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二話 処分と姫

 音姫は木の後ろで着物に着替えていた。


額には怒りマークがいくつもついている。


優は泉に映る自分の顔を覗き込んでいた。


左頬には赤い手形がくっきりと残っていた。


「痛い……」


 それにしても、ここはどこだろうか。見慣れない場所だし、こんなところ初めて来たな。


 すると、そっと首筋に小太刀が伸びていた。


優は苦笑いを浮かべながらゆっくりと振り返った。


後ろには悪魔のような目で睨み、恐ろしい笑い声を上げている音姫がいた。


「フフフ、ちょっと一緒に来てもらおうか。……虫けら」


 虫けらってなんだよ……。




 優は大広間の真ん中で手を後ろに紐で頑丈に縛られながら座っていた。


横には物騒な輩が大勢おり、目の前には殿様と思われる人とその側近に、ここに連れて来させた姫とかいう女。


「打ち首じゃ!」


 横の一番前に座っていたちょび髭の生えた武士らしい男が声を上げた。


 いきなり大声を上げてうるさい人だな。


「姫様の素肌を見られ、この上ない恥をかかせた! 殺すしかあるまい!」


 俺はそんなことは聞かずに辺りをきょろきょろしていた。


 なんだこの撮影。カメラはどこだ? 何て言う映画? それともドラマ? けっこう本格的だな。っていうか俺こんなところで何してんだ?


「そこの小童! 名は何と申す!?」


 ちょび髭武士が大声で問いかける。


「え? あ、俺? 俺は如月優だけど」


「なんじゃ、そのふさけた名は! 拙者を愚弄する気か! 馬鹿な名を言わず、自分の真名くらい申せ!」


「なっ! 馬鹿な名ってなんだよ! いくら撮影邪魔したからって、それはないだろ! そっちこそ、変な格好して、全然かっこよくねーし!」


「な、なんだと!」


「……そこらへんでやめい」


 全員が上座へと目を向ける。


一番偉いであろう城の主、殿が優を見ながら口を開いた。


ちょび髭武士はおずおずと元いた場所に座りなおす。


 へっ、ざまぁみろ。二度と出てくな。


「そなた、名はなんと申す?」


 殿はちょび髭と違い、穏やかで優しい口調で問いかけて来た。


「だから、如月優だって」


「ではそうしよう。優。そなたの犯した罪は重いぞ。わかっておるのか?」


「ああ、まあ、裸を見たのは謝るよ。悪かった。でも、ここまでしなくていいだろ?」


「良いか、音姫はこの城の姫じゃぞ。そこらの平民や商人とは違い、身分が高いのじゃ。どんな理由があるにせよ、素肌を見た以上、ただでは済ません」


「……じゃあ、どうすればいいんだよ」


 つーか、いつまで撮影続ける気だ? 俺部外者だし。監督はどこだ? いつまでも付き合っていいのか?


 そこで殿は音姫を見る。音姫は未だにぶすっとした表情で固く口を閉じていた。


「この件、全て音姫に任せようと思う」


 そこで一斉にざわめきが起きる。それを殿が制した。


「音姫はもう10と7。すでに子供ではない。これくらい、できて当然」


 その言葉に誰も否定せず、納得の表情を浮かべる。


殿は皆の意を掴むと、音姫に向き直った。


「音姫、この一件、全てお前に任せる。煮るなり焼くなり好きにせぇ。しかし、自分がしたことに責任をもつのじゃぞ。よいな」


 音姫は閉じていた目を開け、そしてすっと立ち上がった。


怒っているようだが、けだるそうでもある表情をしている。


「良かろう。こやつの処分、私が下す」


 音姫は悪役のように、にやっと笑う。


「もちろん、打ち首ですな!」


 さっきのちょび髭が乗り出す。


 こいつ、マジうぜぇ。出て来んなっていったろ。


 他の武士たちも同意して騒がしくなる。


 音姫は軽く鼻で笑って口を開いた。


「まぁ待て。確かに打ち首にすれば、この一件すぐに収まる。しかし、これは全てわらわの判断で、ことによっては大きな責任を伴う。すぐに処分はできん」


「と、申しますと?」


 ちょび髭が問いかける。音姫は優に目を向けた。


「少々時間を頂こうか。処分は日が一つ昇るまで。刻は今じゃ。そのとき処分を下す。それまでこやつは牢にでも放り込んでおけ」


「はっ」


 側近の佐祐が声を上げる。


「よいな、父上」


 殿は満足にうなずく。


「良かろう」


 殿は立ち上がり、皆に申す。


「処分は明日のこの刻。以上じゃ!」


 その間、優はずっとカメラを探していた。


 見当たらないなぁ。




「うおっ!」


 優は佐祐に強引に連れて来られ、地下の牢の中に放り込まれた。


「罪人、そこでじっとしとれ。明日また来る」


「ちょ、待てよ! なんで俺がこんなところに入れられるんだよ。おーい!」


 しかし、優の言葉など届かず、佐祐は行ってしまった。


「くそ、なんだよ。撮影邪魔しただけで捕まるのかよ。日本の法律ってこんなに厳しかったっけ?」


 優は仕方なく座ってじっとすることにした。


「ぶへっくしゅ!」


 地下にくしゃみが木霊する。制服はまだ濡れており、このままでは風邪引きそうだった。


暖を取るにも牢の外にある木の棒に点けられた火だけ。


「くそっ! あの誰か知らねー女! ぜってーぶっ飛ばしてやる! 見た目は……まぁちょっと可愛かったけど、絶対腹黒いぜ」


 優はその場に横になると、いつのまにか眠っていた。




 夜が訪れた頃、優のいる牢の前に人影があった。こっそりと優を覗き見る。


「……おい。……おい。おい、そこの無礼者。さっさと起きぬか」


 しかし、優はぐっすり眠っており、なかなか起きようとはしない。


「ぐっ! わらわを無視しおって……。起きぬか! この虫けら!」


 牢の中に響く怒声で優は心臓を抑えながらガバッと起き上がった。


「え? え? な、なに?」


 牢の外に人がいるのはわかるが、暗くて良く見えない。


すると、突然火が付き、ようやく顔が見えた。


そこにいたのは音姫だった。


「あっ、てんめぇ、よくもこんなところに閉じ込めてくれたな! あとで痛い目にあわせてやる!」


「ふんっ。わらわがそなたごときにやられわせぬ。それより、ちょっと聞きたいことがあるのじゃ」


「な、なんだよ」


「そなた、なぜ空から落ちて来た?」


「はぁ? 知らねーよ。気づいたら落ちてたんだ」


 音姫は納得できないようだが「ふ~ん」と呟く。


「ほう。まぁ良かろう。それと、なぜそんななりをしておる?」


「なり? ああ、格好ね。これがわかんねーのか? 制服だよ」


「制服? そんなものがこの国にあるのか?」


「……あんた、ふざけてんの?」


 そこで音姫の頬が可愛らしくぷくっと膨れた。


「なんじゃその口答えは! わらわは姫だぞ! どこぞと知らない馬の骨ごときが無礼じゃ!」


「へん。知るかよ。姫だか何だか知らねーが、そうやって自分偉いですよっていばってると友達無くすぜ」


「なんじゃと! そなたこそ、そんな文句ばかりじゃと側に誰もおらんようになるぞ!」


「へん。生憎俺はクラスじゃ人気者でな。仲間ならたくさんいるぜ。お前はどうなんだ? 同い年の友達がいるのか?」


「それくらいおるわ! わらわには佐祐がおる!」


「佐祐ね。他には?」


「ほ、他?」


 そこで音姫の威勢が弱まりたじろぐ。


「ああ、佐祐っていう人以外にいないのか?」


「うっ……」


 音姫は分が悪そうに視線を下げキョロキョロしている。


優はチャンスだと思い、おもいっきりにやけながら攻撃をしかける。


「なんだ、いないのか? ほら、答えてみろよ。そんな偉そうにするから友達少ないんだな。へっへっへっ」


 そこで音姫はぐっと拳を握ってうつむいてしまう。


「ん? なんだ? もう言い返す言葉もないのか?」


 優は勝ったと思いにやにやと口元を緩める。


俺様を嘗めるな。


 すると、地面にぽたっと何かが落ちた。


「え?」


 優は音姫の顔を覗き込む。


音姫は唇を噛みながら涙を流していた。ポロポロと落ち、黒い点がいくつもできていく。


 さすがに優は焦り始めた。誰であろうと女の子を泣かしたのはまずい。


「あ、あの、その……。すまない。いや、そこまで責めてないぞ。気にすんなよ。友達なんてすぐにできるぜ」


「……死んだのじゃ」


「え?」


 音姫は涙を拭くと、ぼそっと呟いた。


「みんな……死んだのじゃ。わらわの友は、皆戦で死んだのじゃ。誰も死んでほしくない。無事に帰ってきてほしい。しかし、皆……大好きなわらわの友は、この国のため、この城のため、そして……わらわのために……死んだのじゃ」


 呆然と聞いていた優はごくっと唾を飲み込む。


「あ、その、……ごめん。俺、何も知らなくて……。本当に、ごめん」


 すると、音姫は牢を掴み、優を睨みつける。


「よいか! これ以上わらわの友を汚すな! わらわの友は最後まで立派だった。勇ましく戦った。そのものを愚弄するものは、例え誰であろうと許さん! そなたは打ち首じゃ!」


 そういって音姫は優に背を向け出て行こうとする。


優はすぐに呼びとめた。


「待ってくれ!」


 その声に音姫は立ち止る。


「なんじゃ?」


 優はもう一度丁寧に頭を下げた。


「ごめん! あと、今日のこともごめんな!」


 その言葉を聞き、音姫は出て行った。




 そして朝日が昇り、優は佐祐に捕まり大広間に連れて来られる。


目の前には前回同様、殿と側近の佐祐、そして音姫がいた。二人はじっと見つめ合う。


 皆が揃うと、殿は扇子をしまい、口を開いた。


「それでは、優と申すものの、処分を下す。優殿」


「……はい」


「何か、言いたいことはあるかな」


 優はチラッと音姫を見て、そっと答えた。


「まずは、そこの姫様にちゃんと謝らせてください」


「それは、自分の罪を認めるということか?」


「それもあります。ただ、それだけでなく、彼女の……友達に」


 その言葉に音姫は優を見る。優は頭を下げた。


「どんな理由であろうと、馬鹿にしたことを謝る。……すまなかった」


「それだけか?」


「あと……」


 優は顔を上げると音姫を見つめる。そしてニカッと笑った。


「友達がいないなら、俺がなってやってもいいぜ」


「なっ」


 音姫の頬が少し赤くなった。


その言葉に周りの者が口々に言葉をつぶやき騒がしくなる。


それを殿が制した。


「うむ。そろそろ良かろう。音姫」


 音姫ははっと我に返ると、立ち上がり、じっと優を見つめる。優はずっと笑っていた。


 音姫は小さくクスッと笑った。


「これより処分を下す」


 その言葉に全員が注目する。誰もが答えを待ち、耳を傾ける。


優は未だに笑みを浮かべながら目を閉じた。


 音姫はそっと口を開く。


「……打ち首じゃ」

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