十五話 紬の力と秘密
紬が何か作戦を言い渡し、下級武士は急いで階段を降りて行く。
「これで終わりじゃ……」
紬は小さく呟き、精神を集中させ、心を落ち着かせる。
「しらぬい……」
この言葉は何を意味するのだろうか。今から紬は何をしようというのだろうか。
そして数分し、自陣から笛が鳴り始めた。ゆったりとし、そして力強い汽笛のような音。
その音を聞いた瞬間、一斉に自陣の軍が不穏な行動をし始めた。
皆戦うことを止め、次々に退避していくのだ。
その行動に懸念を抱き、敵陣はその場で立ち尽くす。
優もどうしてこんな行動を取るのかわからなかった。
「優……」
紬が呟き、優は顔を向ける。
「今からすることはとても残酷で悲惨なものじゃ。先ほどの殺し合いの比ではない。できればそなたには見せたくない。しかし、それでも見たいならかまわぬ。どうするかはそなたが決めるのじゃ」
優はごくっと喉を鳴らす。冷や汗が止まらない。
いったい、今から何をするのだろうか……。
その頃、佐祐は自陣で皆が戻ってきたことを確認する。
「よし、皆退いたな。……姫様、すみませぬ……」
佐祐はそっと手を上げた。それを合図に、皆弓矢を持って空へと向ける。
佐祐はバッと腕を振り落とした。
「放てっ!」
その瞬間、自陣から一斉に矢が飛びだしてきた。
その数は数えきれないほどであり、生き残った武士全員が放った矢。
その数は容易に五百は越えているだろう。
そのときだ。
「いくぞ、優……」
「え?」
すると、紬の体が突然赤く光り始め、オーラを纏ったかのようにゆらゆらと立ち昇っていた。
そして紬は右手を伸ばした。そこから赤い光が放たれ、先ほど放たれた矢へと当たる。
そしてその矢はさっきよりも倍以上の数になり、確実に敵に向かって飛んでいた。
地面に突き刺さる直前上昇し、目の前の敵に突き刺さりもする。
生き残っていた敵は皆矢による負傷で死に至り、そして誰も立っていなかった。
そして、気づけば、すでに戦は終わっていた。
「なんだよ、これ……」
「……これがわらわの力の一つじゃ……」
優は紬に目を向ける。紬はどこか悲しげな眼をしていた。
「わらわは気づいたときからこのような不思議な力が使えるようになったのじゃ。攻撃の力、名を不知火という」
「不知火……」
そこで優はハッと思い出す。
あの巻物に書かれていた文字。それはこのことだったのだ。
紬はふっと息を吐く。
「これで、戦は終わりじゃ」
そのとき、戦の終わりを告げる笛の音が静かに鳴り響いていた。
戦が終わると、紬は急いで負傷者の下へと走っていく。
戦で怪我したものは皆城内へと運び込まれるのだ。
その後ろを優は追いかけて行く。
負傷者たちは道場に運び込まれていた。
多くの武士たちが痛みに耐え、命からがら生き延びている。しかし、中には死亡した者もいた。
すでに多くの医者たちが応急手当をしている。忙しそうに動き回っていた。
「姫様!」
「姫様……」
「ひ、め……さ、ま……」
皆助けを求めるかのように声を発する。
すると、佐祐が紬に近づき片膝をついて頭を下げる。
「姫様。申し訳ありませぬが……」
「うむ。わかっておる。一番傷の深いものから来られ!」
紬は傷の深い武士の下へと行く。その姿を優は後ろで見ていた。
「お願いします」
佐祐がいうと、紬はそっと両手を差し出した。
すると、突然手のひらから淡い青い光が瞬き始め、そして痛々しい傷がどんどん治癒していく。
「すげぇ……」
優はつっ立ったまま呆然と見ていた。
医療器具や薬も使わず、あっという間に不思議な力で治していく。
これが紬の力なのか……。
「これが、わらわのもう一つの力、名を明鏡止水という……」
明鏡……止水……。
その力で紬は、その場にいた負傷者全員の傷を癒してしまった。
それから数日の間、紬は自分の部屋でずっと眠っていた。
食事の時間になろうとも起き上がろうとせず、息はあるのだが、まるで死人のように微動だにせず横になっている。
優はずっと紬の側にいた。毎日、紬が目を覚めるまで居続けた。
何度も霙や衣が様子を見に来たが、二人だけにしてほしい、と伝えた。
そのときに知ったのだが、佐祐さんがいうには、紬は優が山賊で襲われたとき、この力を使って頭の傷を癒したそうだ。だからどうもなかったのだ。
優はじっと紬の寝顔をのぞき込む。良く見ると、やはり紬は可愛かった。
サラッとした長い髪、白い肌にパッチリとした瞳。小さな唇。現代ではすごくモテるだろうと思われるほどの美少女だ。
優はそっと紬の手を握った。
早く起きて欲しかった。話したいこと、聞きたいことは山ほどある。
まずは礼をいおう。今回は優は紬に励まされてばかりだった。ありがとう、と心を込めて伝えよう。
そして約束しよう。今度は自分が紬を守ると。
優はそっと紬の手を擦る。
綺麗ですべすべとした手だった。でも、なぜか冷たかった。
「紬……」
そして一週間後、ようやく紬は目を覚ました。
いきなり多くの栄養を取るのは悪いので、少しずつ食べて行き、だんだんとその量を増やしていく。
そして三日ほどして、ようやくいつもの紬へと戻った。
しかし、優と紬はどこか様子がおかしく、いつものような仲でなくなっていた。
そして、優と紬は天守閣に登っていた。
そこから見える景色を眺める。今は雨が降っており、山の方は霧が濃く見えない。
目の前にある景色はつい数日まで戦が行われていた場所なのだが、今ではあのときの面影はなく、閑とした静寂に包まれていた。
まるで何事もなかったかのように……。
しかし、すっと目を閉じれば、あの時の現状が浮かび上がり、その叫び声が、合戦の音が、頭の中ではっきりと響いていた。
二人はただ無言でその場に立っていた。
少しして、紬がポツリと呟いた。
「……もう、大丈夫なのか?」
優の精神状態を心配していったのだろう。
「……ああ」
「……お主はいろいろ苦しい目にあってしまったな。……すまない……」
「……いや、紬が謝ることはないよ。俺が弱かっただけだ……」
「……聞かぬのか?」
「…………」
「……わらわが、なぜあのような力を持っておるのか」
「……無理には聞かない。紬が話したいなら、話してくれ……」
「……では、話そう」
紬は決意をする。
「この力は、わらわが生まれたときからあったのだ……」
紬は上級武士の子として生まれた。
殿の側近と武士の中でも特に上の位の父を持ち、そして国一番と言われるほどの美人といわれた母の下で生まれ、そして妹の衣も生まれ、家族四人、仲良く暮らしていた。
そして同じ上級武士の子である佐祐、そして霙とも知り合い、幼馴染として友達もできた。
しかし、その幸せも束の間のことだった。
ある時、城内はある事件で騒がしかった。
殿の間に子は生まれないという事実だ。
一国の跡取り、殿の子が生まれないというのはどういうことか。それはその国の滅亡に等しい。
殿の息子、姫の役目は国の繁栄。この国を後世に残すため、そして領地を増やし、規模をでかくする。
他にも、もっとすべきことが、娘は他の国の殿の子のもとに嫁ぐということだ。そのために生まれて来たといっても過言ではない。
そのための子が生まれないなど、前代未聞かもしれない。
しかし、それが現実に起きてしまった。
そして、自分の妻に溺愛している殿は、自分の妻を裏切ることはしたくなく、他の女と結ぼうという願望はなかった。
そこで、上級武士から養子として引き取る計画を立て出した。
その候補の一人に、紬も入っていた。
周りでは国一番に偉くなれるので、他の上級武士はとてもうれしそうにしていた。
しかし、紬は自分の本当の親が好きで、確かに殿にはお世話になり、優しくもらっているが、いきなりその人を自分の親と認めることはできない。
やはり、自分は乗り気ではなかった。
そんなときに、戦が起きてしまった。
殿に子がいないことが風の噂で広まり、隣の国が奇襲をかけてきたのだ。
その戦にはもちろん紬の父親も参加している。
そこで、最悪なことが起きたのだ。
紬の父親はその戦で死んでしまったのだ。
紬は毎晩、いや毎日のように泣き喚いた。
父親の死が認められず、何度も否定し続けたが、現実は変わらない。
結局戦にも負け、紬の国は隣の国からの侵略が始まろうとしている。
紬は自分の父親の死から怒りが生まれた。
そして、力が発動された。
その結果、紬は一人で隣国の武士たちを倒し、父親が守った国は再び元に戻った。
だが、紬はこれで少なからず満足した。
仇は討った。父親が守りたかったものは代わりに守った。大好きな母も、そして衣も無事に生きている。
しかし、地獄が始まってしまった。
紬の不思議な力。
そのせいで、紬の母親は紬を鬼の子だと思い、何と、紬を捨てたのだ。
そのことで、紬は精神的苦痛を味わうことになった。
大好きだった母親からの突然の裏切り。それは幼い子供にはとてつもなく残酷なことだった。
父親も、母親も無くなった紬。
そして、紬はその力を評価され、殿の養子となった。
それから数日して、紬の母親の容体が悪くなり、数日後には死亡。
よって、衣も殿の子として授けられることになった。
紬はその力を活かし、その後の戦に貢献しては活躍を見せ負けることはなくなった。
話し終わり、紬は重いため息を漏らす。そしてそっと目を閉じた。
「わらわは今複雑な気分だ……。この力で国を、そして皆を守ることができる。しかし、実の母上から鬼の子といわれ、捨てられた……。わらわの運命は、どうなっているのか……」
「紬……」
紬が殿とは血が繋がっておらず、養子だということは、以前佐祐から聞いていたので知っていたが、まさかその裏にはそんな事実が隠されていたとは……。
「……わらわは一国の姫となった。ならば、国のために勤めを果たせねばならぬ。わらわはそのために生きて来た……。だが、優が来て気が変わった」
「え?」
「国のためだけではない。たまには、自分のために生きてもいいのではないかとな……」
「そっか」
そのとき、紬の目から一筋の涙が流れた。そして決意の眼差しを向ける。
「わらわはもう迷わない。この国の姫として、そしてこの力で守る。じゃが、わらわは一人では生きて行けぬ」
紬はそっと優に手を差し出す。
優は少し戸惑った表情で紬を見た。
紬は柔らかく、そして優しく微笑んだ。
「お主の力をわらわに貸してくれ。わらわは国を、そしてお主はわらわを守る。それが、わらわたちの契約だ」
優はふと笑みを浮かべた。
「守ってやるさ。ここまで来たんだ。とことん、わがままな姫様に着いていくさ。……ありがとう、紬……」
優はそっと紬の手を掴み、そして固く握手を交わした。