表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

十七話 恋と始まり

 紬は最近の自分の変化に気付き始めた。


 最近、ふと優を目で追うようになり、優が側にいなければ落ち着かなくなった。


 優がいるから毎日が退屈せず楽しく過ごせ、そして有意義に日々を送ることができる。


 紬は天守閣の上で外の景色を眺めながらふと息を吐いた。


「わらわは、もしかして……」


 紬は気づいてはいけないことに気づいてしまった。


それは、一国の姫が抱いてはいけない感情……。


 紬は、優に恋していた……。




「あ、おはよう、紬」


 優が廊下で出会った紬に爽やかに笑顔で挨拶する。


「う、うむ……」


 紬は顔を合わせないように下を向き、小さくうなずく。


 そしてそのまま通り過ぎてしまった。


「ん? なんだ?」


 優は紬の異変に気付いたが、首をかしげるだけにした。


 紬は優が行ってしまうのを確認すると、廊下の端で胸を抑えていた。


 今まではこんなことなかったが、いざ自分の気持ちに気づくと、こんなにもドキドキするとは……。


 意識しすぎて、逆に変な感じだった。それにまともに優の顔さえ見れなかった。


「わらわらしくないな……」


 そのときだ。


「どうしたのだ、姉上」


「え? うわっ」


 いつのまにか目の前には衣がいた。不思議そうな顔して覗きこんでくる。


「いや、なんでもない……」


 紬はそのまま歩きだした。


 食事の時間になり、優、紬、衣、霙と四人で食べていた。


 さっきから紬はチラチラと優を見ては、頬を赤くしてうつむいていた。


 その光景を霙はじとーっと見ていた。


 衣はポロポロご飯をこぼしてしまい、優はやれやれといった感じに世話をしていた。


 紬は端でつまんでいる煮物を見る。


 これを落とせば、優も衣のように世話を焼いてくれるだろうか……。


 しかし、紬は軽く首を振って止めた。


 そのときだ。


「あっ」


 ポロっと端から煮物を落としてしまった。


「おい、紬、落としたぞ、珍しいな」


 優はクスクスと笑う。そして落ちた煮物を拾おうとした。


 その顔と行動を見て紬は頬を赤くしながらキッと睨みつける。


「う、うるさい! 子供扱いするな!」


「えっ? あ、その、ごめん……」


 優は申し訳なさそうにうつむく。


 紬はふんとそっぽを向いてしまった。そして小さく嘆息する。


 本当はそんなことをしてほしかったのに、逆に怒ってしまった。


 紬はまた一つため息を吐いた。


 霙は何か察したような表情になった。




 食事が終わり、紬は部屋で一人重いため息を吐く。


 そのとき、霙が部屋に入ってきた。


「入ります、姫様」


 紬は無言で了承する。霙は向かい側に座った。


「二人っきりだし、昔のままでいいわね」


「……ああ」


 霙はふっと笑みを浮かべる。


「あんた、優様に恋わずらいね」


「なっ」


 紬の顔が一瞬で真っ赤になる。


「な、なぜそんなことがわかる……」


「今日のあんたの行動を思い返せばすぐにわかるわよ。気づかないほうが無理だわ」


 紬は小さく舌打ちをした。


 一番気づかれたくないやつに知られてしまった……。


「それで、何が望みじゃ」


 紬は睨みつけ、低い声で問いかける。


「ふふ。別に何もいらないわ」


「嘘つけ」


 紬が冷たく言い放つ。


「ほんとよ。ただ協力しようと思ったのよ」


「なぜお主がそんなことをする。お主も優に恋わずらいじゃろ。協力したところで、何も利益はないぞ」


「ま、そうなのですが。そうですわね、一国の姫の秘密を握られると思えば、それはそれで趣があると思いませんか」


「相変わらず嫌味なやつじゃ」


「ですが、一つだけ言わせていただくわ」


「なんじゃ」


「あなた、自分の立ち位置を把握してるの?」


 その言葉がずっしりと重く圧し掛かってきた。


 そう……。本来はそれは許されないことだ。


一国の姫は国の存続や繁栄のために嫁ぐことが習わし。


しかし、それを紬は破って一人の男に好意を持とうとしている。


 それは、国の裏切りに近いほどの罪深き行為。


 紬はうつむきながら小さくうなずく。


「……わかっておる」


「そう。なら、責めたりはしないわ。でも、選択を間違えないで。一つ間違えれば、あなたたちは国を追われる身になるのよ。一国の姫のせいで、罪もない男が……殺されるかもしれないことを」


 紬は霙の言葉に耳を背けた。


 そんなことは最初から知っている。言われなくても、十分承知している。


 でも、だからといって、この気持ちを消したくはない。


 初めての、恋なのだから……。




 紬は優の部屋へと歩いて行く。


さっきから心臓がドキドキして落ち着かないが、動かなければ何も始まらない。


 紬は部屋まで来ると、その場に立ち止まり、深く深呼吸する。


「よし」


 紬は戸を開ける。


「優。いるか?」


 優は中で竹刀の手入れをしていた。


「おう。どうした?」


 紬は焦る気持ちを抑えながら前に座った。


「あ、その……、優、ちょっと聞きたいことがあるのじゃが……」


「ん? なに?」


 優は手入れをしながら容易に耳を傾ける。紬は頬を少し赤くしながら問いかける。


「あのな……、その……、優の時代では、どのように人は恋をするのじゃ……」


「………………はい?」


「だから、恋じゃ、恋! 人を好きになったら、どうするのじゃ?」


「どうするって……」


 優は頬を書きながら考え込む。


「そりゃ、その気持ちを相手に伝えるんだろうな」


「伝える? それからどうするのじゃ?」


「それから? ええと……、付き合うんじゃない」


「付き合う? それはどういうことじゃ?」


「え、えと、それは……」


「なんじゃ! はっきりせんの!」


「そんなこといっても、俺だってわかんねーよ。今までそんなことなかったんだし」


「ま、要は気持ちを伝えればいいのじゃな」


「あ、ああ。そうだな……」


「それで、身分の高いものと、低いものはどうするのじゃ?」


「身分? ああ、俺の時代に身分とか、そんなものは関係ないよ」


「ん? 身分がないのか?」


「まあ、身分というか、偉い人とかそんなのはいるけど、恋愛にそんなものは関係ない。好きなら、それでいいのさ」


 すると、紬はすっと立ち上がった。


「わかった……」


 そしてそのまま部屋から出て行った。


「どうしたんだ、いきなり……」




 紬は自分の部屋に戻ると、意を決す。


「よし、今夜決行じゃ」




 夜になると、優は紬の部屋に呼ばれた。


「何の用だ? 入るぞ」


 優はそっと中に入る。


中はロウソクの火が灯っており、一枚の布団が敷かれている。紬の姿は見えなかった。


「あれ? 紬はいないのか。仕方ない。待ってるか」


 優は布団のとなりに腰かけ、ロウソクの火を見つめながらぼーっと待っている。


 すると、すっと戸が開いた。


「優……」


 優は振り返る。


そこには白い着物を纏い、ロウソクの光に照らされ、そして頬を赤く染めた紬が立っていた。


 いつものような紬には見えず、どこか大人びて見え、はっきりとわかる紬の緊張が優にも移った。


「ど、どうしたんだ、紬……」


「……優……」


 紬は優の前に座りこむと、綺麗な眼差しで優を見つめた。


「優……。わらわと、これから夜伽に付き合ってくれ」


「え? 夜伽?」


 紬はコクッとうなずく。


「ほ、本来は逆なのじゃが、その……、身分的には、わらわの方が上だし……」


「え、えと、あの……、その……、よ、夜伽って……なに?」


 そこで紬の顔が真っ赤になる。


「そ、その、よ、夜伽とはな……い、一緒に寝ることじゃ……」


「…………え?」


 そこで優の頬が赤く染まる。


「え、えと、な、なんで、俺……?」


 紬はごくっと唾を飲み込む。そしてぎゅっと心臓を抑えた。


 言わなければ……。気持ちを伝えなければ、何も始まらない……。


 そのために、決意したのだ……。


 紬は優の制服を掴む。そしてじっと見つめた。


「優……、わらわは……、お主が好きじゃっ」


「え……?」


 そして紬は優に唇を合わせて来た。


そのまま紬は優を押し倒し、布団の上に倒れた……。




 その頃、霙は自分の父親と向かい合っていた。


「……この情報は本当か?」


「……はい」


「霙の情報に間違いはこれまでになかった。今回も間違いはないと思う。じゃが、これは……」


「そうですわね。一刻も早く報告せねば……」


「このことを、姫様には……?」


 霙は力なく首を振る。


「先ほども申しましたが、つむ……姫様は、その、優様に……」


「……本来は、それを止めるのが、お前の役目なのだが……」


「申し訳ありません……」


「……情が移ったか?」


「……はい……」


「そうだな。幼馴染なのだから、無理もない」


「はい……。紬とは、いろいろありましたからね。今回は、華を持たせました……」


「お前はいいのか? 優殿に……」


「いいのです。だって、紬はこれから苦しい目に合うのですから」


 霙は悲しげな目で、記録書を見つめる。


「紬は、もう自由はできませんから……」


 そこに書いてある記録書の一つに、こう書かれてあった。


 日向の国の姫、音姫に求婚の申し立てがあった、と――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ