十一話 勝利と敗北
観客席から起き上がり、優はゆっくりと試合場に入る。
その鋭い目は、一線に佐祐の父親に向けられ、ものすごい怒りが込められていた。
その目を見て、佐祐の体はぶるっと震えた。
これが武者震いだろうか。それとも恐怖? どちらにせよ、これで優殿の本気が見られるかもしれない。
「お兄ちゃん、なんだか怖い……」
陽姫は紬にしがみ付き、ぎゅっと袖を掴む。
「どういうことじゃ……。あんな優、見たことない……」
紬も優から目が離せず、冷や汗を掻いていた。
優はすっと竹刀を構え、研ぎ澄まされた集中力を見せつける。
「ふん。そんな顔しても、わしには敵わぬぞ!」
ちょび髭は勢いよく襲いかかる。そしてさっきと同じように鈍い音がしてぶつかり合う。
「優!」
紬がつい叫び声を上げる。しかし、そんな必要はなかった。
優はその場から一寸も微動だにせず、ちょび髭の突進を受け止めていた。
優はそのまま鋭い目つきを向ける。
「どうしたんですか? こんなものなんですか?」
「なにっ!」
ちょび髭は焦りを覚え、胴を打ってくる。それを優は素早く避け、ちょび髭と間を取る。
「小童が、なぜそんなに重く……」
「ふん。ちょっと腰に力を入れて踏ん張っただけだ。さっきは少し油断したが、次はこっちから攻めるぜ」
「なに?」
優は一気に間を詰め突進してくる。ちょび髭は竹刀を振り落とし、優の頭向かって打ちつけようとする。
優はバシッとその竹刀を跳ね飛ばした。
「ぬっ!」
そしてそのまま肩から突っ込んだ。その勢いに負け、ちょび髭は背中から豪快に仰向けに倒れこんだ。
「さっきのお返しです」
優は見下ろしながら小さく笑みを浮かべる。
ちょび髭の表情からは、さっきまでの余裕はなくなり、あとは怒りしかなかった。
「小僧が……、調子に乗り追って……」
ちょび髭は起き上がると、大きく振りかぶって連続で面を打ってくる。優は華麗に避けたり、軽く受け止めて全て防いでいく。
「くそ!」
ちょび髭は一次間を取り、リズムを取り戻す。
「終わりですか? なら、こっちから行きますよ」
次は優の攻撃である。優は得意の突きを何度も繰り出し、剣先をちょび髭の喉めがけて突いていく。
ちょび髭は苦戦しながらも、何度も竹刀で跳ね飛ばし、喉から遠ざけようとする。優の突きはとても素早く鋭く、そして残像のように何重に増えて見える。
ちょび髭はだんだんと払いが強くなっていく。そして突きをしようとせず、ピタッと止めた。そのせいで、ちょび髭の竹刀は空を切り、自分自身は隙だらけになった。
その機会を見逃さず、優は素早く面に向かって竹刀を振り落とす。
「調子に乗るな、小僧が!」
そのときだ。ちょび髭は自分の竹刀を下から払い上げ、優の竹刀を振り飛ばした。
「なっ!」
優はざっと後ろに下がり、じっと対峙する。
やっぱり佐祐の父親でもあり、上級武士のだけのことはある。ただ偉いだけでなく、それなりに力もある。簡単には勝たせてもらえない。
優はぎゅっと竹刀を構え、そしてチラッと紬の方を見る。紬は心配した表情をしており、ぎゅっと手を握り締め、つぶらな瞳で見つめていた。
優はちょび髭に向き直り、集中力を増した。
負けるわけには、いかない……。
「小僧……そろそろ決着させるぞ」
ちょび髭はすさまじい怒りと共に睨みつけて来る。優はふと笑みを浮かべた。
「いいですよ。こんなところで躓いてちゃ……」
優は目を光らせ、はっきりと答える。
「姫様の側近なんて、できないですもんね」
二人は一斉に距離をつめ前に出る。そして激しいぶつかり合いが生じる。
「ぬっ!」
「くっ!」
二人は少し下がり、間を開ける。そしてそのまま二人の竹刀のぶつかり合いが始まる。上、下、横、斜め、突きと、お互いの打突を防ぎ、そして攻撃を仕掛ける。
ちょび髭は優に突きをしてきた。優はここで賭けに出る。
優はちょび髭の竹刀の軌道を変えた。自分の竹刀を横に添え、そのまま下へと降ろす。そしてすばやく足で踏みつけ、そのまま自分の竹刀をおもいっきり振り落とした。
「うおおおおっ!」
バキッ!
会場にる全員が沈黙し、唖然とした表情で見ていた。
ちょび髭の竹刀は優によって二つに分離してしまった。
ちょび髭はあまりの出来事に呆然とし、恐る恐る自分の竹刀を見る。
「こ、こんなことが……」
すると、優はそっと左手だけで竹刀を振り上げ、ちょび髭の頭にピタッと振り落とし止めた。
「さ、認めてください。……自分の負けだと」
優は冷たい目を向けながらふっと笑う。
武士にとって、自ら負けを認めるのは屈辱的なこと。
それを優は狙っていたのだ。
ちょび髭は悔しそうに歯を食いしばり、そしてその場に手を着いて、苦しそうに呟いた。
「私の……負けだ」
その瞬間、会場中から一斉に歓声と拍手が送られた。
優はふっと息を吐き、そして紬の方へと顔を向ける。
紬は心底ほっとしたような表情をし、拍手を送っていた。陽姫も同じようにその場でジャンプしながら拍手している。
優は嬉しそうに笑みを浮かべて、そして手を振って応えた。
優は見事ベスト4に入り、残る試合はあと2回。
次の相手はそこまで強くなく、城内の道場の門下生で、その中でも上位のものだったのだが、先ほどのちょび髭と比べればどうもなく、余裕で勝つことができ、難なく決勝進出を決めた。
同じように、ベスト8入りしていた佐祐も勝っており、次は決勝への進出をかけた試合が始まろうとしていた。
「優、まずは決勝進出、心から激励申し上げるぞ」
佐祐の試合がある会場へと向かいながら、紬がいう。
「ありがと。これで佐祐さんとの決着がつくな」
「うむ。優、絶対勝って、わらわの側近になっておくれよ」
その言葉を聞いて、優ははっきりとうなずく。
もう決めた。迷うことも無い。自分は、紬の側近になろう……。
そして二人は試合会場へと着いた。
なのだが……。
「佐祐様~、頑張って~!」
「きゃー、佐祐様! こっち向いて!」
「佐祐様、かっこいい!」
会場からは若い女子達の黄色い声援が響き渡っていた。
前の方や周りはほとんどが女子達で埋まっている。その後ろに男たちがいるような感じだ。
そのまた後ろで、二人は立ち止り、無言のまま見ていた。
なんか、入りづらいな……。
さすがは佐祐である。城内でも有名であるが、城下町では剣術とその美貌も有名で、かっこいい佐祐のファンは大勢いたのだ。
仕方なく、紬の権限で、優たちは特別に前へと座る事が出来た。
いかにも特等席で、佐祐の試合は一望できる場所だった。
「佐祐! 絶対勝つのじゃぞ!」
紬が周りの歓声に負けないくらいの声で叫ぶ。
すると、佐祐は優たちの存在のい気づき、ゆっくると近づいてきた。
「ん? どうしたのじゃ?」
紬は疑問の表情を思い浮かべる。
佐祐はそっと優の前に立った。
「優殿、決勝進出、心から激励申し上げる」
「いえ。……心配しなくていいんですよね?」
優は口元を緩ませる。同じように、佐祐も笑った。
「もちろん。決勝は、私と優殿の試合だ。誰が相手でも、邪魔はさせん」
そう言い残し、佐祐は試合会場に戻っていった。
優は信じ切っていた。これで佐祐との決着がつく。そして、勝って紬の側近になると。
しかし、そう上手くはいかなかった。
「……佐祐」
紬は口元を抑え、目の前の状況を凝視する。
「佐祐さん……」
優も思わず呟く。
今目の前で何が起こっているのか、理解できなかった。
周りにいる女子達も、最初までの勢いは消え、沈黙し立ち尽くすものや、その場に膝が折れ、泣き崩れるものもいた。
佐祐は頭から血を流し、そしてふらふらの足取りをしながら立っていた。
相手は灰色の男ものの着物を着ており、大きな藁帽子をかぶり、そして目には刀で切られた傷。
そこから覗く鋭い眼は、まるで狼のようで、じっと佐祐を捉えていた。
「くっ……」
佐祐は竹刀を握り、構える。
ここで負けるわけにはいかない。決勝にいくのは……私だ。
「うおおおおっ!」
佐祐は突進のごとく、間を詰め襲いかかっていく。
相手は竹刀を地面に着きながら、軽く嘆息した。
「もう終わりだ……」
男は下から片手で竹刀を振り上げ、それと同時に佐祐の竹刀も天高く上がっていく。男はそのまま竹刀を振り落とし、佐祐の頭に叩きつけた。
頭を強打した佐祐はその場に倒れ、そして動かなくなった。
「さ、佐祐……。佐祐!」
紬は立ち上がって佐祐の名前を何度も叫ぶ。しかし、佐祐はぴくりとも反応せず、未だに横たわっていた。
「佐祐!」
紬は試合会場に入り、佐祐のもとによる。
「大丈夫か? 意識はあるか? おい! 早く治療するのじゃ!」
試合は終わり、佐祐さんは門下生の肩に捕まり退場していく。
優はその場に立ち尽くしたまま、佐祐の行方を目で追っていた。
どうしてこんなことになったのか、何も分からなかった。
唯一わかるのは、佐祐さんが負けたということ。そして、重傷を負っていること。
優はぎゅっと拳を握り、怒りを抑えて行く。
やっと決着がついたんだ。決勝で戦うはずだった。なのに、無残にも潰された。
佐祐を倒したあの男に……。
優はゆっくりとその場に立っている男に鋭い目を向ける。
男は視線に気づき、そっと後ろを振り返ると、不気味にニヤッと笑みを浮かべた。