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四話 道具と子供

 下僕としての仕事が慣れだし、幾分余裕も出て来た。


 優は自分の時代の知恵や技術を取り入れ、この時代に貢献していく。


 そのおかげもあり、前まで蔑み、馬鹿にする者もいたが、今では逆に感心し、中には尊敬するものまで現れだした。


 音姫も様々なこの時代には無いものを目の当たりにして目を輝かせていた。


 優が持っていたのは、音姫に壊されたライターに、防水機能付携帯、アナログの腕時計に、シャーペンとメモ帳、風船ガム、竹刀の手入れで使っていたカッターである。意外にも制服のポケットにはいろいろ入っていた。


 それらを見て、音姫の興奮は収まらなかった。


「おい、下僕! これは何じゃ? このパカパカするものは」


「ああ。それは携帯電話だよ。これで離れていても話をすることができるんだ。他にも、ゲームや音楽を聴いたりもできる」


「なんと。こんなおもちゃみたいなもので話ができるとな。おもしろいな。よし! さっそく使ってみよう」


「それは無理だよ。使うにはもう一台必要だ。それに、この時代に電波はないし」


 やっぱり電池は余っていても圏外とでていた。


「使えないのか? ふん。役立たずじゃな。なら、この針らしきものが回っておるのは何じゃ?」


 音姫が次に持っていたのは腕時計だった。


「それは時計っていって、時間がわかるんだよ。ここでは刻のことだね」


「刻がわかるとな。しかし、そんなもの、太陽を見ればわかるじゃろ」


「でも、これを一目見ればすぐにわかるんだよ。それに、太陽がいつもより長かったり、夜がいつもより遅くなったりとかしない?」


「ああ、それはあるの。太陽が長いと暑かったり、夜が長いと寒かったりするの」


「それだと、今どのくらいの刻かわからなくなるだろ。これがあれば、太陽のあるなし関係なく分かるんだ」


「ふむ。しかし、別になくても不便はないがの」


「そ、そう……」


 さすがにこの時代に住んでいる以上、この環境に慣れているんだな。


「それより、この小さな板状のものは何じゃ? なんだか甘い匂いがするの」


「それはガムっていって、未来の食べ物だよ。でも、飲み込んじゃダメだよ。噛み続けて味わうものなんだ。食べてみる?」


「ほうほう。それは是非食べてみたいのう」


 音姫は一つを貰い口へと運ぶ。


「おうっ! 甘いの。でも砂糖というわけではない。これはおいしい。何なのじゃこれは!」


 たかがガムでこんなにも喜々している人を初めて見た。


「リンゴの味がするだろ。二十分くらいはその味が続くんだ」


「これはすごいの。わらわはこれが気に入ったぞ」


「あと、こんなこともできるんだよ」


 優はガムを一つ食べ、ある程度柔らかくすると、中に空気を入れ風船を作って見せた。


それを見て音姫の目が更に輝く。


「す、すごい! 下僕は天才か? こんなの見たこともないぞ!」


「コツを掴んだら誰でもできるよ。やってごらん。まずガムの中心に舌を入れて、その中に空気が入る穴を作る。唇に挟む感じにすると入りやすいんだ。あとはそっと息を吹けば膨らむはずだ」


「よし、わらわもやってみよう」


 音姫は気合いを入れてガム風船に試みる。


「…………」


 何とか膨らませようと頑張っているが、やはり最初は難しい。


一生懸命空気を入れようと唇を突き伸ばしてふ~ふ~しているが、一向に膨らむ気配はなかった。


音姫は「ん~」と踏ん張り、そんな姿が少し滑稽に思える。


「空気が入ってないよ。ほら、もう一度するよ」


 優は難なく風船を膨らませる。それを見て音姫は少し悔しく思い、より気合いを入れてやる。


 そして練習を初めて一時間近くかかったが、ようやく膨らみ始めた。


「お、できたぞ」


 音姫の口から風船が少しずつ膨らみ始める。


 音姫は「えっへん」と誇らしげな表情になってどんどん膨らませて行く。



「あ、あまり膨らませ過ぎない方が……」


 しかし、すでに遅かった。


 大きく膨らんだ風船は、空気に耐え切れず、パンッ小さな音を立てて破裂してしまった。


破けたガムはやはり音姫の口や鼻におもいっきり張り付いていた。


 音姫の目がだんだんと怒りで満たされていく。


優は何も言えず、へらへらと笑みを、いや苦笑いを浮かべていた。


「…………」


「…………」


「……………………」


「……………………」


「………………………………」


「………………………………」


「この無礼者が――――!」


 どうやら音姫にガムは不服のようだった……。




 二人は階段を登り上へと目指していた。音姫が珍しく、お礼といい、自分のお気に入りの場所を案内すると言いだしたのだ。


「ここじゃ。思う存分眺めるが良い、下僕」


 下僕は余計だが、優は音姫がいる場所へと近寄る。


「うおっ。すげぇな……」


「ふふ。ここはわらわが一番気に入っている場所でな。日に一回はここに来る」


 二人はお城の一番上、天守閣へと登っていたのだ。


そこから見える景色は、見渡す限り壮大な自然に囲まれている。自分の時代では、まずお目にかかれないだろう。


「へぇ~。けっこういい所だな」


 下を見ると城下に住んでいる人たちも見える。それに遠くの方も見えるので、戦の場合はここから陣形の確認や相手の動きも把握できるのだろう。


 優は城下町を見て、音姫に問いかけた。


「なぁ。ちょっと下に降りてみないか?」


「ん? 下とは城下のことか?」


「みんながどんな暮らしをしているのか気になるんだ」


「ふむ。まぁ良かろう。しかし、わらわは一国の姫。見つかったら簡単には抜け出せぬだろう。そっとじゃぞ」


 音姫が悪そうな笑みを浮かべる。優も同じように笑みを浮かべた。


「へへ。おう」




 二人はこっそりと抜け出し、そして城下へと降りた。


「へぇ、これが城下町ってやつか」


 城下町には庶民が商いをしており、活気に満ち、誰もが笑顔で過ごしていた。


買い物をする人や商売をしている人。走り回っている子供や素振りをしている武士など。


しかし、やはり戦をしている以上、そこまで良い環境とは言えず、お城と比べれば当たり前だが、あまり裕福とは程遠い感じはした。


 二人が歩いていると、皆音姫の存在に気づき、すぐに頭を下げる者、愉快そうに笑う者、手を振る子供などがいた。一方の優は制服なので怪訝な表情や、目を細める者など、興味深そうに見ていた。制服で髪型も違うから仕方ないが……。


「なんかいろんなものを売っているな。珍しいものばかりだぜ」


「そうか? それより、私はちと寄るところがある。下僕も来るか?」


「ん?」


 音姫と一緒にある場所へと来る。見渡せば何もなく、大きな広場があるだけだった。


しかし、そこには何人もの子供たちが遊んでいた。


「あ、姫様じゃ!」


「姫様!」


 皆音姫のもとへと集まる。音姫は笑みを浮かべながら全員の頭を撫でている。


「みんな元気じゃったか。楽しく遊んでおるか」


「うん!」


「ね、姫様。今日は何して遊ぶの?」


「早く遊ぼう!」


「待て待て、そう慌てるでない。今日はおもしろいものを持って来たぞ」


 そういって音姫は優の方を見る。


 俺はもの扱いか。


「ねぇ、姫様。あの人だれ?」


「へんなもの着てるよ」


「髪も変だよ」


 こっちから見ればお前らが変なんだけどな。


「ふふ。あやつはな、なんと未来から来たものじゃ」


「未来?」


「未来って?」


「ま、異国の国から来たものじゃ。今日はあやつがおもしろい遊びを教えてくれるだろう」


 音姫は俺を手招きしてこっちに来させる。優は少し戸惑ったが、皆の前に立った。


「お前誰?」


「姫様の何なの?」


「まさか、姫様の婚約者?」


「なんだと! 姫様と結ばれるのは僕だぞ!」


 口ぐちに勝手なことばかりいうガキだな。


 優は咳払いをして口を開いた。


「ええ~と、俺の名は優。この姫様の側近だ」


「嘘を吐くな。そなたはわらわの下僕だ」


 音姫が後ろからサラッとジト目で忠告する。


「なんだ、下僕か」


「それなら心配ないね」


「下僕じゃ結ばれないもんね」


「だいたい、こんなカッコ悪いやつと姫様が結ばれるわけないし」


 優は今にも怒りが爆発しそうだが、何とか堪える。


「さて、今日は俺がおもしろい遊びを教えようじゃないか」


「何するの?」


 優はニッと笑みを浮かべて発表する。


「剣道だ!」


「剣道?」


「ああ、剣術のことだ」


「剣術ならいいよ。俺等にはまだ早いし」


「父上に稽古してもらってるしな」


「まだ戦にも出ないし」


「他の事したい!」


 すぐに拒否られ、優は少しガッカリだった。


「そ、そっか。俺剣道しかできないしな。じゃあ、サッカーはどうだ?」


「サッカー? 何それ」


 やっぱりサッカーなんて知らないか。


俺はそこらへんにあったボールを掴む。どうやら蹴鞠のようだ。サッカーボールより固いし、少し小さいがいいだろ。


「いいか、サッカーってのはだな」


 優はサッカーのルールを簡単に説明する。子供たちは興味津津で聞き入っていた。


「へぇ、蹴鞠と対して変わんないけど、面白そうだね」


「やろうやろう!」


「よし、チームを作って始めるぞ!」


 優は捨ててあった漁業用の網を使ってゴールを作り、気の棒でコートの線を書くと準備を終えた。


「よし、始め!」


「いくぜ!」


 さすがにみんな蹴鞠をしているせいか、難なく足で蹴っていく。ドリブルはうまかった。


 男女関係なしにしているが、女子も男子に負けず頑張っており、なかなか白熱した試合が繰り広げられていた。


 少しして、審判をしていた優は疲れ、端で見ていた音姫の横に座った。


「サッカーとは不思議な遊びだな」


「まぁな。あれが俺等の時代の遊びだ」


「そうか。……礼を言うぞ」


「え?」


「あの子らの相手をしてくれたからな。わらわもそろそろ手持無沙汰で、次は何をするか思いつかなかったのじゃ」


「そうか。ま、まだまだいろんな遊びがあるから俺に任せろ」


「ふん。さすが下僕じゃ」


「下僕はないだろ。でも、何で一国の姫が、あんな子供と遊んでるんだよ」


 その質問に、音姫は少し寂しそうな視線を子供たちに送りながら話した。


「……あの子らはな、わらわの友の身内のものばかりじゃ」


「え?」


「あの子らは泣いておった。兄が死んだ。父が死んだ。いつまでも泣いて、困ったもんじゃった。だから、わらわが友の代わりに面倒を見ることにしたのじゃ。わらわのために命を張ってでもこの国を守った、あやつらのために」


 優は優しく笑みを浮かべた。


「そっか」


 音姫は滲み出た涙を手の甲で拭うとすっと立ち上がった。


「そろそろ帰るか。父上も心配するだろ」


「ああ」


「お前たち! わらわは帰るぞ!」


「またね、姫様!」


「下僕も次は一緒に遊ぼうぜ!」


「また来てね!」


 二人はみんなに手を振りながらお城へと帰って行った。

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