(白波さつき編)眼球を貪る真っ黒な悪魔 5
一年も更新が遅れてしまいました。
すいませんでした。
目覚める……。
と言いたくない。
色の無い世界なんて、私の過ごしてきた世界と違うから。
だから、今、目を開けて映った灰色一色の世界を夢と思いたかった。
でも、現実から夢に逃げることはできなかった。
今を夢と仮定して、目覚めるのを待ってもまた同じ光景が私を襲うと分かっていたから。
だからは、流せない涙を堪え、灰色の天井を見つめていた。
本当は白なんだろうけど、今の私には関係ない。
病院。
そこの四人部屋。
それだけは分かる。
後は理解したいと思わない。
このベットと向かいのベットを隠すようにかかる布の向こうとか、自分が置かれてる現状とか。
そんなの知りたくない。
頭を激しく振る。
ぼわぼわと何かが頭に響く。
そのぼわぼわがなんなのか。
考える気すら起こらない。
私は……もう。
死んでも良い。
この苦痛の現実から開放されたい。
だれか……私を!!
瞬間。
頭に激痛。
私は頭を抱え、ベットの上を転がる。
うめき声が病室に広がってることだろう。
迷惑だ。
私なんていなくなれば―――。
ズキッ。
「うぅーーー」
一気に殺してくれない頭を恨んで、私は激痛を堪えていた。
目を開ける。
灰色と黒に染まった世界が私を出迎える。
いつの間にか寝ていたんだ……。
体を起こす。
ふと視界を小さな机に移すと、果物がたくさん入ったかごが置かれている。
あれ……?
最初、こんなのあったっけ?
視線をその果物かごに向ける。
誰かが見舞いに来た??
誰が?? こんな私のところに??
「あの……」
「……!! 誰!?」
急に声をかけられたので大声を張り上げてしまった。
なんでこんなに切羽詰まってるんだろう。
カーテン越しから聞こえる声に耳を澄ました。
「えと……隣のベットで入院してる成川聖子です。看護婦さんに、私と同い年の子が入院してるって聞いたから……その、迷惑かな?」
控え気味で、でもきっと明るい子なんだろうって思わせる声が聞こえた。
「そんな……嬉しいです」
そう嬉しい。
私は病院に来て初めて自分でカーテンを開いた。
そこには松葉杖をついて右足にギブスをはめてる少女が立っていた。
髪の毛はきれいな毛並みの短髪で、いかにもスポーツ少女と言わんばかりの容姿。
きっと、この足の怪我もスポーツをしてて怪我したんだろう。
とか、勝手に自分で思ってみる。
そういえば、成川って名乗ってたなぁ。
もしかして……。
この期になってやっと聞きたい……と思えた。
「あの……お兄さんがいらっしゃるとかありませんか?」
「私?」
「うん」
「いるよ! 高校三年生のお兄ちゃん!」
やっぱり!! きっと成川先輩の妹さんだ!
前に先輩が妹がマラソンの全国大会に出場することが決まったんだって嬉しそうに私に言っていたことを思い出す。思い出して……そして、あの生徒会室の事も。
私は、先輩を拒否したんだ。罪悪感に似た波が胸の中に押し寄せる。私に拒否する資格なんてなかったんだ。先輩と一緒に歩く資格もなければ断る資格もない。どうすればいいの? 私はどうすればいい??
……そうだ……。私なんていなければ……。
「え!? ちょっと!? 大丈夫!?」
「え?」
聖子さんは声を上げて戸惑い始めた。なにが大丈夫か心配なのだろう。
確かに視界はすべて灰色だし、でもそのことについて聖子さんに話していないのだからそのことについての大丈夫じゃない。
いったい何に対して……。
「目から血出てるわよ!?」
「あ……。いつものことよ」
血……か。
布団の中で激痛の度に目から血を流していたんだ。もう別に驚いたりしない。いきなり血の涙が流れようと激痛が走ろうと「またか……」の一言で終わらせれる。
少しでも強くなったってことかな。
なんて皮肉を言ってみる。
「目の病気?」
「わからないわ。三日ぐらい前から始まったことだし……っ痛!」
また眼に激痛が走る。いつものこと……のはずなのに。なんだろう、何かが違う。
心臓の心拍数はいつも三倍くらいの速さ。口から心臓が出てきそうな。
椅子の上にある私の来ている白衣の太ももの部分に灰色の液体が落ちる。きっと、目から流れた血だ。
激痛が走る左目を左手で抑える。だめ、一番で一番大きな……。
ガタン!
椅子から崩れるように床に倒れこむ。
「ちょっと!!」
がたがたと立ち上がる音がしてピーというモスキートーンのような甲高い音が走る。
ナースコールをした時に発せられる電波の音だ。
きっと聖子さんが呼んでくれたんだ。
でも、無理……。
「ねぇ!! しっかりしてよ!!」
意識は遠のいていった。
暗い。
暗いよ……。助けて、だれか助けて!
私は悲痛の叫びをあげている。そんな気がする。
なんで? 私は生きている意味なんてなかったじゃない。
なんで生きたいの願うの?
先輩を拒否し、最後には生きることにすら拒否した。
死んだっていいじゃないか。
死んだって……。
「白波!! 死ぬな!!!!」
聞き覚えのある言葉が聞こえた。
成川先輩だ。私の傍らで呼んでいる。
私はあなたを否定した。拒否したのにどうしてここにいるの?
私に死ぬなと言ってくれるの? 私は生きていていいの?
声が出ているのかな? よくわからないや。
もう、死ぬのかな? 私。
意外と落ち着いているものだね。死を感じる人はもっと焦るものだと思ってたのに。
「死ぬな!!!」
聞こえる。先輩の声が。
先輩。大好きな先輩。
私を認め、好意を持ってくれて、私が初めて好きになれた人。
でもそれもここで終わり。ううん――もっと昔に終わっていたんだ。さよならって言うまでもない。私にはそんな資格はない。
すべての物を拒否してすべての物を剥奪された私はきっともっともっと暗い意識に落ちて本当に全てを失くす。
失くすのならば……ふと、頭に浮かんだ。
失くすのならばすべてを無視して私が今言いたくて今やりたいことをすればいいんじゃないか?
死ぬという終りが目の前に迫っているのならもう、何もかもを曝け出して良いんじゃないだろうか。
先輩……。
「目を開けてくれ!!」
先輩。
私の大好きな――先輩。
今、告げます。資格も覚悟もすべてを無視して私はあなたに伝えます。
きっと届かないだろうけど、それでもこの言葉が伝わってほしいと思いながら、告げます。
――先輩
私は生徒会に入って、ずっとあなたを見続けていました。
私はあなたに憧れていました。
みんなの前に堂々と立って、自分の考えを大きく主張するあなたに……。
私は、先輩のことが……。
――大好き
あぁ、言えた。
なんて気持ちいいんだろう。なにかが外れたみたいに体が軽くなる。
私は……私は……。
この言葉が、先輩……あなたに届けばいいな……。
END