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子孫との交わり

 突然現れた武士の一人は立派な体格をしており、傷を負った武士を背負せおっていた。この二人は身なりからして高い身分の武士であると思われた。もう一人は身分の低い雑兵ぞうひょうであろうか。


「この小屋を使わせもらうぞ」


 怪我人を背負った武士が威圧的な口調で言った。武盛は放心状態になっており、答えたのは久杜であった。


「何事ですか」


「この先で殿が手傷を負ったので手当てをしたい」


「なんと! こちらへ」


 久杜が手引きして殿と呼ばれた男を、囲炉裏のかたわらへうつせに寝かせた。

 上半身の着物を脱がすと、右の肩口から背中の中央にかけ一直線に、鋭い刃物で切られた傷を負っていた。心臓の鼓動こどうに合わせて傷口の断面から血がにじみ、流れ落ちる状態だった。

 2人の侍はどうしてよいか解らず右往左往うおうさおうしていたので、久杜が怪我けが人を背負って来た武士に指示を出した。


「お侍さん、傷口の両脇に手を置き、傷をふさぐように両側からはさんで下さい」


「こ、これでよいか」


「あまり力を入れ過ぎて傷口が盛り上がらないように」


 そう言うと久杜は2つのおけに水を注ぎ、手に囲炉裏の灰を一掴ひとつかみ取り、桶の水を少し加えて泥のように練って、丁寧ていねいに手を洗い出した。それから心配そうに見つめる、もう一人の侍に問いかけた。


「そちらのお侍さんは縄をえますか」


「ああ、縄を綯うのは得手えてだ」


「では、私と同じように手を洗ってください。爪の間まで綺麗きれいにして下さい」


 久杜は手についた灰を一つ目の水桶で洗い落とし、さらに2つ目の水桶ですすいだ。手洗いが終わると負傷した侍から脱がした衣類の中から、汚れの無い絹の布を取り上げた。その布をほどいて長さ1尺(30cm)ほどの糸を取り出し始めた。

 糸の一本を取り上げ、両端を持って引いてみた。布を織る細い糸なので少しの力で切れた。次は4本まとめて引き、また次は6本まとめて引いてみた。

 手を洗い終えた侍に次の指示を与えた。


「この糸を6本合わせて縄を綯う要領で丈夫な糸を作ってください」


「何本あればよいのだ」


「20本ほど作ってください」


 ある程度の糸を取り出した久杜は、糸をあざなう作業をその侍に任せて、先ほど使った鯉釣り用の釣り針を持ち出した。その針をまな板の上に置いてあった鯉の腹に刺し、腹の中をくぐらせ、少し離れたところから抜こうと試みた。何度か試みて、針を潜らせる場所をつまみながら針を通すと、思い通りにできた。


 釣り針と手を綺麗に洗った後、出来上がった糸を1本釣り針に結び付けた。そして湯が沸き盛る鍋の中に入れると、時を置かず竹箸を使って取り出した。


「では、傷口を縫合ほうごうします」


 そう言って寝かされている侍の傷口の脇に、久杜が釣り針を刺そうとした瞬間、傷を押さえていた侍があわててさけんだ。


「待て、殿に何をする」


「これほど大きな傷口を塞ぐには、この手立てしかありませぬ」


「そんな事をして傷が治るのか」


「治る見込みは半々ですが、何もせねば明日の夜は来ぬかと」


 この侍は、密かに『殿のこの傷では助かるまい』と半ばあきらめていたので、どうすべきか迷った。

 その時傷を負った殿と呼ばれる武士が、


「かげなり、任せてみよ」


 と、細い声で言葉を発した。

 傷を負った当の本人も傷の大きさを感じており、もはやこれまでかと言う覚悟と、まだ死にたくないという願いが交差していた。助かる見込みが半々と言うなら、その半分に望みをたくそうと考えたのだ。

 一旦は制止した侍だったが、武盛を見て小さくうなずいた。


 久杜は釣り針を傷の脇から刺して、傷口の下をくぐらせて反対の脇から抜いた。小刀で糸と針を切り離し、傷口合わせるように糸を結ぶと、余分な糸を切り取った。傷の痛みにより釣り針を刺された痛みは許容できたようであった。この作業を半刻(約1時間)続け21回縫い上げた。あとは汚れの無い布を熱い湯にひたしたのち、軽く絞り傷口の周りを丁寧にいた。

 出血は既に止まり、けが人は昏睡こんすい状態にあるようだった。この作業が終わるまで傷口を押さえていた侍も少し安心したのか、柔らかな口調になってたずねた。


「あとはどうすればいいのだ」


「しばらくは、体を動かさぬように、動けば傷口が裂けましょう。もしも傷が裂ければもう手のほどこしようが無くなります」


左様さようか、これは気を引き締めなければならぬ」


「それに2、3日は高い熱が出たり、傷口にうみを持つことがあります」


 その侍は思い出したように姿勢を正し


「改めて礼を申す。拙者せっしゃ山崎景成やまざきかげなりと申す」


「申し遅れました。私は武盛と申します」


「傷を負ったのは、我が主君である本村茂長もとむらしげなが様だ。脇の者は家来の新八しんぱちと申す」


「武盛と申します」


 2人の方を向き一礼したが茂長に反応はなく、脇の新八は礼で返した。


 突然物音ものおとが聞こえ2人の侍は驚いて身構えたが、もっと驚いたのは物音のぬし、山から戻った高重であった。この屋のあるじと知ると侍達は警戒を解いた。武盛も高重の顔を見てようやく我に返った。しかし高重だけは状況が呑み込めないまま、そのまま緊張していた。

 その後武盛が食事の支度を始め、遅い夕食を済ませた。

 食事が終わると高重は作業をするふりをして、炭焼き窯の方へ出て行った。高重は見知らぬ侍に対する警戒を解くことは無かった。


 交替で茂長を見守ると言う侍達を残して武盛は床に着いたが、余りにも気が高ぶっていたのでなかなか眠りにつくことが出来なかった。武盛の頭の中は混沌こんとんとしていた。


「父上と話した時も自分ではない自分が話をしたし、今日は体まで勝手に動いていた。自分の中には違う自分が居るのだろうか。『おい違う自分、お前は何者だ居るなら返事をしろ!』」


 武盛が頭の中で自分自身に投げかけた問いは久杜に届いており、試しに言葉を返してみた。


「おう、俺は子孫だ」


 武盛が驚いたのは言うまでもない。


「うわぁぁぁ・・・ い、居たぁぁぁ・・・」


 思わず声を上げたので介護の侍が振り向いた。しかし武盛が床の中に居るのを見て、夢でも見たかと推測して向き直った。

 武盛は息を整え、気を静めてから


「お前は子孫と言うのか、珍しい名だな」


 武盛が子孫を名前と勘違いしたが、久杜はハンドルネームと考えればそれも良いかと思った。何故なら夢に現れた最初の夜に頭に浮かんだ「敵を知り己を知れば百戦危うからず」の出典は『孫子の兵法』なので、孫子の受け売りをする子孫である。


「今日の武盛はどうしたんだ」


 今度は子孫(久杜)から問いかけて見た。


「あの侍達が源氏の落人狩りに見えて身がすくんでしまったのだ。それにしても手際の良さには感心したぞ。何故あんな事ができるのだ」


「言っても分からんだろうが、サバイバル術さ」


鯖威張さばいばる術?・・・鯉じゃないのか?」


 自分がおびえて身がすくむような場面で、おくすることなく対処した子孫は、武盛が一目置く存在になったようである。謎が解けて落ち着いたのか武盛は眠りに着いた。


 翌朝、高重と武盛は日常の作業を行うために外へ出た。

 そこで武盛は昨日の顛末てんまつを話した。一通り聞き終わると高重は、難しい顔つきになり少し考え込んだ。


 重い口を開いた高重から、本村茂長はこの辺りを治める領主だと聞かされた。そして武盛に侍達の世話をするように言いつけると、今日も山に入ると言って姿を見せなくなった。

 高重は不用意な言動で、正体を詮索せんさくされることを嫌ったのだ。

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