四人、揃う
扉に手をかけて、ヒナタは足を止めた。
舌打ちをひとつ。
「……まだ二人か」
しばらくそのまま立って、
それから、ゆっくり踵を返した。
受付の横。
書類の山に埋もれるように、ひとりの女の子が座っていた。
呼ばれるたびに立ち上がって、すぐまた席に戻る。
「セレネ」
彼女は顔を上げる。
「あ……ヒナタさん」
柔らかい声。
ヒナタが顎で示す。
「空いてるだろ」
セレネは少し困ったように笑った。
「……私、回復しかできませんよ?」
「十分だろ」
それから、セレネはミドを見る。
「……ああ」
少しだけ考えてから、
「いつも測定、来てますよね」
ただ、それだけ言った。
笑わない。
驚かない。
それだけで、少し救われた気がした。
掲示板の前で、ヒナタは腕を組んだ。
「……あと一人か」
紙を睨みつけたまま、舌打ちする。
四人登録必須。
三人じゃ、入口にも立てない。
「そんな都合よく、もう一人なんて……」
セレネが苦笑した。
「なかなかいませんよ」
「だよなぁ……」
ヒナタは頭を掻く。
「あの」
ミドが小さく手を挙げる。
「測定、ほとんど義務なのに……来てない人、いましたよね」
二人が同時にこちらを見る。
「……測定、受けてない人?」
「はい」
「……あー」
セレネが思い出したように頷いた。
「います、います」
「いるのかよ」
「ほとんどギルド来なくて……前に一回だけ見たんですけど」
「……ちょっと、変わった人だったような……」
「変でも何でもいい」
ヒナタは即答した。
「数がいりゃいい」
「たぶん、魔法使いだった気がします」
「十分だろ、どこにいるんだ?」
「町の外れです。森に入る手前に小屋がひとつあって……そこに住んでるって」
ヒナタはすぐにギルドの扉のへ向かう。
「行くぞ」
「え、私もですか?」
セレネは帳簿を抱え直す。
「今日は当番なので……」
「じゃあ二人で行く」
当然みたいに言われて、ミドは少しだけ目を瞬かせた。
「……はい」
ギルドの扉へ向かう。
背後で、セレネの声。
「でも……悪い人では、ないと思います」
振り返ると、少しだけ笑っていた。
ヒナタは軽く手を振った。
扉が軋む。
昼の光が差し込む。
町のざわめきが、外で待っていた。
町の端は、思ったより静かだった。
石畳が途切れて、土の道になる。
家もまばらで、風の音のほうが大きい。
「こんなとこに、ほんとにいるのかよ……」
ヒナタが眉をひそめる。
森に入る手前。
草に半分埋もれるみたいに、小屋が建っていた。
板を打ち付けただけの、掘っ立て小屋。
屋根も少し歪んでいる。
人が住んでいる、というより。
置いてある、という感じだった。
「……ここ、ですよね」
ミドが紙に書かれた簡単な地図を見る。
「らしいな」
ヒナタは小屋の前まで歩く。
「おーい。誰かいるかー」
返事はない。
「いねーのか?」
もう一度。
やっぱり返事はない。
ヒナタはため息をついて、扉に手をかけた。
「入るぞー」
ぎい、と音が鳴る。
中は薄暗かった。
本。
とにかく、本。
床にも、机にも、棚にも。
山積みになっている。
紙の匂いと、ほこりの匂い。
何年も動いていない空気。
奥のほうで、小さな影が動いた。
椅子に座って、本を開いたまま。
ぶつぶつ何かを呟いている。
「……円環、相反、でも……どちらにも属さない系統が一つ……おかしい……理論が閉じない……」
女の子だった。
短い髪。
細い肩。
服の裾にインクの染み。
こちらに気づいていない。
ヒナタが一歩踏み出した瞬間。
「うわっ!?」
顔を上げた。
「だ、誰ですか!?」
本を胸に抱きしめる。
「勝手に入ってこないでください!」
「悪い悪い」
まったく悪びれず、ヒナタが言う。
「お前、魔法使いだろ」
「……そうですけど」
「俺たちとパーティ組め」
「は?」
即答だった。
「興味ありません」
「即答かよ!」
「研究が忙しいので」
「ヒナタさん、急すぎますって……」
ミドが小声で止める。
その時。
女の子の視線が、ゆっくりこちらに動いた。
そして。
ぴたりと止まる。
「……あ」
目が、少しだけ大きくなる。
「……あの」
椅子から立ち上がる。
「もしかして……」
一歩、近づいてきて。
「ギルドで、いつも測定してる人……ですよね?」
「……はい」
「レベル、上がらない人」
言い切られて、ミドは苦笑した。
「そう、ですね」
次の瞬間。
ステラの目が、急に輝いた。
「本物だ……」
「え?」
「ずっと気になってたんです!」
本を机に置いて、早口になる。
「経験値の積み上げがないなんて、理論上ありえないんですよ!」
「どうやったらそんな状態になるんですか!? 体質!? 呪い!? 構造欠損!?」
「それはこっちが聞きたい……」
ヒナタが吹き出した。
「ほらな」
肩をすくめる。
「お前、こいつ気になるだろ」
「……はい」
即答だった。
「めちゃくちゃ興味あります」
「なら来い」
「行きます」
今度も即答だった。
ミドは目を瞬かせる。
「……いいんですか?」
「研究対象が動き回るなら、追いかけるのが当然です」
真顔だった。
ヒナタが笑う。
「決まりだな」
小屋の外に出る。
空が少しだけ赤くなり始めていた。
これで、四人。
たった一人増えただけなのに。
世界が、少しだけ動き出した気がした。




