


 優は陽姫の頭を優しく撫でる。


 いつか、そんな日が来ればいい。勉強だけでどうにかなる問題ではないが、いつか実現してほしい。陽姫には、今はこういうしかない。


 そのことを、音姫は廊下で静かに全てを聞いていた。

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