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三話 主と下僕

「……打ち首じゃ」


 音姫が堂々と宣言した。


その処分に皆が頷き賛同する。


優はほんとうに死ぬのかわからず、半信半疑だった。


 すると、音姫が口元を緩ませ言葉を続ける。


「を止めて、わらわの下僕となってもらう」


「え?」


 その意見にまた騒々しくなる。


「これにてこの件、落着とする」


 しかし、皆納得がいかないのか、なかなか立ち去ろうとしない。中には不服で文句をいう者も。


 音姫はそれらを無視し、着物を翻しながら優に近づき、そっと笑みを浮かべた。


優は戸惑いながら音姫を見る。


「さ、わらわの部屋に来い。……下僕」


 音姫は最後の「下僕」を強調しながら言い、さっさと去っていく。


優は今の状況が理解できず、首をかしげていた。




 呼ばれた部屋へと向かい、優は立ち止った。


「ここでいいんだよな。おい、いるか?」


「入れ」


 なんで命令形なんだよ。


 優は引き戸を開け中に足を踏み入れる。中には音姫しかいなかった。


「来たな。まあ、座れ。……下僕」


 下僕ってうるさいな。


 優は黙って目の前に座る。音姫はずっとにやつきながら優を見ていた。


「どうじゃ、自分の命が助かった気分は」


「ま、まぁ、まだうまく整理できないけど、礼は言っとくよ。ありがとう」


「ふふ。よいよい。これでそなたはわらわの下僕になったのだからな」


 音姫は機嫌よくさっきからクスクス笑っている。


「あ、あのさぁ。ちょっと聞いていい?」


「なんじゃ、下僕」


 ほんと下僕下僕うるさい人だな。


「俺、まだよく理解できないんだけど、これって何の撮影?」


 その質問に音姫はキョトンとなる。


「ん? 撮影とはなんじゃ?」


「だから、映画かドラマの撮影してんだろ? 俺部外者なのに、勝手に入っていいのか?」


「……下僕、さっきから何を言っているのだ?」


 素で音姫はとぼけているようだが、馬鹿にもしている。


優は努力して笑みを浮かべているが、内心怒りで満ちており額には怒りマークがいくつもついていた。


「……からかってるのか? 小娘」


 そこで音姫は小太刀を抜き優の顔に向ける。優は必死になりながら何度も謝る。


 自分は馬鹿にするくせに、逆に馬鹿にされると嫌みたいだな。


「じゃ、じゃあ、ここがどこか教えてくれよ」


「うむ。ここは日向というところで、南部にある小さな国だ。この城の名は楼閣城」


「へぇ~」


 そんなこと言われてもいまいち納得できないな。


「じゃあ、近くにコンビニとかない? なんか腹減ったんだよな」


「コンビニ? なんじゃそれは」


「え? コンビニ知らないの?」


「聞いたことも無いな」


「…………」


「…………」


 そこでお互い無言が続く。


冷や汗をかいていた優は部屋を飛び出すと、塀をよじ登り、目の前に広がる景色を眺めた。


「な、なんだよ、これ……」


 目の前には城下町、そして広大な草原や森があり、周りは山々に囲まれ、その先は何も見えない。コンビニも、ゲームセンターも、家も、学校も、ビルもない。


「まさか、俺、タイムスリップしたのか……」


 すると、後ろから音姫が近づいてきた。


「なにをしておるのじゃ、下僕。そんなところに立つな。さっさと降りろ。下僕のくせに、図々しいぞ」


 優は慌てた様子で塀を降りると音姫の肩を掴んだ。


「なぁ、ここってどんなところなんだ? 何でもいい。教えてくれ!」


 優の威勢に驚き、目を丸くしながら答える。


「どんなところって、そうじゃな、戦があるが、ないときは皆武芸に励んだり、楽しくやっておるぞ。市場も今は盛んで貧しくはないと思うが」


 戦がある……。こんなときに冗談をいうわけがない。ならば……。


 優はその場に頭を抱えて座りこんだ。


 俺、どうなるんだろ……。


「なんじゃ、こいつ?」


 音姫は首をかしげ、優を見ていた。




「未来から来た?」


 部屋に戻り、音姫が少し驚き、半分怪訝そうに問い返した。優は肩を落としながらうなずく。


「なるほどな。だから空から落ちてきたり、見慣れぬ姿もしておるし、言葉もどこかおかしいのだな」


 優は重いため息を吐く。


「ああ~、どうやったら帰れるんだ~」


「そんなの簡単じゃろ」


「え?」


「来たときの逆をすればよいのじゃ」


 少しでも期待した自分が馬鹿だった。


「じゃあ何か。俺が落ちて来たように、飛んでいけばいいと?」


「未来から来たのなら、それくらいできるじゃろ」


 優は大きくため息を吐いて頭を振る。


「無理だよ。いくら未来から来たって言っても、それはできない」


「ふ~ん。未来人も大したことないんじゃの」


「相変わらず口が悪い姫様だな」


「ま、帰れないなら、ここでどう過ごすかを考えねばな。住む場所くらい与えてやる。飯もくれてやるわ。良かったな、下僕」


「……あのさぁ、俺は下僕じゃなくて、優って名前があるんだけど」


「ふん。下僕は下僕じゃ」


 優は一つ重い息を吐いた。


「……なんだよ、友達じゃないのか」


「え?」


「俺は友達になってくれたから助けてくれたと思ったのに」


 そこで音姫の顔が少し朱を帯びていた。


「ふ、ふん。わらわと友達になりたかったら、もっと偉くなるのだな」


 そういって音姫は顔を背けていた。




 それから、優は音姫の下僕となり、正式に皆に報告された。


中には優を怪しみ、どこかの国のスパイだとか、変人だとか、下僕に反対する人もいたが、音姫が優に与える仕事を見て次第に文句は消えて行った。


 優の仕事は本当に下僕そのもので、主に雑用や荷物持ち、暇つぶしの道具など、手荒いものばかりだった。


 優は反抗するが、住まわせてもらい、飯まで与えられている身なので、最後は押し黙ってしまう。


 そんな優を見て、音姫は満足そうに笑みを浮かべていた。


「おい、下僕。わらわは腹が減った。何か甘いものをくれ」


 音姫が縁側で暇そうに座りながら命令する。


 お姫様ならそれらしい振る舞いしろよな。だらしねーな。


「腹が減ったなら他のやつに頼めよ」


「なんじゃ、未来から来たくせに料理もできぬのか。大したことないの」


 音姫は馬鹿にするように高笑いする。


優はぐっと拳を握って怒りを抑えた。


 このままでは未来を馬鹿にされる。未来人代表として、ここはあっと驚かせなければ。


「うし。じゃあ何か上手いものを作ってやる。おら、ちょっと付き合えよ」


「おっ。なんじゃ、未来の食べ物を作るのか。それは楽しみじゃ」


 二人は給仕室に来た。


そこで働く女たちは姫様を見てそそくさと頭を下げる。優にだけは頭を下げなかった。


「ちょっと調理器具を借りるぞ。この下僕が何か作るようなのでな」


 皆感心し、どんなものを作るのか興味あるのか覗いてくる。


 甘いものっていっても、あるのは砂糖と黄な粉と餡子。お菓子を作るにも、材料はそこまでないな。


「仕方ない。おはぎでも作るか」


 優は米を炊こうとする。


「あ、そうか。電気もガスもないのか。面倒だな~」


「ん? なんじゃ、下僕。その電気とガスとは」


「ああ。未来はな、大抵のものは電気とガスで料理ができるんだ。だから、いちいち火を焚くこともないんだ」


「電気とは、あの空でゴロゴロ鳴る雷のことか?」


「まぁ似たようなものだね。威力は全然違うけど。炊飯器があればな。ま、ないなら仕方ないな。火はライターでいいか」


 優は制服のポケットに入ってあったライターを取り出し紙に火をつける。そして窯の中に入れた。


「お、おい、下僕、なんじゃ、その小さなものは。ひ、火がついたぞ」


 音姫が目を光らせながら問いかけてくる。


「え? ああ、ライターはここにはないのか。中の油が静電気で火が点くんだ。簡単に火がだせるぞ」


「す、すごいな。未来はすごいな」


 音姫がライターを見上げながら子供のようにはしゃいでいた。その周りに給仕の女たちも集まっている。


 ここにとってはそんなに珍しいものなんだな。


 優はもち米をお団子にできるようにし、餡子と黄な粉で作っていく。ものの数十分で作り終えた。単にもち米に詰めたり着けたりしただけだから簡単である。


「なんじゃ、これならいつも食うとるやつと同じじゃな」


 音姫は黄な粉のおはぎを食べる。そこで音姫は「ん?」と疑問の顔になった。


「中に、……餡子が入っておるな」


「ああ、入れた方がおいしいからな」


「なるほど。未来はこんな風に食べるのか。うむ。なかなかおいしいの」


「これで満足か?」


「うむ。わらわは満足したぞ」


 音姫はおいしそうに、パクッと口に入れて行く。


「あ……」


「ん? なんじゃ?」


「ああ、いや……」


 優はおいしそうに食べる音姫を見て少しは満足した。


 あんな可愛い顔もするんだな……。




 飯の次は風呂焚きだ。ここでも火を使わなければならない。薪で火の調整をし、上の水をほどよく暖めて行く。


 音姫はこれも優にやらせた。ライターを使うところを見たいらしい。


優はお風呂の焚き方を教えてもらい、裏の薪入れにいる。


「そうか。簡単にはお湯が出ないんだな。こっちでは蛇口を捻るだけで簡単にお湯が出るのに」


「なんじゃ、そっちの世界は火を使わず熱い水が出るのか?」


「ああ、ここでガスを使うんだよ。ガスの熱で水を暖め、それを蛇口を通して出す。待つだけでお風呂なんて簡単に沸くさ」


「ほう。未来は便利なところじゃの。ならば、ここもそうできるようにしてくれ」


「それは無理だな……。道具も何もないし」


 優は持っていたライターを取りだした。横で音姫は目を輝かせながら見ていた。


「……なんなら、やってみるか?」


「お、い、いいのか?」


「別に、誰でもできるさ。ほら」


 優はライターを音姫に渡す。音姫は優がやったように親指を着火口に備えた。


「ほら、この紙に点けて」


「う、うむ……」


 音姫は少し緊張しているが、着火口を回し、火を点けようとする。


しかし、威力が弱いのか、少し回るくらいでなかなか着火しない。


音姫の苛立ちがだんだん募っていく。


「か、代わろうか……?」


「うるさい!」


 とうとう音姫のボルテージはだんだんと最高頂に達しようとしている。


しかし、それでもなかなか火は点かなかった。


「ああ! なんじゃこれは! この役立たずが!」


 音姫はおもいっきり地面に向かってライターを投げ捨てた。


その衝撃でライターは割れ、中の油が出てしまった。


「ああ! お、俺のライターが……」


「そんなもの、もういらん! さっさと沸かせ!」


 音姫はダンダン足を鳴らしながらその場から去っていた。


優は壊れたライターを手のひらに乗せ、泣きながら悔んでいた。


 俺のライター……。


 結局こっちのやり方でお風呂を沸かし、優も入り終え、あとは寝るだけとなった。


 優はどこか知らない和室を借り、そこで寝ていた。


音姫は自分の寝室で寝ており、もちろん別々だ。


 それにしても、何でタイムスリップなんかしたんだ? 確か、ここ日向って言ったな。てことは、県でいうと宮崎。俺の住んでいるところも宮崎だから、どこか知らないところに飛ばず、今住んでいる過去に飛んだんだな。


「これからどうしようかな……」


 それにしてもあの馬鹿姫のせいであちこち痛い。人使いの荒い人だぜ。あんなんじゃ、絶対モテないな。


「さっさと寝よ」


 そのころ、音姫は布団の中でクスクスと笑っていた。


「未来から来たとわな。なかなかおもしろい者が来たものじゃ。これから退屈せずにいられるかもな」

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