黒影の門番
球体は、薄くなっていた。
黒い影は、もはや塊ではない。
渦は緩み、輪郭は崩れかけている。
削れている。
確実に。
だが。
攻撃は、止まらない。
――閃光。
放射。
防御。
ヒナタが受ける。
ステラの壁が展開される。
セレネの治癒が追いつく。
止む。
攻撃。
一閃。
術式。
影が、さらに薄れる。
繰り返し。
単調。
だが、終わりが近いことは、全員が感じていた。
そのとき。
黒影が、急に収縮した。
渦が、内側へと巻き込まれる。
球体の中心。
光。
今までより、はっきりとした輝き。
「……まずい!」
誰の声だったかは分からない。
次の瞬間。
――閃光。
今までとは、違う。
太い。
重い。
空間ごと、叩き潰すような一撃。
ヒナタが、即座に防御姿勢を取る。
踏み込み、剣を前に。
ステラの壁が、前面に展開される。
だが。
耐えている。
――耐えているが。
亀裂。
光の壁に、ひびが走る。
次の瞬間。
砕けた。
防御が、崩れる。
閃光が、抜ける。
ステラ。
セレネ。
二人を、直撃。
「――っ!」
弾き飛ばされる感覚。
視界が、一瞬白く染まる。
ヒナタの防御も、完全ではない。
衝撃が、腕を抜ける。
だが。
立っている。
ミドは、そこにいた。
閃光の中心から、わずかに外れた位置。
致命的な衝撃は、受けていない。
光が、消える。
音もなく。
黒影の球体が、あった場所。
そこには。
霧。
黒い霧が、静かに漂っているだけだった。
凝縮は、解けている。
形は、もうない。
倒れたわけでも。
破壊されたわけでもない。
ただ。
消えた。
戦場が、静まり返る。
まだ、誰も動かない。
終わったのか。
それとも。
次が、来るのか。
誰も、断言できなかった。
ただ。
黒影の球体は。
そこには、もう存在していなかった。
黒い霧が、静かに散っていく。
球体があった場所には、何も残っていなかった。
影も、光も。
ただ、冷えた空気だけが漂っている。
「……終わりましたね」
セレネが、小さく息を吐いた。
「一旦、治癒を」
淡い光が、四人を包む。
削られていた感覚が、ゆっくりと引いていく。
誰も座り込まない。
だが、すぐに動き出すこともしなかった。
数呼吸分の、短い休止。
「……致命傷には、なってねぇな」
ヒナタが、肩を回しながら言う。
「はい」
セレネが頷く。
「消耗はありますが」
「まだ、動けます」
ステラも、周囲を一度だけ確認する。
「今のところ、問題ありません」
ミドは、黒影が消えた床を一度見てから、視線を前へ戻した。
「……行きましょう」
誰も、異論はなかった。
球体が塞いでいた通路を抜ける。
その先は、再び廊下だった。
広く、長い。
天井は高く、壁の輪郭がぼやけている。
進む。
途中、階段が現れる。
上へ。
一段。
また一段。
どれくらい登ったのか。
正確な数は、分からない。
ただ。
呼吸が、少しだけ重くなっている。
足に、微かな疲労が残っている。
時間は、確実に経っていた。
階段を上りきると、再び廊下。
そして――
――来る。
空気が、わずかに揺れた。
黒影の獣。
数体。
ヒナタが前に出る。
一閃。
ステラの術式。
セレネの支援。
戦いは、短い。
だが、何度も繰り返される。
進む。
また、階段。
また、廊下。
どれくらい経ったのか。
昼か、夜か。
外の時間は、もう分からない。
ただ。
「まだ、奥がある」
それだけは、はっきりしていた。
やがて。
空間が、開ける。
これまでより、明らかに広い。
天井も、高い。
その中央。
――立っていた。
ケンタウロス。
人の上半身。
獣の下半身。
全身を覆う、黒い影。
手には、長い槍。
床に突き立てられ、動いていない。
だが。
“待っている”。
通すか、退かせるか。
それだけは、分かった。
四人の足が、自然と止まる。
言葉は、出ない。
ここが。
次の境目だと。
誰もが、理解していた。




