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十九話 準備と開戦

 優と紬を始め、多くのお偉い方が大広間に集まっていた。


 皆難しい顔をしている。険しい顔をし、静寂が包んでいた。


 先ほど、紬が皆に告げた。


 わらわは島津家の下に嫁ぎたくない。勝手なことはわかっているが、これは自分の意を込め、そして責任を感じながら告げている。もしかしたら戦になるかもしれないが、どうか同意してほしい。


 この言葉を聞き、それから無言が続く。


 すると、すっと霙が前に出た。


「お言葉ですが、姫様の先ほどの言葉はわがまま極まりませぬ。どう考えても、姫のあるまじき言動、行動とは思えませぬ」


 それを聞き、殿や上級武士は納得するようにうなずく。


 紬は唇を噛み締め、ぎゅっと着物を掴む。


「ですが」


 霙が続ける。


「今回の申し立てなのですが、情報によればこちらの利益はなく、この地を奪われ、損害しか残らない可能性があります。姫様もすでに10と7ですが、まだ急ぐこともないと考えられます」


 霙の言葉に紬はパッと笑顔を見せる。霙は紬にウインクして続ける。


「島津家の勢力は正直、我が国よりもおありでしょう。しかし、彼らは姫様の力に恐れがあります。故に、勝気が皆無というわけではありませぬ。そして武士たちの力も衰えていはおりませぬ。それに……勝てばわれらの名も上がり、もっとよりよい申し立てもあるでしょう」


 霙はふと笑みを浮かべる。


「いかかですか、殿」


 殿は扇子をしまう。


「うむ。そなたの言い分、しかとわかった」


 殿は紬に向き直る。


「音姫。そなたはまだ嫁ぎたくないのだな」


 紬は申し訳なさそうにうなずく。


「……はい」


 殿はうなずく。


「ならば、良かろう」


「え?」


 殿は立ちあがり、皆に伝える。


「我が娘のわがままに付き合ってもらいすまないが……。音姫はこの地のために何度も犠牲を払いながら不知火、鏡花水月を使い守り通した。武士は借りた借りは返せねばな」


 皆笑みを浮かべ、立ちあがる。


「出陣じゃ!」


「おおおおおぅぅぅぅぅ―――――!」


 全員が雄たけびを上げる。


 皆の声を聞き、紬は口に手を当て、嗚咽を漏らした。


 優はそっと目を閉じ、心から感謝した。



 会合が終わったあと、優は霙に呼ばれた。


「優様、少しよろしいでしょうか?」


 霙が深刻そうに問いかけて来る。優はコクッとうなずいた。


 二人は霙の部屋に来た。向かい合って座り、お互い知対峙する。


「話とは、今後起こるだろうとする戦のことです」


「……うん」


「先ほどは勝てるようなことを申しましたが、その可能性はあまりにも低いでしょう」


「……え?」


「もしかしたら、この国は……滅びることも」


「そんな……」


 優は愕然とする。


「相手は南国では有名な戦国大名。富も力もこちらよりも格段に上。まともにやり合えば、いとも簡単に破れるでしょう」


 優は顔に手を当てる。


 この国が負ければ、全て滅びる。


 国も……。


 城も……。


 城下も……。


 商人や農民、武士たちはもちろん、一緒に遊んだ子供たちまで……。


 そして、紬と出会ったあの場所……。


 優はぐっと拳を握って畳に叩きつけた。


 どうしたらいいんだ……。


 どうすれば解決するんだ……。


 優の拳が震える。


 すると、そっと霙が抱きついてきた。


「え?……霙さん」


「……優様、どうか落ち着いてください。どうか……ここから逃げてください」


「え?」


「他の国に逃げれば、被害が及ぶことはありません。どうか、優様だけでも……」


 優はふっと笑う。そして霙を離した。


「優様?」


「……霙さん。俺は逃げないよ」


「え?」


「俺は逃げるために紬に協力したんじゃないんだ。……守るためにいるんだ」


「優様……」


「俺がこの時代に来たのは、そのためなんだよ。……きっと」


 優は立ち上がる。


「霙さん。悪いけど、君のお父さんに伝えてよ。……良い戦力が手に入りましたよって」


 優はそっと戸を開け、部屋を後にした。


 優は制服のポケットに手を突っ込んで佐祐の下に向かう。


 戦に出る準備をするために……。




 優は佐祐の下に行く。そして自分の決意、紬の想いを全て伝えた。


 佐祐は腕を組んでうなずく。


「そうだったのか……。姫様も成長したものだ」


「佐祐さん。お願いです。俺に、力を貸してください!」


 優は手を着いて頭を下げる。佐祐はふと笑みを浮かべてうなずいた。


「ああ。良いだろう。力を貸そう」


 佐祐は立ち上がるとある者を持って再び座った。手には刀と酒があった。


「これは……」


「今から杯を交わそう」


「え?」


「仲間の証だ。裏切らないという強い意味を持っている」


 佐祐さんはお猪口に酒をつぎ、二人は手に持つ。


 そのときだ。


「おっ、やっぱり酒があった」


 いきなり入ってきたのは狼牙だった。相変わらずふらふらしている。


「わしに飲ませろよ」


 すると、優は狼牙に向き直って頭を下げた。


「お願いです。俺に力を貸してください!」


「ああ、いいぜ」


「……え?」


 優はぽかんとする。


「わしは強いやつと戦えれば良い。お主の側にいれば、もっと強いやつとやれそうだからな」


「ありがとうございます」


「ふん。さ、酒を飲もうや」


 三人はお酒を呷り、杯を交わした……。




「おい、来たぞ!」


 一人の武士が声を上げて全員に伝える。


 あれから一週間は経ったが、その内に敵軍勢は姿を現した。


 何百という壮大な人数を添え、島津はこの地を狙いやってきた。


 優は天守閣でその様子を紬と見ていた。


「来たな……」


 紬がぽつりと呟く。


「ああ。……震えてる?」


 紬は首を振る。


「優はどうじゃ?」


 優は堪えるように手に持っている佐祐さんから貰った刀を握り締める。


「正直言えば怖いさ。でも、……男には、戦わなければならない時があるっていうしね」


「それが、今か?」


 優はうなずく。


「うん。……紬、俺が守ってやるよ」


 優は支度を始めるために、その場を後にした。




 皆戦の準備を始め、それぞれ配置に着く。


 優と佐祐、狼牙の三人は後ろにいた。


「良いか、作戦は覚えておるな」


「はい」


「あれは作戦っていえるのか?」


「島津家に勝つにはわれらしかおらぬ。姫様の為に、死んでもかつのだ」


「はい!」


 優は込み上げて来る震えを抑える。


 これから自分は嫌っていた戦に挑むことになる。戦争に参戦するのだ。


 それがどういう意味を表すか……。


 遊びでもない、ゲームでもない。現実に起きている殺し合い。


 少しの油断、一瞬の隙、刹那の緩みが死に直列する。


 死ねば、全て終わりだ……。


 優はその死に恐怖する。まだ十七歳だ。まだまだやりたいことも、成し遂げたいこともある。


 当たり前の考えだ。


 でも、その甘えが命取りになる。


 優は一つだけの野望だけを抱いた。


 それは……、紬を守ること……。


 そのときだ。


「優……」


 優はハッとして後ろを振り向く。


 そこには紬がいた。


「紬、どしてここに……。天守閣にいたんじゃ」


 すると、紬は優の手を掴んだ。


「頼む! 必ず、死なずに戻ってきてくれ!」


 紬はきつく抱きついてくる。


「嫌なら出るな! 怖いなら戦わなくていい! 優にそんな必要はないのじゃ! わらわが守ってやるから……どうか、……死なないでくれ……」


 紬が泣きながら訴える。溢れる涙を流し、頬を伝わせる。


 優は笑みを浮かべてそっと紬を抱き返した。


「ありがと、紬。でも、俺は逃げるわけにはいかないんだ。今回は、俺が紬を守る番だ」


「優……」


「きっと帰ってくるよ。そのあと、話したいことがあるんだ」


「わらわにか?」


「ああ。だから、紬は待っててくれ」


 優は紬を離し見つめる。


「うむ。待っておるぞ。わらわも、不知火で応戦するからの」


 紬は最後に笑顔を見せ、走って元の位置に戻って行った。


「優殿、そろそろじゃぞ」


「はい」


 優は甲冑を気、準備を終える。


 すでに体の震えは消えていた……。




 お互いの陣が静かに対峙し、時が来るのを待つ。


 異様な緊張感が漂い、皆勝つことだけを考えている。


 優は兜をかぶり、そして腰に備えてある刀に触れる。


 自分に、人を切る勇気は……。


 そのとき、開戦の狼煙が上がった。


「いくぞ!」


 お互いの陣が一斉に動き始めた。


 前にいた武士たちが走りだし、立ち止まることなく敵陣めがけ槍を向ける。


 そしてお互いの陣が混じった瞬間……殺し合いが始まった。


 切る、切られるの連続。


 休む暇もなく、相手の大将の首を獲るために前に進む。


 早く終わるには、早く助かるには、早く勝つには、大将を倒すほかない。


 お互いの武士たちが戦っている中、この三人は後ろで状況を見ていた。


「さて、そろそろ行くか」


 佐祐が槍を持って馬に跨る。


「へへ。震えが止まらぬな」


 狼牙は余裕の表情で武者震いしていた。


 優は馬に跨りながら、天守閣を見上げる。


 紬は大丈夫だろうか……。


「優殿」


 佐祐が呼び、優は振り返る。


「この戦は勝つ為でも、倒す戦いでもない。……守る戦いだ」


「……はい」


「優殿の守りたいものは何じゃ」


「……紬、音姫です」


 佐祐はうなずく。


「ならば、そのために戦え。それができるのは、優殿だけじゃ」


「はい!」


 優は活気のある声を出す。


 佐祐は口元を緩ませた。


「いくぞ!」


 三頭の馬は走り出した。


 この三人が、この戦の勝敗を握ることになる……。

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