(成川聖子編)夢を奪い去る冷酷な悪魔 2
「じゃあねー!」
「うん。また明日」
璃花と別れを告げ、大きな十字路を右に曲がる。後ろに振り返ると十字路の左側に回っていった璃花の後ろ姿が見える。
腰まで伸びる紺の髪の毛がとても綺麗になびいてる。私も髪の毛伸ばしたらあんな風になるのかな? そう思いながら自分のショートカットに切った髪の毛を触る。
まぁ、私はこの髪型が一番似合っていると思ってる。強いて、挑発に憧れているわけではない。
でも、たまにはちょっと違う自分を探してみたくなったりもする。
そんなことを一人で言いながら、茜色に染まった空を見上げた。わたあめが積もったみたいな積乱雲を見つめながら、私はスキップした。
右足首から感じる鈍痛など気にも止めずに、ただただ心向くままスキップした。
家に着くと、まだ玄関には靴がほぼなくて、みんなが帰ってきていないことを確認する。お兄ちゃんは生徒会長やってるからいつも遅くなるけど……なんか最近、生徒会にいる会計の人だったかな……その人の話ばっかりする。
あまりいい気分じゃない。お兄ちゃんも高校三年生なんだから恋ぐらいしてもおかしくないけど……。
なんか……納得できない自分がいる。
別にお兄ちゃんが誰が好きか……とかそんなのじゃなくて……、私の話よりもあの会計さんの人の話を楽しそうにするのがさみしいだけで……。はぁ……これは私の勝手な考えだから言い出せないけど……。
靴を脱ぎ捨て直す気も起きないから放置して階段を上がっていく。一段一段がやけに高い階段を登りきると一本道の廊下に出て左右と一番奥に部屋がある。私はその右の聖子と書かれた板がかかってる扉を開ける。
扉を閉めたらすぐにカバンを部屋の隅に投げ捨て、ベッドに飛び込む。ふかふかの布団のひんやりとした冷たさが心地いい。洗剤の匂いが私を落ち着けてくれる。
そうだ……シャワー浴びようと思ってたんだった……。
そう思って立ち上がろうとした時だった。
「ただいまー!!」
「あ……柚子か……」
一階の玄関から中学3年生になる我が妹が帰ってきた。
うちの一家は中学生の妹の柚子と私とお兄ちゃんと両親という五人家族。
特別金持ちという訳でもいなければ貧乏とも言わない。普通の一家だと思っている。ちょっと普通とは違うところはあるけれど……。
それなりに家族内で喧嘩は起きないし(柚子と私の喧嘩が多いような気もするけど……)どちらかと言えば兄妹での関係は良好だ。
なにより私はお兄ちゃんが好きだ!
「あれ? おねぇちゃんいるよね!!」
「いるよーー!」
下の方から大声で喋ってくる妹に向かって疲れている体からなんとか言葉を返す。
だめだ……シャワーに浴びる気力さえも削がれそう……このまま寝ちゃおうかな。
なんて私が思っているのにも関わらず、やかましい足音と共に私の部屋の扉が開けられた。今この家には私と柚子しか居ないわけで、そんな状況で部屋を開けるのは明らかに一人しかいない。
「なんなのよー」
「いや、暇だから!!」
布団に顔をうずめながらくぐもった声で文句を言う。私の憩いの時間を邪魔しに来た妹は自分のわがままのために私の部屋に来たというではないか!
なんと腹ただしい!
「出てって」
「良いじゃん! 少しぐらい」
「その少しが私の憩いなのよ!!」
「陸上で疲れるのもわかるけどさぁ……姉妹のスキンシップは必要じゃない?」
「ごもっともだけど今はその時じゃないわ」
「その時だよ」
「違います」
「だって、三日後にはおねぇちゃん大会でしょ? だからあんまりお話できないから」
「そうよ。切羽詰まってるの。だからむしろ休ませてよ! 大会が終わったら相手してあげるから」
「でもおにぃちゃんが来たら喜んでお話するんでしょ?」
「な!? しないわよ!!」
「今日の朝だってニコニコしながら元気良く話してたくせに」
「朝だからよ」
「じゃあ、今日はおにぃちゃんとお話しないの?」
「……うん」
「そっか。じゃあ今日は私がおにぃちゃん独占しちゃお」
「え!? あんた!」
「だっておにぃちゃん優しいから私が相手して欲しいって言ったらしてくれるもん」
「だからってお兄ちゃんだって生徒会で疲れてるのに!」
「でも相手してくれるもん! おねぇちゃんなんかにおにぃちゃんは渡さないんだから」
「いい度胸ね! あんたなんかがお兄ちゃんに相応しいわけないでしょ?」
「そのセリフそっくりそのままお姉ちゃんに返します!!!」
布団から顔を上げて立ち上がった私と部屋の扉の前で仁王立ちする制服姿の妹の交錯する視線に火花が散る。
私より小柄なくせに私より大きいところが気に食わないし、私と同じで走るのが得意で中学校では陸上部に入っている。
聖子二世と呼ばれているらしいけどそのことが気に食わないとよく先輩と喧嘩していると聞く問題児だ。
だが、実力は申し分なく今年受験の妹には多くの高校から推薦が来ている。
でもきっと妹は私の高校にくるだろう。私の後継のような二世ではなくて私を超えた柚子として陸上の土俵に立つために。
その時点でもうかなり対立関係にある私たちだがもう一つ大きな原因があった。
喧嘩の9割がこれだといっていい。それは……
お兄ちゃんが大好きということ。
それも家族的な感情ではない。
恋愛感情で!!!!
恋愛感情で!!!!
大事なことなので二回言いましたけど念を押してもう一回。
恋愛感情で!!!! 好きなのである。
私たちの家族で普通とは違うところ……それは兄と私たち姉妹は血が繋がっていない事だ。
私達の両親は再婚で繋がった身でその頃の父親の連れ子がお兄ちゃん。母親が私たち二人だった。そんな事情があり、年頃になってきた私は身近にいる兄に心惹かれるようになっていた。それは妹も同じようで……このような事から私達はお兄ちゃんを兄としてではなく男として意識してしまうようになった。
当の本人は自覚が無いようだけれど……。
そんなわけで疲労していると言っていた私だがお兄ちゃんを妹に独り占めされるわけにもいかないのでこうやって立ち上がったのだ。
第……何次だろうか……。
とりあえず第何次姉妹対決がここに繰り広げられようとしていた。
のだが……。
「ただいまー」
その玄関から聞こえてきた一人の男性の声に私達の意識はそちらに向く。
お兄ちゃんが帰ってきたのだ。
瞬間的に足に力がこもる。目の前の妹よりも先にお兄ちゃんのところに行く!!!
「おかえりー!」
「おかえり!!」
私達は一緒に叫んで一気に走り出す。
次の瞬間。
ヅキッ! っと右足首に走る激痛。そのまま前に倒れこむようにして私は倒れる。
その間にも柚子はお兄ちゃんの所にたどり着いたらしく「おかえりなさい」と猫なで声を上げている。
なんなのよ……。こんな時に……。
練習してる時からちょくちょく傷んでたけど……これは嫌だなぁ……。大会が近いっていうのに……。
「今日も生徒会?」
「うん。簡単な感じだったけどな」
「お疲れ様だね」
「そうほど頑張ってないよ」
キャピキャピ話しかける妹とそれに律儀に答えるお兄ちゃんの声が階段の方から聞こえてくる。
きっと階段を上がってきているんだ。
すぐにでも飛び出して話しかけたいところだけど足が痛くてまともに歩けそうにない。
跛引きながらならなんとかなるかもしれないけど……そんな姿をお兄ちゃんに見られたくないし。
足音と声が近づいてきて私の部屋の前をお兄ちゃんと柚子が通った。……あいつ! あんなにお兄ちゃんにくっついて!!
「どうしたんだ? 聖子」
「え? ううん。なんでもない」
私の部屋を通る前にお兄ちゃんが私に話しかけてきた。
柚子が飛び出して開けっ放しになってたから隠れるまでもなく見られてしまった。
私は足首から手を離して前に突き出す。
「大丈夫だから」
「そうか? 陸上頑張るのもいいけど気をつけろよ?」
そう言ってお兄ちゃんはまた自分の部屋に歩いて行った。
柚子の奴! ちゃっかり部屋までついて行ってるし!! まぁ、部屋には私も良く行くから人のこと言えないけど……(時々……というかほとんどお兄ちゃんの部屋にいた場合妹と鉢合わせになる。もちろん、そこから姉妹対決が始まる)
今すぐにでもお兄ちゃんの部屋に行って二人っきりの空間を邪魔しに行きたいけど、どうも足首の痛みは収まってくれない。
「ほんとついてないわね……」
痛む足を引きづりながらベッドに私は飛び込んだ。そのふかふかした暖かさに身を任せ、そっと瞳を閉じた。
遠くから「おにぃちゃん」という声が聞こえてくることになんども苛立ったがそれでも私は確実に眠りに落ちていった。
姉妹で兄を奪い合うなんて事俺にかけるでしょうか……?
うまく書けてませんがどうぞよろしくお願いします!