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十話 統一戦と予選

 とうとう紬が開催した、日向統一決定戦が始まった。


参加数は百を超え、いつも戦に出ている者や、農民、商人も加え、皆気合いの入った顔で臨んでいた。


 試合会場はいくつもあり、優は紬と陽姫と共に一緒に見て回っていた。


「なんかすごいことになってるな」


「ふふ。皆おもしろそうにしておるの。難儀やな」


「もう疲れた。お兄ちゃん、わらわを運んでくれ」


 優は駄々をこねる陽姫をおんぶしながら見て回る。


 すでに試合が始まっているので、竹刀のぶつかり合う音や歓声が響いてくる。


「優の試合はいつなのじゃ?」


「うん。第6会場でもうすぐだよ。その前に佐祐さんの試合を見に行こうよ」


「うむ。そうじゃな」


 三人は第4会場で行われる佐祐の試合を見に行く。観客席に着いたとき、ちょうど始まるところだった。


「おっ、佐祐じゃな。お~い、佐祐~!」


 紬は佐祐に手を振る。


本来姫様がそんなことをするのははしたないのだが、そんなことは気にしないらしい。


声に気付いた佐祐はリラックスした様子で、笑みを浮かべながら軽く振り返した。


「あの様子じゃと心配ご無用じゃな」


「うん。大丈夫そうだね」


 そして試合が始まった。佐祐の相手は町の農民らしい。町の男は基本戦に出ているのだが、農民だと武士と違い、練習時間などはなく、農作業で忙しい。


 佐祐はものの数秒で一本を取り、楽々一回戦を突破した。


「さすが佐祐さん。見事だな」


 優は拍手を送る。


「うむ。期待通りだな。さ、次は優の番じゃ。会場へと移ろう」


「おう」


 優は自分の番である会場へと来た。ざっと周りを見渡すと、他と違い、観客の数が多かった。


殿やあのちょび髭を初め、上級武士や中級、下級武士の者、もちろん、紬や陽姫、佐祐までいる。


そして城下町の子供たちや、優の噂を聞いたものなど、ギャラリーは溢れかえっている。


 こんなことは、全国大会以来だった。


 とうとう優の番になり、軽く腕を回して前に出た。相手は佐祐と共に道場で鍛えている門下生の一人だった。


「お兄ちゃ~ん、頑張って~!」


「優~! そんな奴簡単に倒してしまえ!」


 紬が姫様らしくない歓声を送り、優は苦笑いを浮かべていた。


「心配しなくても、負ける気しないよ」


「始め!」


 審判の声が聞こえ、門下生は声を上げる。


優はすっと集中力を上げ、鋭い目つきになる。


その目を見て、門下生は後ずさりしてしまった。その威圧感はすさまじく、まるで猛獣と戦っているようだった。


「……いきますよ」


「え?」


 門下生は我に返るが、すでに遅かった。優はすばやく門下生の懐に入る。


 その俊敏さに皆括目していた。観客たちはざわめきを起こす。佐祐はじっと見ていた。


「ぬっ!」


 門下生は離れようとする。しかし、優のすばやさに敵わない。


「くそっ!」


 門下生は振り払おうと竹刀を振り上げ、力強く振り落とす。


 それを優は狙っていたのだ。


 優は素早く横に避ける。振り落とされた竹刀は地面にぶつかるほどの力。そのせいで、門下生の頭はがら空きだった。


「うおりゃっ!」


 優は竹刀を振りかぶり、門下生の頭の上でピタッと止めた。そしてニッと笑みを浮かべた。


「俺の勝ちでいいですか?」


 呆然としていた門下生は呆気にとられながら、曖昧にうなずいた。


「そこまで!」


 審判が試合を終わらせ、優は軽く拳を握ってガッツポーズする。


「よくやったぞ! 優!」


「やった! お兄ちゃんが勝った~!」


 紬と陽姫は万歳して喜ぶ。それを見て優は軽く笑う。


「どうですか、父上」


 佐祐は自分の父親のちょび髭に問いかける。


「ま、なかなかやるようだな。しかし、まだ一回戦。まだまだだわ」


 そういって立ち上がり去っていく。


 佐祐はふと笑みを浮かべて紬と陽姫と戯れる優を見る。


「絶対勝ち上がってくるのだぞ、優殿」


 そしてどんどん試合は続けられ、優も佐祐も無事に勝ち上がっていく。


勝ち上がるのはだいたい戦で活躍するものや、道場の門下生などで、普段農業や商業に精を出すものはあまり残っていなかった。


 試合の約半分強が終わり、昼食の時間になった。


 本来外で食べるのは禁止なのだが、優が外で食べたいといい、紬や陽姫、優は近くの芝生の上でお弁当を食べることにした。


「ほう。未来ではこのように外で食事をすることがあるのか。行儀悪くないか?」


「たまにはいいものだよ。こうやって外の景色を見ながら食べるのも、気分転換できて悪くないだろ?」


 目の前の景色は大草原が広がり、普段見ていた景色を改めてみると違って見える。


「うむ。いいものだな。……ところで、陽姫、そなたはそこから降りろ」


「え? どうしてですか?」


「そこは優の膝の上だろうが!」


 陽姫はなぜか優の上に乗って座っていた。それを見て紬はいつになく憤慨している。


「よいではないか。それとも、お兄ちゃんは嫌か?」


「いや、俺は別にかまわないけど」


「かまえ!」


 紬が鬼のような目で睨んでいる。


 そのとき、じゃりっと足音がした。


「おめでとうございます、優様」


「え?」


 そこにいたのは霙だった。今日も穏やかで、綺麗な着物をはおり、手には小包が乗せてあった。


「こんなところで食事とは、なかなか風流ですわね」


 霙は柔らかく微笑み、綺麗な瞳で優を見る。


そんな笑顔を見て、優はつい頬を赤くしめてしまった。そんな優を見て、紬はむっとなる。


「未来ではこれが普通だけどね。良かったら、霙さんもどう?」


 優は少し照れ笑いを浮かびながら誘う。


「わらわはすでに済ませてあるので。お心遣い感謝します。その、宜しければ、これを」


 霙が渡したのは手元にあった小包で、中にはおにぎりやおいしそうなおかずが入っていた。


「うおっ、おいしそうだな。ありがとう、霙さん」


「いえ、優様がお喜びになられれば、わらわも嬉しく思います」


 そして霙は紬に目を向けた。


「久しく、姫様」


「おう。霙」


 紬は少し不機嫌そうにぶすっと答える。


そんな紬を見て、霙は含み笑いを浮かべる。


「そういえば、この催し物は、優様を側近にさせるためのものでしたね」


「そうじゃ。これで優が優勝すれば、わらわの側近となるのじゃ」


「なるほど。さようですか」


 そこで霙は小さく口元を緩ませる。


「それでは、優様、次も激励申し上げます」


「うん。ありがとう」


 優はおにぎりを食べながら笑みを浮かべる。霙は陽姫の頭を優しく撫でた後、優雅に去っていった。


「ふん。どうも好きになれん」


 紬は腕を組んでふんと鼻を鳴らす。


「そうかな。とても優しそうで、いい人だと思うよ」


「うむ。わらわも好きだぞ」


「そうかも知れぬが、あやつはいつも何か考えておる。霙の父は戦の作戦を考えるのに優れており、娘の霙もなかなか頭の切れるやつでな。あの見透かすような目が気にくわんのだ」


「へぇ~」


 優はどんどん霙から貰ったお弁当を食べて行く。本当におしかった。




 昼食時間を終え、試合は後半戦へと入る。


優と佐祐の勢いは止まらず、苦戦することなく勝ち進んでいく。


 そしてついにベスト8まで上り詰めた。


「さすがは優じゃな。ここまでよく戦った」


 紬は満足そうな笑みを見せる。


「あと三回勝たないと優勝できないけどね。ま、何とか勝てて良かったよ」


 優はそっとトーナメント表を見る。佐祐とやるには決勝まで上がらなければならない。


「優殿」


 後ろから呼ばれ、優は振り返ると佐祐がいた。


「クジのせいで決勝までいかなくてはならなくなったが、どうか負けないでくれ」


「もちろんですよ。佐祐さんもですよ」


「うむ。決勝で待ってるぞ」


 そういって佐祐は行ってしまう。優は気合いを入れて試合に臨んだ。


 しかし、次の相手がよりにもよって……。


「ふふ。よくぞここまで勝ち上がったな、小童が」


 優の目の前にいるのは佐祐の父親のちょび髭だった。まさか、こんなおっさんが参加しているとは。


「なぜあやつが参加しておるのじゃ?」


 紬は納得いかないようだ。


 優は嘆息した。


 ちょっとやりにくいけど、負けるわけにはいかない。優は集中し始めた。


「始め!」


 審判の声と同時にちょび髭は竹刀を振り上げ、優めがけて振り落とす。優はそれを受け止める。


 そのときだ。ちょび髭はにやっと笑みを浮かべる。


「うおおりゃああああっ!」


 ちょび髭は力強く押し出し、優は後ろに吹っ飛んだ。


「うおっ!」


 優は観客席の中に倒れ込む。


「がっははははは! これごときで倒れるなど、方腹痛いわ!」


 ちょび髭は余裕のある態度で高笑いする。


「あのちょび髭! 優に何という事を……。打ち首にするぞ!」


 紬は心底憤慨し、乗り上げて乱入しようとしている。それを佐祐が懸命に止めていた。


「お兄ちゃん、大丈夫かな?」


 陽姫は心配した表情で見つめる。


「失格じゃ! あやつを追い払え!」


 紬は未だに激怒していた。


「落ち着いてください、姫様。あれも戦術の一つ、決して卑怯ではありません。それよりも、優殿が持ち堪えられなかったことの方が失態ですぞ」


「なんじゃ、佐祐は優の応援をせぬのか!」


「もちろん、私は優殿に勝ってほしいと思いますぞ。それに、姫様は優殿を過信しすぎてはいませぬか?」


 そこで紬の動きが止まり、佐祐に顔を向ける。


「どういうことじゃ?」


 佐祐はふと笑みを浮かべた。


「あれくらいで参るような優殿ではない。それよりも、優殿の本気が見られるかもしれませぬぞ」


 二人は優に目を向ける。


 優は観客から背を支えられ、ゆっくりと起き上がる。


そこには鋭く目が光り、怒りの篭った目が、佐祐の父親に向けている優の姿があった……。

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