廃墟の依頼
ギルドは、ほどよく混んでいた。
椅子が埋まりきらない程度。
依頼票の前に、数人の背中。
ヒナタが掲示板を見る。
紙を何枚か流す。
森の外縁。
街道警備。
群れの間引き。
見慣れた依頼。
その中に。
少しだけ、色の違う紙。
端が折れている。
貼られたまま、長い。
旧街道中間地点。
廃墟地帯の調査・討伐。
難度:不明。
備考。
――複数パーティ撤退。
ヒナタの指が止まった。
「……撤退?」
横から、声。
「そこ、やめといた方がいいぞ」
振り向く。
四人。
鎧も武器も、使い込まれている。
手入れの跡だけが残っていた。
「俺らも行った」
「ダメだ、あれ」
「硬い?」
ヒナタ。
「いや」
男が首を振る。
「そもそも、通らん」
「斬っても、刺しても、手応えゼロ」
「で?」
「無理だと思って引いた」
あっさり。
恥でもなんでもない、という言い方。
「全滅するよりマシだしな」
ヒナタが小さく鼻で笑う。
「賢い」
「だろ?」
軽く手を上げて、そのパーティは去っていった。
掲示板に視線を戻す。
撤退。
つまり。
逃げられる。
ヒナタが、紙を剥がした。
「やるぞ」
「……いいんですか?」
セレネ。
「全滅はしてねぇ」
「逃げれてるってことは、最悪引ける」
それだけ。
「なら、様子は見れる」
ステラが小さく頷く。
「情報不足ですが」
「観測価値は高いです」
ミドも、黙って頷いた。
依頼票を受付に置く。
印が押される。
それで決まりだった。
ギルドを出る前。
ヒナタが立ち止まった。
「一応、決めとくぞ」
短い声。
「無理だと思ったら、即引く」
「深追いしねぇ」
「セレネが合図出したら撤退」
セレネが小さく頷く。
「はい。光、三回で」
「私は足止めします」
ステラ。
「……俺が前で受ける」
自然に、形が決まる。
いつも通り。
「ミドは」
一瞬だけ視線が向く。
「見てろ」
「お前が一番、気づく」
「……はい」
それで、伝わった。
四人はギルドを出た。
森へ続く道。
石畳が土に変わる。
足音だけが、一定の間隔で続く。
ふと。
ギルドで会った四人を思い出す。
同じ種類の剣。
似た装備。
誰が前に出ても、穴が開かない。
誰が下がっても、形が崩れない。
今の主流。
万能四枚。
――あいつらでも、撤退。
ヒナタが小さく息を吐いた。
「……普通なら、無理だな」
少しだけ間。
「……ま、でも」
前を見る。
「噛み合えばいけるか……」
独り言みたいな声。
ミドは、少しだけ笑った。
森に入る。
光が減る。
湿った空気が肌にまとわりつく。
すぐに気配。
「左」
ステラ。
茂みが揺れる。
ヒナタが踏み込む。
一閃。
短い。
セレネの補助が重なる。
動きが軽い。
ステラの術が走る。
獣が弾ける。
終わり。
あっけない。
もう、慌てない。
役割が自然に回る。
また一体。
同じ。
斬る。
撃つ。
崩す。
数秒。
「……安定してますね」
セレネが小さく言う。
「慣れただけだ」
ヒナタが返す。
でも。
少し違う。
前より、速い。
前より、無駄がない。
奥へ。
さらに奥へ。
木が太くなる。
光が、届かない。
鳥の声が、減る。
風が、弱い。
足音だけが、やけに響く。
「……静かですね」
セレネの声が、やけに遠く感じた。
返事はない。
匂いが変わる。
土と、苔と。
それに混じって。
古い石の匂い。
人のいなくなった匂い。
木々の隙間。
遠く。
灰色の何かが、ちらりと見えた。
崩れた壁。
石の影。
人工物。
森の色と、明らかに違う。
足が、自然に遅くなる。
誰も何も言わない。
音が、ない。
獣の気配も。
虫の声も。
森じゃないみたいだった。
ただ。
何かが、いる。
そんな気配だけが、残っていた。
ヒナタが、低く言う。
「……近いな」
その一言だけが、重く落ちた。
四人は、言葉を交わさないまま。
さらに奥へ進んだ。
石の影が、少しずつ大きくなっていく。
まだ。
全貌は、見えない。
ただ。
空気だけが、確実に変わっていた。




