十八話 巻物と真実
優はふらふらと城から抜け出し、そして一人城下町を歩いていた。
活気づいている商いとは違い、優は深く考え込んでいた。
あの時の夜、紬に告白……想いを告げられ、そしてそのまま抱きつくように倒れたが、それから踏み止まり、ただ二人は一緒に寝るだけで朝まで過ごした。
正直、あのようなことは初めての経験であり、今考えても顔が火照り、恥ずかしさを抑えることはできない。
紬の気持ちは十分にわかった。
でも、自分自信はどうなのだろうか。
この時代にタイムスリップし、紬と出逢い、側近となり、これまで共に過ごしてきた。
そして紬に対する感情の答えは……。
優は制服のズボンのポケットに手を突っ込みながら、ふと小さく口元を緩ませる。
そんなこと、決まっている……。
「あれ?」
いつのまにか、優は紬のお気に入りの場所でもあり、二人が出逢った場所でもある、泉へと来ていた。
優は改めてこの大自然に囲まれた場所を眺める。
この場所のおかげで、二人は出逢うことができ、そして恋愛感情が芽生えた。
この場所は、どうかこれからずっと無くならず残っていて欲しいものだ。
優はふと小さく息を吐く。
すると、草陰にあるものを見つけた。
「あっ」
それはあの巻物だった。
優の家の倉庫で見つけ、この時代に導いたあの古びた巻物。
気づかなかったが、あれも一緒にこの時代に落ちていたのだ。
「これがあれば、元の時代に帰られるかもな」
優は巻物を手に取り、そっと破けないように中を広げる。
その中にはやはり紬の不知火のことが書かれてあった。そして治癒力である鏡花水月のことも。
となると、これを書かれたのはこの時代となる。それかそれ以降の時代。
紬について書かれてあるのはそれくらいだった。
そしてあるものに気がついた。
「え? これは……」
優が見つけたのは家系図だ。
一番下の名前は優の祖父の名前。まだ新しいものだ。
「へぇ、家系図なんてあったんだ。なら、俺の先祖が分かるな」
優はどんどん広げて行き、自分の祖先を上へと辿っていく。
知らない人が、自分と血の繋がりがあると思うと、名前しかわからないが、少なからず親近感が湧いてしまう。
それだけでも十分に面白いものだった。
平成から昭和、大正、明治、江戸とどんどん遡っていく。
けっこう受け継がれており、なかなか長かった。
そしてとうとう戦国時代まで来た。
だんだんと緊張が走るのがわかる。
そして……。
「……え?」
優はある名前を見て呆然と黙視する。
そこに記された名前。それは思いがけない名前だった。
優は丁寧に巻物を丸め、そしてそっとポケットにしまう。
そこに書かれていた名前、それは……紬と佐祐だった――。
城に戻ってきた優。
とぼとぼと重い足取りを引きずり、自分の部屋へと向かう。
部屋の前に着いたとき、紬とばったり会った。
「あ、す、優」
紬は少し頬を染めながら呼びかける。
「紬……」
優は精気の無い目を向ける。
「す、すまないが、今いいか? 久しぶりに、未来の話をしてほしいのじゃが」
「……悪いけど、今は一人にしてくれ」
「え? あ、そうか。どこか気分でも優れないのか?」
「いや、大丈夫だから……」
そういって部屋に入る。
紬は心配した表情をしながら、その場に突っ立っていた。
そのとき、後ろから声がかかった。
「姫様」
紬は振り返る。そこには霙が立っていた。
「姫様、少々よろしいでしょうか」
霙がいつになく真剣な面持ちで訪ねて来る。
紬は優のことが気になったが、霙にコクッとうなずいた。
優は一人部屋の中で座り込み、俯きながら考え込む。
あの巻物に書かれてあった家系図が頭から離れない。
あの事実は、本当なのだろうか……。
そのとき、佐祐さんが部屋に入ってきた。
「優殿、少し良いか?」
「佐祐さん……」
「ん? どうした。気分が優れないようだが」
「いえ……」
そこで優は顔を上げると、佐祐に問いかけた。
「あ、あの、佐祐さん。その……、佐祐さんの性を聞いてなかったのですが……なんていうんですか?」
「ん? 私の性か。そういえば、まだ名乗っていなかったな。私は如月という。如月の佐祐だ。珍しいだろ?」
その答えを聞いて、優は再び俯いてしまう。
やはり、あの巻物に書かれていたことは揺るぎない事実だった。
どうか間違いだと信じ、足掻いてみたが、やはりそれは叶うはずなかった。
優は認め、受け止めることができず、固く目を瞑る。
「そうだ。優殿に言付けがあったのだ。優殿、少し酷な話だが、よいか?」
「はい……?
「実はな……姫様に、求婚の申し立てが上がったのだ」
「え?」
その頃、同じ報告を、紬は霙から聞かされていた。
「そ、それは誠か……」
紬が目を見開いて聞き返す。
「はい。確かな情報です。……どうかしましたか?」
「ああ、いや、急なことだったから、少し取り乱してしまった……」
「それならけっこう。相手は隣国の大名の子、名は島津義明。力もあり、南国から勢力を拡大しつつあります。天下を獲る候補の一人ともいえるでしょう」
「そ、そうか……」
霙は記録書から目を外し、チラッと紬に目を向ける。
そしてポンっと、横に放り投げた。
「? 説明は終わりか?」
「聞かなければならない方が、まったく聞く耳持たないようなので」
「うっ……。すまない……」
「……前に言ったわよね。自分の立ち位置を見失うなって」
「……う、うむ……」
「でも、それよりも、優様のことしか頭にないと?」
「そ、それは……」
紬は顔を赤くしながら俯く。そんな紬を見て、霙は嘆息する。
「まったく、あんたはほんと自分勝手ね」
「むっ……。そ、そんなこと……」
霙はじと目で見る。
「ま、昔からそうだしね。正直いうとね、私も、今回のこの件については、あまりお勧めしたくないの」
「え?」
「確かに、相手は力も名もある戦国大名。だけど、それだけなの」
「……どういうことじゃ?」
「情報によれば、相手はそこまで評判は良くない。つまり金と権力に任せて、自分は何もしないの。だらしないし、頭も良くないし、おまけに女癖が悪いらしい。ほんと、男として最低よ」
「そ、そうなのか……」
「そんなやつに嫁ぎに行くのは嫌でしょ?」
「う、うむ。しかし、なぜわらわのところに?」
「おそらく、あんたのその力でしょうね。ここは小さな国だけど、あんたの力があるからこそ守られてるの。この地を手に入れるには、そうそう容易なことじゃない。ならば、繋がりを持てばいいと思ったのでしょうね。関係があれば、自分のものになったようなものだし。これで一石二鳥ってところね」
「そうか……。ま、たいていそんな目的だからな」
「そうね」
「でも、優はそんなこと思わない……」
霙は腕を組みながら紬を見る。
「優は、真にわらわを愛してくれる。力や金、権力に溺れず、わらわだけを考え、そして守ってくれる。そんな優が、わらわは好きなのじゃ」
霙はふと笑みを浮かべた。
「なら、今の気持ちを殿にも言いなさい」
「え?」
「殿だって、悪い人じゃないわ。きっとわかってくれるわ」
「そ、そうだな」
「でも、あなたわかってる?」
「え?」
「この件を断れば、……最悪、戦になるかもしれないのよ」
「うっ」
戦と聞き、紬の動きが止まる。
しかし。
「それでも……」
「え?」
紬は決意の篭った声で答える。
「それでも、わらわは可能性があるなら諦めたくない」
紬は立ちあがると、急いで殿の下へとかけて行く。
その姿を見届けて、霙は重いため息を吐いた。
「まったく、これがどういうことになるのか、わかってないのかしら」
霙は記録書を手に取り、ふと口元を緩めて立ちあがる。
「忙しくわるわね……」
優は部屋から出て、紬のお気に入りの場所である天守閣に登っていた。
そこから眺めることができる景色は、いつもなら絶景に見えるのだが、今ではそんな気にもならない。
すると、後ろから声をかけられた。
「優……」
声だけですぐにわかる。
優はゆっくりと振り返った。
「紬……」
紬は優の隣に並ぶと、同じように景色を眺める。柔らかな風が吹き、髪をなびかせて、紬の長い髪は揺れていた。
「こういうとき、教えたあの髪形をしてほしいな」
「そうじゃな。ちょっとしてみるかの」
紬はリボンを優に渡し結んでもらう。優は紬の後ろに回ると、以前したポニーテールにした。
「うむ。これだと風が吹いても髪が乱れないな」
「役に立って良かったよ」
そして無言が続く。最初に口を開いたのは紬からだ。
「優は聞いたのか? ……わらわの求婚の申し立てのこと……」
優は小さくうなずく。
「佐祐さんから聞いたよ。……結婚、するんだね……」
紬は視線を下げる。
「優……、まだ、聞いてなかったな……」
「え?」
優は紬に顔を向ける。紬はすでに顔を上げ、真剣な表情で優を見つめていた。
「優。わらわは、お主のことが好きじゃ」
堂々という紬に迷いはなく、顔が赤くなるが、慌てたりはしなかった。
「優はどうじゃ? お主は、わらわのことが好きか?」
紬の眼差しから問いかけられる優の気持ち。
まだ明かしていない優の紬に対する感情は……。
優は胸に手を当て、目を閉じて考え込む。
「優……」
紬はか細い声で呟く。
優は正直な気持ちを探し始めた。
国のこと……。
姫様という地位のこと……。
佐祐さんのこと……。
巻物のこと……。
そして、紬のこと……。
全てを払いのけ、紬のことだけを考え、優は答えを導き出した。
優は目を開け、紬を見つめる。
そして……。
「え?」
気づいた時、紬は優に抱きつかれていた。
ぎゅっと包むように、そして締め付けるように優の腕に囲まれる。
「優……?」
「紬……、俺、お前のこと……好きだ」
そのとき、優の目から一滴の涙が流れた……。
「優?」
紬が顔を上げて覗きこむ。優は涙を拭いて見つめる。
「紬……。俺、お前にいってほしくない……。もっと、これからも俺のそばにいてほしい……」
そのときだ。
「うっ……ふっ……」
突然紬は泣きだした。そして目にいっぱい浮かべた涙が頬を伝って流れて行く。
「……わらわも、優の下から離れたくない……。他のものに嫁ぐなんて嫌じゃ! わらわは、優がいいのじゃ……」
紬は顔を上げて優を見つめる。
「優! わらわは行きたくない! まだ嫁ぎたくない! お主のそばにいさせてくれ!」
紬の心からの訴えに真剣に聞き入る。
一国の姫が言ってはいけない言葉、それをわかっていて言っている。
優はぎゅっと抱きしめた。
「ああ……」