夜の一閃
夕方のギルド。
外はまだ明るいが、窓から差す光は低い。
酒の匂いが混じり始める時間帯。
ヒナタは、受け取った報酬袋を軽く振った。
「……悪くないな」
銀貨の音。
宿舎へ戻るつもりで、踵を返す。
「待ってくれ」
背中に、声。
振り向くと、数人の冒険者が立っていた。
装備は整っている。
だが、どこか慎重な距離感。
「廃墟の件も、水の壁も……谷の話もだ」
言葉を選ぶように、一人が続ける。
「お前ら、最近よく名前を聞く」
ヒナタは肩をすくめた。
「たまたまだ」
「その“たまたま”の続きだ」
男が言う。
「鳥だ」
「……二羽いる」
ステラが、視線を上げる。
「二羽、ですか」
「ああ」
「魔王城へ向かうルートがあるだろ」
「遠回りの道と、廃墟を抜ける道」
「その先で、合流する」
セレネが、息を呑む。
「……要所、ですね」
「そうだ」
「近づくと、二羽で来る」
別の男が言葉を継ぐ。
「片方を削ると、もう片方が庇う」
「逃げると、追ってくる」
「倒しきれないと、再生する」
短い説明。
それだけで、厄介さが分かる。
「今は、走り抜けるのが主流だ」
「だが、そのたびに削られる」
「積もれば、無視できない」
ヒナタが、軽く舌打ちする。
「……嫌な場所だな」
「だろ」
男が苦く笑う。
「廃墟が通れるようになったのは助かった」
「だが、あそこを越えるたびに消耗する」
「倒せれば、かなり楽になる」
一瞬の沈黙。
ヒナタは、仲間を見る。
ミド。
ステラ。
セレネ。
誰も口を開かない。
「最近、難度を落としてた」
ヒナタが言う。
「だから、ちょうどいい」
男が目を細める。
「……やるか」
「最悪、逃げりゃいい」
軽い口調。
「逃げ道は分かってる」
セレネが、小さく頷く。
「準備ができていれば、対応はできます」
ステラも、すでに考えている顔だった。
「明日だな」
ヒナタが言う。
「今日は遅い」
「朝から行く」
男が、ほっと息を吐いた。
「……頼む」
ヒナタは、もう背を向けている。
「期待すんな」
「できることを、やるだけだ」
ギルドを出る。
夕暮れ。
空の色が、少しだけ濃くなっていた。
宿舎。
遅めの夕食。
湯気の立つ皿。
木の食器が、静かに鳴る。
セレネが、少し迷うように口を開いた。
「……魔王城の攻略組でも」
「逃げるだけ、って相手なんですよね」
箸が止まる。
「大丈夫、でしょうか」
ヒナタは、少しだけ考えてから言った。
「大丈夫だ」
即答。
「俺たちは、強くなってる」
セレネを見る。
「思ってるより、な」
間。
「最悪、逃げればいい」
軽い言い方。
「逃げられる距離と判断力があれば、それで十分だ」
セレネは、少しだけ肩の力を抜いた。
「……はい」
ステラは何も言わない。
ミドも、黙って食事を続けている。
「とにかく」
ヒナタが言う。
「明日に備えるぞ」
それで、話は終わった。
夜。
宿舎の外。
月明かり。
地面に、二つの影。
ヒナタが、剣を持ったまま言う。
「ミド」
視線が向く。
「一回、俺に向けてやってみろ」
軽い調子。
「いつものやつでいい」
「……いいんですか」
「いいって」
手を振る。
「大丈夫だ」
だが。
剣を構えた瞬間。
空気が、変わる。
遊びじゃない。
ヒナタの立ち姿が、戦闘のそれになる。
ミドも、自然に息を整える。
間。
踏み込み。
一閃。
低く、横に。
風を切る音。
――当たった。
金属が、触れる感触。
ヒナタの目が、わずかに見開かれる。
すぐに距離を取る。
「……」
沈黙。
ヒナタが、ゆっくり口を開いた。
「……ダメージは、ねぇな」
剣を下ろす。
「レベル1だ」
それから。
小さく息を吐いた。
「だが」
ミドを見る。
「避けるつもりだった」
一拍。
「当たるとは、思ってなかった」
ミドは、何も言えない。
ヒナタが、少しだけ笑う。
「やっぱりな」
「センスある」
軽く肩を鳴らす。
「レベル1でも、だ」
夜風が吹く。
月は、静かに照らしている。
明日の戦いを。
誰よりも先に、見ているみたいに。




