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(成川聖子編)夢を奪い去る冷酷な悪魔 1

第2章突入です。

遅くなってしまい、すいませんでした。






 その日はすっごく晴天で、コンクリートの温度はきっと目玉焼きが出来るくらい熱かったに違いない。

 陸上全国大会フルマラソン女子の部。その部門で私は指定されたコースを走っていた。

 ちょうど、今、30キロを過ぎたぐらいだと思う。受け取った水が無茶苦茶冷たくてでも飲み込んだら喉が痛くてすぐに吐き捨てた。

 太ももが重たいとか足の裏が痛いとかは思わない。

 数日前から始まった右足首の痛みなんて今は一切感じない。このままなら優勝できる!

 今まで陸上だけでなく運動部で賞を取った事の無い寺田見町第一高校。私はそこの高校に初めての賞を狙って走っていた。

 現在、二年連続優勝校福井県澄江丘高校を抜き、一位を独走している。このまま行けば優勝できる。

 体力的にもまだ余裕があるし、仮に追いつかれたとしてもまだ加速できる余地はある。今回の優勝は確実に違いない。

 35キロ地点を通過。後ろから走ってきたオートバイが私の隣に着く。でも私はそっちに見向きもしない。ただただ、走る先にある大きなゴールに向かって走る。ホントにただそれだけ。気になるものは? っと聞かれて唯一引っかかるのは数日前に時々起こった足首の痛みだけ。それが起こっていない今、私を遮るものは無い。

 あぁ……暑い。燦燦と太陽がこちらに向かって光を落としてきている。あの太陽がもし雲に隠れていたら……そう思ってしまう。でも、ないものねだりをしても仕方が無い。今日はこの天候で挑むしかないのだ。上を向けば無駄に体力を消費してしまう……だから絶対に天を仰いだりはしない!

 40キロを通過。上からスコールが降ってくる。からからに乾いた体には最高の恵みになる。冷たい滴が心地いい。

 スコールが降り注ぐという事はもう残り2キロを切った事を表している。もう、ゴールは目の前だ。

 いつも死に物狂いになって練習して見につけた体と精神。ここで絶対に花咲かせたい。みんなも私を応援してくれている。ゴールで私を待っていてくれている。この大会は今、ケーブルで生放送されているはずだから、お兄ちゃんやお母さん達が見てくれているはず。

 私はここで負けるわけにはいけない。

 ゴールである東京陸上競技場が近づいてくる。あの中のトラックを一周すればゴールだ。

 ふと、後ろを振り返る。そこにはショートカットの黒髪を激しく揺らしながら近づいてくる女子。着ているゼッケンに書かれた高校名に緊張が走る。

 【福井県立澄江丘高校】

 二年連続優勝校……私が一番恐れていた敵だ。やはりそう簡単に一位を取らしてくれるない。私は足に力を込めた。

 ペースを若干上げながら東京陸上競技場に入る。茶色のコースを踏みしめ走る。ここから残りは一周、800メートルだ。

 後ろからは着々と距離を詰めてくる澄江丘高校。このままでは追いつかれる。さらにペースを上げる。この残り距離なら中距離のペースで走ってもまだ体力は持つ。

 残り400メートル。半周を走りきった。そこで背後に近寄る足音が耳に届くほど近づいてきていた。追いつかれている!? このペースだと逃げ切れない! より一層足に力を込め、体重を前に倒す。

 残り300メートル。体が痛い。息がしにくい。体がこの速さに付いてこなくなってきている。でも、ここでペースを下げるわけにはいかない。走りきらないと!

 みんなの夢を。私の夢を! ここで成し遂げないと!


 200メートル地点通過。

 そこで……私の夢はついえた。





 七月十二日



「ぷはぁ! おいし!」

 水道水の水を大量に飲み込んでから大きく私は言い放った。

 全国大会まで後3日。最後の追い込みとして今日は一段とハードな練習メニューだった。

 3分休憩を挟んでまた10キロの走り込み。でも、楽しい。だから続けていられる。


 寺田見町第一高校の代表として私、成川(なりかわ)聖子しょうこは全国大会に出場することになった。前の県大会でダントツ一位をとったことが大きく影響してるんだと思う。

 そのことはすぐに学校中に広がり、新聞部の皆さんが思いっきり私を見出しに校内にばら撒いてくれたおかげだと思う。

 全校集会で先生に表彰されて、その時に盛大な拍手が巻き起こり、生徒会長のお兄ちゃんからの言葉も貰った。

 家族には親族を呼んでパーティーとか言って……んで、親戚のみんなが駆けつけてくれて。

 だから、私はより一層強く思った。

(絶対に全国大会で入賞する)

 最初は全国大会への推薦が来て戸惑っていた。たしかに県大会で一位にはなれたけど、全国というならもっともっと強い人たちがいる。その人たちと同じ土俵に立ち、走る。それがたまらなく怖かった。

 でも、みんなが喜んでくれる姿や応援してくれる声が私の決意を固めてくれた。それを糧に戦えばいい。私ならできると自分に言い聞かせて三日後に向かって走っている。


 3分の休憩が終わってまたグラウンドに戻っていく。さぁ、今から練習! すこしでも強くなってみせる!

 見ててね! お兄ちゃん!



 練習が終わり、まだ汗が残る頭を揺らしながら校門に向かう。太ももが若干痛い。ちょっと走りすぎたかな。

 校門を出たところに前にカバンを両手で持った女子生徒が立っていた。私を見るなり、こちらに笑いながら走ってくる。


「お疲れ様。聖子ちゃん」

「うん。いつも待たせてごめんね? 璃花りか

 私の下に走り寄ってきたのは同じクラスのたちばな 璃花りか。高校で知り合った友達で将来は有名な小説家になることを夢見てるんだとか。確かにその腕はすごい。読んでいて深く物語に吸い込まれるような傑作ばかり。学校の投稿作品展でも優秀賞をもらい、県応募でも優秀賞に選ばれている。

 ただ、彼女は右手首に先天的な神経不全症を持っていて、多々、痙攣や反応拒絶など起こることがあるらしい。でも、それでも小説を書きたいと言って震える右手で物語を綴ってる。左手は中学校時代の交通事故でほとんど力が入らなくなってしまっている。

 腕を振ったり持ち上げたりはできるが、荷物を持ったり押したりするような行為は出来ない。

 彼女は、とても強い子だった。

「ううん。あ、ちょっと考えたんだけど聖子ちゃんのことを主人公にして物語作ろうと思ってるんだけどどう?」

「どうって、私を主人公にして物語面白くなる?」

「なるなる! だからいいでしょ?」

「ならお願い。面白いの書いて私にも見せてね?」

「もちろん!」

 璃花はにっこり笑って歩き始めた。

 私も一緒に並んで歩き出す。ちょっと右足首に鈍痛が走るけど、気にしないことにした。

 私と璃花は小説の話と陸上の話で盛り上がりながら帰途を歩いた。



 



 

 

 

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