十六話 髪型と霙
戦の件は終わり、優と紬は以前よりも仲が深まった気がした。
主と側近という関係であるが、それよりも親友といった方が納得できそうな感じだ。
二人は常に一緒におり、子供たちと楽しく遊んだり、泉で自然を満喫したり、市場で買い物をしたりなど、まるでデートのように充実した日々を送っていた。
紬は優と一緒にいるだけで、とびっきりの笑顔を見せ、楽しそうに子供のようにはしゃいでいた。
一国の姫であっても、まだ17の女の子である。遊びたい気持ちもあれば、やりたいこともたくさんある。
戦国時代の姫なら、こんなことしてる場合ではないのだが、優はそんなことよりも、もっと自分の人生を、今という自分の時間を楽しんで欲しいと思った。
それが自分にできるなら、少しでも協力してやりたい。
そして、二人は城から少し離れた場所に訪れた。
今二人の前には一つの立派な墓があった。
これは、紬の本当の両親の墓だ。
「ここに来るのも、久しぶりじゃな……」
紬は綺麗な花を添えて手を合わせ目を閉じる。
優も隣で同じように目を閉じた。
両親がいなくなり、そのせいで姫となったが、こうして出会う事ができた。そのことには感謝したい。
でも、どうか紬を、衣を、見捨てないでほしい。これからも、二人の親として、天国で見守っていてほしい。
優はそっと目を開け、未だに目を閉じている紬に顔を向ける。
これからは、自分が守ろう……。
「今日は俺の時代の遊びをするぞ!」
優が胸を張って高らかに宣言する。部屋には紬、衣、霙の三人がいた。
紬は「ほう」と感心いていた。
衣は嬉しそうにいつものように元気よくはしゃいでいる。
霙は優と遊べることが嬉しくニコニコしていた。
「俺の時代ではこことは全然違う遊びがたくさんある。せっかく俺がいるんだし、いろいろ教えてやろうと思ってな」
本当は、この遊びで楽しく過ごし、少しでも戦のなどの苦を忘れてほしくて計画したのだ。
「まずは、皆女の子なんだし、俺の時代の女の子はどんな感じなのか紹介しよう」
優はポケットに入ってあった携帯を取り出した。まだ電池があり、電源はまだ点く。
その中のピクチャから写真を見せた。クラスメイトの写真を見せる。
「なんじゃ、これは。まるで本物のような、完成度の高い絵じゃの」
「なぁ、お兄ちゃん。この模写の女子はなんじゃ? 変な髪をしてるんだな」
「未来にはこんな機械があるのですね。是非とも使ってみたいですわ」
優はコホンと軽く咳払いをする。
「ええと、この写真のように、みんなの髪型を変えてみよう」
「髪型をか? じゃが、どんなふうにじゃ?」
「俺にまかせろ」
優はまずは紬の髪から取りかかる。
紬の髪は腰まであるロングヘアーで、手に触れてもわかるくらいサラサラとしていた。
そして優は自分の好みの髪型に変えて行く。
「よし、こんなものかな」
優は紬に手鏡を持たせる。鏡に映る自分の姿を見て、紬は驚いた。
「……なんじゃ、これは?」
「それはポニーテールっていう髪型だよ。馬の尻尾みたいだろ」
紬の髪型は長いのでポニーテールのようにしてみた。ゴムが無かったので、リボンで結んでおり、意外にも似合っていた。
「馬の尻尾じゃと! 優はわらわを馬にしたいのか!」
「え? いや、そんなつもりは……」
「一国の姫が馬ごときと対等などもってのほか! 討ち首にするぞ!」
といった感じに、紬はごりっぷくとなってしまった。
これはまずかったようだ……。
「似合ってると思うんだけどな……」
優はぼそっと呟く。
その言葉を聞いて、紬は拗ねているが、少し離れた場所で手鏡を持ってじっと自分の髪を見て考え事をしているようだった。
「お兄ちゃん。次はわらわにしてほしいぞ。わらわにも未来の髪型を教えてくれ!」
「いいよ。それじゃ、こっちに座って」
「うむ!」
次は衣の番である。衣はまだ幼い。だから、あれしかないな。
そして数分であっという間にできた。
「これでどうかな」
「わぁ~。これはかわいいの! こんな髪型があるのだな!」
衣にしたのはツインテールである。左右の髪を二つに分け、リボンで結んでみた。
幼い感じの衣に似合っており、元気がり、可愛い感じにできた。
「まるで垂れたうなぎをつけているようじゃ。可愛く、くねくねするぞ」
衣は自分の髪を浮かんでぐるぐる回して楽しんでいる。
うなぎって、可愛いものかな……。
「優様、次はわらわにお願い致します」
霙がかしこまってお願いする。
「ああ。いいよ。霙にはね……」
霙も紬と同じくらいに髪が長く、そして負けないくらいにサラサラとしている。
となると……。
「じゃあ、これはどうかな」
優はできるか不安だったが、やり方は以前友達に教わったことがあるのでやってみる。
「よし、なんとかできた」
「優様がしてくれた髪型……。なんと上品で、輝いているのでしょう」
霙は自分の髪を見てうっとりとしている。
霙にしたのは三つ編みである。後ろで編み込み、前に垂れ流す。おっとりとした霙には、まるで優等生のような感じに見えた。
「うん、なかなか似合っているよ」
「優様がしてくださったのですから、これからはずっとこのままでいますわ」
「髪洗う時戻すだろ……」
そこで優は携帯を取り出した。
「せっかくだし、皆で写真撮ろうよ」
「写真? 写真とは何じゃ?」
離れていた紬が興味津々で聞いてくる。
「この携帯で絵を取るもんだよ。さっき見せたやつも、写真なんだよ」
「さっきみたいに? あの完成度の高い絵のことか?」
「そ。ほら、みんなこっち来て」
三人は優の周りに集まる。右に紬、上に衣、左に霙が来る。
「それじゃ、いくよ。ほら、笑って」
優は四人が映るようにボタンを押す。カシャッという音がして撮れたようだ。
「ほら、みんな良く映っているよ」
みんな可愛らしく映っていた。紬は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながらチラッと優を見ており、霙は優の腕を掴んでおり、衣は後ろから抱きついていた。優は衣のせいで顔が下を向いていた。
そんな写真を見て、三人の顔色は一瞬で青くなった。
「優~! なんてことしてくれたんだ! わらわが映っておるぞ! 魂を取られたのじゃ!」
「どうしよ~! もうすぐ死んじゃうよ~!」
「まだ優様に何もしてないのに……。これでもう死が訪れるとは……」
皆各々騒がしく暴れ回っていた。
その様子を、優は呆然と見ながら、その場に突っ立ち苦笑していた。
普通に生きてるじゃん……。
今日も霙は優にラブコールを送っていた。
最近はそれがエスカレートし、時には部屋に押し入り、時には恋文を送り、時には入浴時に覗いてきたりと……。
気持ちはわかるが、ちょっと迷惑していた。
見た目はおっとりとし、気品があって優雅な振る舞い、そして余裕のある態度と、大人びた感じでなかなかの美少女なのだが、考えはどうも理解できない……。
頭は紬に言わせればなかなか良いようだ。霙の父親は作戦を考える役のようだし。
あのときはめっちゃくちゃ怒られたが……。
そこで、ちょっと霙のことを知ろうと思い、一日一緒に過ごしてみた。
「優様が自らわらわと一緒に過ごそうなどと申すとわ。これは、契りを結んだも同然。すぐに父上に報告せねば」
すぐに走り出そうとする霙を止めて優は強引に座らせる。
「よく考えてみれば、俺まだ霙のこと知らないからな。この機会、いろいろ知っておこうと思って」
「いろいろ? ということは……」
霙はぽっと頬を赤く染める。
「そんな、わらわのあんなところやこんなところも拝みたいだなんて……。優様は大胆なんですね」
「何考えてんだよ……」
ということで、霙の一日を一緒に過ごしていく。
霙は朝から忙しく、午前は勉強に書道、茶道、華道などの嗜みを学び、上級武士の娘として勤めを果たしていく。
忙しいのは姫である紬だけでなく、霙も同じくらい忙しそうだった。
隣で特別に同じようにやってみたが、まったくダメだった。
「さ、優様。午後からは城下にいきますわ」
優は霙と共に城下へと降りる。その途中、ある人物と出会った。
「あ、父上」
前から馬に乗った霙の父親が来た。そしてじっと優を見て来る。
「父上はもうご存じですわね。優様です」
「ど、どうも……」
優は苦笑しながら軽く会釈する。
そんな優をじっと睨むように見ていた。嫌な汗が止まらない……。
そして無言のまま前を通って行ってしまった。
「俺、お前の父親苦手なんだよな~。以前めっちゃ怒鳴られたし」
「心配ご無用。あれは照れ隠しです」
「照れ隠し? あれが?」
「はい。娘に男ができて、ちょっと拗ねてるけど、その反面嬉しいのですわ」
「そんなわけないだろ~」
「いえ。父は、厳格な感じで皆の前では通してますから、笑ってはいけないのです。だから、少し眉毛が動いてましたわ。あれは嬉しいという笑顔を堪えていたのですわ」
「いや、ちょっと待て。いっておくけど、俺と霙の関係はただの友人だからな」
「えぇぇ! そうなのですか……」
「いや、なんでそんな恋人なんですよって感じに驚いてるの!」
「ま、それより、早く城下に行きましょう」
切り替え早い……。
それから霙は城下であらゆる場所に通い、何かを記録していっていた。
それを終えるときは、すでに三時間以上が過ぎていた。
「霙はいろいろ回って何をしているの?」
「父の仕事の手伝いです。情報を取り入れているのですわ」
「情報? どんな?」
「飛脚や商人はいろいろな町を散策してますので、その町での様子や行動などを聞き、我が国に影響がないかを知るのです。不穏な動きがあれば、すぐに対処できます」
「へぇ~、すごいね」
「父はもっとすごいですわ。外には多くの友人がいて、その方から隠密な情報まで取り入れることができるのですから」
霙は記録書を見て嘆息する。
「私は、父と比べればまだまだですわ……」
霙はどこか遠いところに目を向ける。そして寂しげな表情をしていた。
「父は、わらわの一番尊敬できる人なのです。頭が良く、情報力にたけ、人望があり、ただの武士が上級武士まで上り詰めた。そして、母上と契りを結んだ。その間に生まれたわらわは、父上に期待されている。女子でありながら、誰にも負けない力を得ると。その期待に答えるために、わらわは日々精進しているのですわ」
「そうなのか」
「その相棒、わらわの夫となるのは、優様が良かったのです」
「どうして俺が?」
「もちろん、優様はこの時代にはないものを持っています。未来という情報力が」
霙は前に歩きながら話し続ける。
「未来の話はとても興味深いものばかりでした。わらわの知らないことがたくさんあり、そしておもしろい。その力を、わらわのものにしたかった」
「そういうことね」
「でも……」
霙は振り返ると、柔らかく頬笑みかける。
「わらわが優様に惚れた一番の理由は、その勇ましい振る舞いなんですよ」
「え?」
すると、霙はクスッと笑った。
「さ、早く城に戻りましょう。姫様が怒りますわ」
霙は上機嫌に城へと戻って言った。
やはり、紬は優がいなかったので心配したのか不機嫌だった……。夜遅くまで、ずっと説教されることとなった……。