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十四話 戦と恐怖

 今日も穏やかな日を過ごそうと考えていた優。


 霙の件は今のところ保留(?)という形になっているが、毎日のように霙は優にラブコールを送ってくる。


そのたびに、紬は異様な怒りを見せ、最初は霙につっかるも、最終的にその矛先は優に向けられていた。


 なんでこんなに怒るんだろうか……。


 しかし、今日はそんなこともなく、優は紬、そして陽姫こと衣と共に勉学に励んでいた。


 先生は優である。


勝手にできた未来学。


おそらくここでしかできない学問だろう。


主に、この戦国時代と優の住む現代の違いの話をするのだ。


 その変容と環境を学び、今後の生活や知恵に使ってほしいと考え、優は二人に教える。


二人と言っても、紬はただ茫然と聞いているだけで、自ら率先して受けようという姿勢はみえなかった。


 そのときだ。いきなり襖が開かれ、息を切らしながら佐祐が入ってきた。


「勉強中失礼申す。姫様、戦ですぞ!」


 その言葉を聞いた瞬間、紬の目が刹那のごとく変わった。


「状況は!?」


「詳しいことはまだ。今詮索中とのこと。今から会合を開くので、姫様も参加とのこと」


「うむ。わかった」


 紬は勇ましく着物を翻し、部屋から出て行く。


 戦……。


 その言葉を聞いて、優はどこか不安の気持ちでいっぱいだった。


 自分には戦国時代の戦というものを知らない。よく大河ドラマなので、そのようなシーンはあるが、実際には知らない。


 興味がないといえば、それは嘘である。


しかし、戦は戦争と同じ。殺し合いの合戦。


 戦争は現代でも嫌というほどではないかもしれないが、残酷で悲惨、そして関係ない人たちまでも飲み込む恐怖。


 経験してなくても、その恐怖は容易に想像でき、そして自ら体験してみたいという者はいないだろう。


 優はぐっと自分の腕を握った。


 怖い。


自分の心の中はこの言葉で満たされていた。震えがだんだんと大きくなるのがわかる。できるなら今すぐにでも抜け出したい。


 でも、自分はここから逃げるわけにはいかない。


 なぜなら……。


「お兄ちゃん。戦だそうだ。わらわは戦は嫌いじゃ。……怖い……」


 ぽつりと弱音を吐く衣。優の制服を引っ張り、そして最後には抱きつき顔をうずめる。


 優は自分の恐怖を押し殺し、そして衣をそっと優しく抱きしめ返す。


「大丈夫。俺がいるから」


 守らなければならない人がいるから……。




 城内は今いつもより騒がしかった。


何人もの武士たちが甲冑に着替え、上級武士たちは集まり会合が増え、その他女子供は避難する。


 準備ができたものからそれぞれの持ち場へ向かい、そして腹ごしらえをする。


 その間、殿や紬、霙、霙の父親、佐祐、佐祐の父親のちょび髭などが集まり、作戦などを考える。


 その中に優も入っていた。隣に衣もいる。


「敵の数は?」


 紬の質問から会合が始まる。


「情報によると、その数5百ほどかと。敵は二つ山離れた九十九の国の輩かと」


 霙の父親が応える。


「この領地を狙ってきたということか……。5百ならなんとかなる」


「陣形は?」


「いつもどおりで良かろう。三つに分かれ、正面、左陣、右陣に別れ、相手の大将の首を取りに行け」


 霙の父親が立ちあがる。


「それでは、作戦を申す。まずは、陣形は先ほどの。正面に佐祐殿、左陣に善歳殿、右陣に基継殿。殿はいつもどおりに」


「うむ」


「殿をお守りするのは私が。あとは各々、各陣の武士たちに伝えよ」


「「「おうっ」」」


「あと、姫様。もしものときは、すみませぬが、お願い申しあげます」


「……ああ」


 紬は少し不安な表情であるが、力強く頷く。


「あと、狼牙。お主は……」


「待てよ」


 霙の父親が言おうとするところで、狼牙は遮った。


「すまぬが、拙者は好きに動かせてもらう」


「なっ!」


「確かに戦に協力するとはいった。しかし、お前らと一緒にとはいってない。俺は俺のやりかたであいつらを殺す」


 そして狼牙はすっと優を見る。


「もちろん、お前もな」


 狼牙は獲物を見るような目で優を見る。


「良かろう。好きにせぇ」


「へへ。どうも」


 狼牙は立ち上がると部屋から出ていった。


「うむ。ここから敵について。今敵陣はここから5キロ離れた場所で待機中とのこと、すでに自陣を張り、攻め入る刻を狙っているらしく。こちらの兵は皆持ち場にて待機中。今からこの作戦を伝達すること。では、これにて以上。誰か、何か申す者はおるか」


 そこで優がすっと手を上げた。


「はい……」


「優……?」


「お兄ちゃん……」


「優様……」


「なんだ、申してみよ」


 優は膝の上の拳を握りながら、そっと呟いた。


「どうして、戦なんてするんですか……?」


「はっ?」


 今の発言でその場にいる全員が口を開き騒がしくなる。


「貴様! 何をいっておる! 易々とこの城を明け渡し、あいつらのいいなりになれと申すか!」


「違う!」


 ちょび髭の言葉に反発し声を上げる。


「違う……。そういうことじゃない……」


「優……」


「俺の時代には戦が無い……。戦い、争うことはない。だって、戦ったところで、勝っても、負けても、何も得るものはないのだから……。だったら、しなければいいじゃないか……。こんなことして、何も意味なんてない……。同じ人間なんだ。きっと分かりあえるはずだ。言葉で解決できるはずなんだ。もっと、この時代が戦のない平和な時代になってほしい……」


「お兄ちゃん……」


「優様……」


 そこで霙の父親が嘆息する。


「戦のない時代。私も見てみたいものだ」


 優ははっと顔を上げる。


「しかし、それを聞いて、はいやめます、というものが何人おることか……。別に私は戦が好きだから戦っているわけでも、人を殺すわけでもない。できるならしたくない。だが、私には守るものがある。そして、私にはやらなければならない役目があるのだ」


「…………」


「優殿といったな」


「……はい」


「そなたに一言だけいっておく」


 霙の父親は鋭く睨みつけた。


「そんな甘い言葉を、今吐くな!」


「うっ」


 そこで優は顔を下げ、うつむく。


たしかに今いうべきじゃなかったかもしれない。軽率だった。今の自分の発言で指揮が下がったら負けてしまう。


 そんな夢物語を、この戦国時代でいっても無駄なのだ。誰にいおうと、聞く耳持たないだろう。


「他に申すものはおらぬか?」


 そこでちょび髭が答える。


「今疑問に思ったのじゃが、優殿は戦に参加せぬのか? 優殿の実力は確かなもの。お主ならきっと活躍が……」


「ならぬ!」


 ちょび髭の言葉に紬が声を上げて遮る。


「優はわらわの側近! わらわに何かあったらどうする! そのために優がおるのじゃ!」


「しかし、優殿の力を戦で起用したほうが……」


「ならぬ! わらわは否定おるのじゃ! 素直に聞けば良いのじゃ!」


「は、はぁ……」


 ちょび髭は少し腑に落ちないが紬の気迫に負けうなずく。


「殿」


「うむ」


 殿は立ち上がり、最後に言葉を発する。


「出陣じゃ!」




 衣や霙はすぐに安全な場所へと避難し、会合を終えた上級武士たちは持ち場へと急ぐ。


 優は紬と共に天守閣の上、紬のお気に入りの場所へと向かっていた。


そこから戦場の様子を窺う。まだ始まっておらず、それぞれ持ち場で待機していた。


 いつものような陽気で穏やかな雰囲気は消え、異様にピリピリとした気が張り付け、全身を襲う嫌な緊張がのしかかり押しつぶされそうだった。


 紬のおかげで優は戦には参加しない。しかし、こちらが負ければ、どうなるかわからない。


いずれにしろただではすまない。現代では知らない本当の恐怖が今初めて感じられる。


 優は苦しくしめつける鼓動を手で抑え、ゴクッと生唾を飲み込んだ。額に汗が流れ、こめかみへと伝っていく。


 そのとき、紬が口を開いた。


「按ずるな」


 はっと我に返った優は隣にいる紬に顔を向ける。紬は落ち着きのある声で優を励ます。


「お主は心配せずともよい。胸を張って立ちかまえておけ。わらわが守るから」


 その言葉の意味が理解できなかったが、それはすぐにわかることだった。




 どちらも動かず、じっと対峙し続け、太陽は昇り、優の時計によると正午を差していた。


 そのとき、開戦の狼煙が上がった。


 出陣だ。


「いくぞ!」


「迎え討て!」


 お互いの陣から武士たちが一斉に出だし、とうとう戦が始まった。


 槍を持った部隊が先頭を走り、その後ろでは鉄砲隊が構えている。他にも刀を持つ者が走り、馬に乗った大将たちが駆けて行く。


 そして真ん中でお互いの陣が混じり、そこで戦闘が繰り広げられた。


お互いの総大将を倒すために攻め込み、刺し、切り、撃ち、押しつぶしと、殺戮の連続。その攻撃は怠る事を知らず、少しの油断で終わってしまう。


 これが……戦。


これが……戦争。


 目の前で繰り広げられている現状に、優は戸惑い、困惑していた。そしてその場にガタっと崩れ落ちた。


「優!」


 戦の状況を見ていた紬が寄り添ってきた。


「……なんで? どうして戦うんだよ……。こんなことして何になるんだよ。皆平和に暮らせばいいじゃないか……。仲良く暮らせばいいじゃないか……。人間だろ……。知恵があるだろ……。感情がるだろ……。だったら……、こんなこと……、殺し合うなんて、やめろよ……」


 優の声は震え、体は冷気を纏っているかのように冷たかった。


「優……」


 紬はそっと優を引きよせ、優しく包むように抱きしめた。


「優の世界では、このような戦がないのじゃな。良い世界じゃ。しかし、この世界では戦いが全て。天下を獲るには、守るためには、戦わなければならない。自分の欲求のために動く人間など、末路は戦うことしか頭にない。これが、避けては通れぬ現実じゃ」


 優は頭を抱え、嗚咽を漏らす。


 人が死ぬ直前の叫び声、断末魔、そして鉄砲や大砲の飛び交う音。


想像するだけで十分だった。神経が異常になってしまう。もうダメだ……。


 紬は少し焦りを感じた。


こんな優の姿を見たことが無い。やはりいきなりの戦の経験は神経を蝕む。


 一度平和を経験しているものが、いきなりこのような現状を目の当たりにすれば当たり前だろう。


 一刻も早く終わらせねば……。


「按ずるな、優。わらわがおる。絶対に守る。そなたを苦しめたり、死なせたりはしない。だから安心しろ。そして……その心を、忘れてはならぬぞ」


 紬はすっと立ち上がり、今の状況を確認する。


今の形勢はこちらがやや不利。若干おされぎみである。小さな国なので仕方がない。


しかし、こちらには奥の手がある。


「そろそろじゃな……」


 紬は近くにいた武士にいった。


「佐祐に伝えよ。……不知火を使うと」

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