目覚めたら(自称)最凶モブでした。
「——ミスティ様!ミスティ・グレイフォード様!!」
突然の大声で私は飛び起きた。見慣れない豪華な天蓋ベッド。目の前には眉を下げ心配顔をしているメイド服を着た女性。
(……え?)
混乱する頭に、断片的な記憶が蘇る。29歳OL生活に疲れ果てた帰り道、信号無視した車に跳ねられ激しい衝撃を受けた。そして意識を取り戻せばここだ。
(は?ミスティ?グレイフォード?伯爵令嬢?)
その名前に脳裏を貫く衝撃があった。数日前までハマっていたスマホアプリ『花冠のプリンス』略して花プリの悪役令嬢と同じ名前だ。あのゲームは王子や騎士たちを巡る恋愛シミュレーションで、私はいつも優しくて頼れる第二王子ルートばかり選んでいた。
だが悪役令嬢として登場していたミスティは違う。彼女は主人公をいじめ抜き、最終的には処刑される悲惨な運命を持つ『最凶のモブ』だ。…と私は勝手に呼んでいる。
(いや待って待って!?私今、その死ぬ直前の悪役令嬢になってる!?)
状況を整理しようと手を額に当てると、指先が冷たく濡れた感触に触れた。鏡を見る。肩までの白銀の髪、猫のように鋭い碧眼、鼻筋の通った美貌——紛れもなく悪役令嬢ミスティその人だった。
「わ、私…どうして…。」
「お嬢様はつい先ほどお倒れになりまして…。」
心配そうな顔をしている侍女がミスティの体調を気遣うように言った。余程心配をしていたのだろうか、目尻には薄らと涙のようなものが見えた。
そういえばミスティは主人公に対しては辛辣だったが、侍女や執事自分の周りの人にはとても優しかったことを思い出した。
「私はもう大丈夫、心配してくれてありがとう。」
(…なるほど。倒れて寝込んでいたところに前世の私が魂がインしたパターンか。)
ふう、と私は深呼吸した。落ち着け、処刑ルートだけは回避しなければ。しかし問題は山積みだ、このミスティは高慢で狡猾、何よりオルフェウス殿下、この国の第一王子の婚約者なのだ。
(確かその婚約も身を滅ぼしてたわよね…まずは婚約破棄をしなきゃ…。)
「あの、ミスティ様。なにかお考え中のところ申し訳ございませんが、オルフェウス殿下との婚約、破棄されたことご存知ですか?」
「……は?」
婚約破棄なんてゲームでもそんなイベントなかったはずよ…!
翌日、王宮のホールへ続く廊下。上品な大理石の床が私のドレスの裾を映す。周りから囁き声が聞こえた。
「あれが“氷の薔薇”ミスティ様よ。」
「噂ではオルフェウス様に公然と侮辱されたとか。」
「もう社交界でやっていけないでしょうね。」
(全部聞こえてますよー。)
私は胸元のピンクダイヤを握りしめた。どうやらゲーム開始時点で既に失脚寸前らしい。しかも肝心のヒロイン、つまり本来の主人公の姿がない。
「そこの平民上がりの令嬢様。」
背後から低い声が聞こえた。振り返ると、長身の青年が壁にもたれていた。青白い肌に漆黒の髪、氷のような蒼瞳——このゲームの悪役令息であるクライヴ・フォーゲルだ。
(クライヴは見た目で人気がある割に攻略対象じゃないのよね。)
公式設定によれば彼は“絶対零度の魔術師”。心を開かない孤高の天才で、本来ならヒロインと攻略対象の邪魔をしてくるキャラだったはず…今すぐ逃げようと思い立った私の行動は早かった。
「ご機嫌ようフォーゲル様、急いでおりますので失礼致します。」
綺麗なカーテシーをして立ち去ろうとしたが、腕を掴まれた。
「待て。お前、昨日までと別人だろう?」
「ど、どういう意味です……?」
「香水が変わった。以前のお前はバラの香りが強すぎた。だが今のそれは——薔薇の棘を落としたような柔らかい匂いだ。」
(いやわんちゃんかよ!)
クライヴは距離を詰めてくる。至近距離で見つめる蒼瞳はまるで氷河にのまれているようで、逃げ場をいくら探してもみつからなかった。
「正直に話せ。お前は何者だ、本当にミスティ・グレイフォードなのか?」
なぜだか声が掠れている。怒ってるのか興味があるのか判断つかず、私は悩んだ。
(どうしよう…嘘ついたとしてもいつかボロが出る。)
「場所を変えましょう。ここは人が多すぎます。」
人気の少ない場所に移動した私は、クライヴに正直に話す事にした。
「私は…こことは違う別の世界で死にました。そして目が覚めたらここに。」
「……。」
彼からの返答は沈黙だった。思わず閉じた瞼を開けると、彼の唇がわずかに笑っている。
「そうか。では証拠を見せてもらおう。」
「は?」
「今日一日お前と過ごす事にする。俺は日々ミスティ嬢に苛立ちを覚えていてな。もしお前の言うことが本当なら俺は今日一日お前に苛立たされないだろう?」
「当たり前じゃないですか!私はもう誰も傷つけませんし苛立たせたりしません。」
内心をいうとクライヴにゲーム通りの暴言吐いたら即処刑ルート、ということは黙っておこう。
するとクライヴがふと目を細めた。
「誰も傷つけない、か。意外だな…。」
その瞬間、広間にざわめきが走る。私たちは急いでホールへと戻って行った。
皆が奥の扉を見ていた。煌びやかな王族の一団。中心にいるのは——美しい金髪の少年。
(オルフェウス殿下……!?)
婚約者王子。周囲の令嬢達が黄色い声を上げる中、彼の視線が一瞬だけ私に止まった瞬間周りがざわつき始めた。
「……行くぞ。」
クライヴが不自然に手を引いた。
「えっ!?」
「彼が君を見るのは珍しい光景じゃない、今までの婚約者という立場だとな。だが今は違うのだろう。」
クライヴが小声で耳打ちする。彼なりの気遣いだったようで、なぜだか私の旨がドキリと高なった。
「それより、明日の放課後西の書庫へ来い。話したいことがある」
言うなり彼は踵を返した。私は呆然と背中を見送る。まるで嵐が去ったような静寂の中、胸の中で小さな火種が灯った気がした。
(この人…悪役令息なんて言われてたけどそこまで悪役じゃないのかもしれない。)
処刑ルート回避だけを考えていたのに。いつの間にか、私の思考は別の方向に舵を切っていた。




