経膣プローブでセルフ検査をする女医の妊娠報告
「妊娠したの?……私が?」
プローブを持つ手がわずかに震えた。
これまで、子どもは出来ないか出来にくいと言われてきた。
モニターに映し出された小さな命、ピコピコ、と規則正しく点滅する心拍。週数にしてまだ七周から八週といったところだろうか。形はまだオタマジャクシのようだが、確かにそこには、自分の体内で育ち始めた新しい生命があった。
産婦人科医として、幾度となくこの光景を見てきた。
希望に満ちた瞳も、不安に揺れる表情も。そして流産を経験した後の涙も、新しい命の誕生に立ち会った時の感動も、すべて知っているつもりだった。
だが、それが自分自身の体の中で起こっている現実として突きつけられると、まるで別次元の出来事のように感じられた。
戸惑いと驚き、そして信じがたいという気持ち。それらがごちゃ混ぜになって、胸の奥で渦巻く。
仕事のスケジュールを増やしたばかりだというのに、妊娠できないのならばと、半ば諦めにも似た気持ちでキャリアを積む方に舵を切った矢先だった。
こんなドラマみたいな展開が自分が経験するとは思っていなかったのが正直なところ。
頭の中で、これまでの性生活が駆け巡る。
確かに避妊はしていなかった。いつ授かっても構わないという覚悟は口では言っていたが、心のどこかで「どうせ無理だろう」と高を括っていた部分があったのかもしれない。
産婦人科医師でありながら生理不順もひどく、ピルで何とか調整していた日々であり、妊娠しにくい体質という他者からの診断もどこか納得している自分がいた。
これだけ長い間、毎週のように夫と肌を重ねて、一度も着床しなかった事実がある。そのタイミングが今だということに、何かを感じられずにはいられなかった。仕事を増やした途端に体の仕組みというのは、本当に皮肉であり、そして神秘的だ。
「和人くんに、なんて言おう……」
一人、静まり返った診察室で呟く。喜びと不安が入り混じった感情を、どう表現すればいいのだろうか。彼はきっと喜んでくれるだろうが、妊娠しにくい体質だと覚悟していたはずだ。
予想外の妊娠に、どんな反応をするだろうかと、密かに楽しみでもあった。
その夜家に帰ると、和人が夕食の準備をしていた。エプロン姿の彼が、キッチンに立つ姿はいつもの光景だ。温かい香りが漂い、一瞬現実を忘れさせるような感覚に陥る。
「今日は遅かったね。お疲れ様」
ゆったりとした気持ちで子作りを続けていたが、これまではいつ妊娠しても良いようにスケジュールを組んでいた。しかし、なかなか授からない焦りから、妊娠しないのならと仕事を増やした優香は、その心労もあってか今日はかなり疲労していた
そんな様子を見て、和人は少し首を傾げた。
「どうした?顔色悪けど」
「そうかな」
慌てて顔を触る。和人が優香の小さな変化に気づくのはいつものことだったが、きっとまだ動揺が隠せていなかったのだろう。
夫婦ともに医師であり生活のすれ違いが多くはあったが、一緒にいられる際には互いを求めあり体を重ねてきた関係であり、それなりに互いのことは理解しているつもりである。
「今日はちょっと疲れただけ。最後、飛び込みの患者さんが入ってバタバタしちゃって」
「大丈夫だったの?」
「なんかね、旅行で近くに宿泊してたらしいんだけど出血が起きて、お腹の張りが強いから念のために診察して欲しいって……そんな感じだったの」
無理に笑顔を作って見せる。今、すぐに伝えるべきなのか、それとも、もう少し落ち着いてから言葉だろうか。状況を選んでいるうちに、和人が優香の傍に来て額に手を当てた。
「やっぱり、少し熱いな。無理しすぎだよ。早く夕飯、食べちゃおうね」
こんなにも大切に思ってくれる人がいる。この人の子どもを今、自分の体の中に授かっていることが不思議でたまらなかった。
「あのね、和人くん?話があるの」
意を決して優香は口を開くと、和人が心配そうに優香の顔を見つめている。
食卓につき、温かいスープを一口飲む。その味はいつもと変わらないはずなのに、なぜかひどく甘く感じられた。
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