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一条家訪問

 安芸城を発ってから7日目に、ようやく一条領へ足を踏み入れた。


 ここは一条氏の配下、津野つの氏の領地だった。昨日のうちに使者を送り、一行が所領内を通過するむねの連絡をしていた。

 津野氏の城下に入る手前で、津野氏の家臣が20名ほどの兵と共に待ち受けていた。


「本村寛茂様が安芸国虎殿との約定により、一条家みね姫様を送り届けるために中村御殿まで参る。領内の通行をお許し願いたい」


 寛茂が、一条家からみね姫に従ってきた家臣の一人に、口上を述べさせた。


「それでは我々の後について参れ」


 一行は津野氏家臣の先導に従い西に向かって進み、城下を通り過ぎて城下外れにある寺まで来た。この寺を本日の宿とするようにと告げ、津野氏の家臣たちの姿が消えた。本来であれば、主家の姫君をここの領主の屋敷に招き、挨拶の一つもするべきであろうと思われた。


 もと々津野氏は、土佐で本村氏や長宗我部氏と並び立つ豪族の一人だったが、一条家とのいくさに敗れて降伏し、その傘下に組み込まれていた。その屈辱くつじょくぬぐいきれないのか、まるで厄介者やっかいものを扱うかのような振る舞いと思えた。


 翌日は津野領を離れたが、次の領地でも一行への待遇が大きく変わる様子は無かった。寛茂や武盛の頭の中に、一条領内に一条兼定の威光は及んでいないのか、そんな思いが浮かんでいた。



 安芸を発って10日目の昼前に、一条家の中村御殿に到着した。玄関先で多くの人達が慌ただしく行き交う中を、寛茂と武盛は屋敷内に招かれ座敷の一つに通された。

 二人はそのまま2刻(4時間)も待たされてから、一条兼定いちじょうかねさだが待つ部屋へ案内された。


 一条家は公家の一族と云う家柄で古くから土佐の盟主と自負していたので、その面目をつぶさぬように配慮して拝謁はいえつする事にした。弱みを見せれば襲われかねない戦国の世において、父茂長であれば対等の立場で顔を合わせ、互いに虚勢きょせいを張りながら腹の探り合いをするところであるが、寛茂はおおやけにはまだ父の配下の立場なので、兼定を立てることがことができた。


 寛茂は一条家の姫を送り届けるに至った経緯をつぶさに説明した。長年にわたる本村氏と長宗我部氏の攻防、それに割って入った安芸氏との攻防、家臣と家族を救った安芸国虎の英断、それを受けるみね姫の帰還と、順を追って話した。


 兼足とすれば、妹姫を無事に送り届けられ丁寧な説明を受けた以上、現状を追認せざるを得なかった。


委細承知いさいしょうちした。此度こたびの役目大儀であった、礼を言うぞ。今宵こよいは当屋敷にてくつろいでいかれよ」


そう言うと兼足は席を立った。



 その夜は兼足の持て成しを受けた。

 兼定は始め長宗我部氏へのにが々しい思いを口にした。それは長宗我部元親の弟吉良親貞が、たび々一条家配下の領地をおびやかした事に起因しているようであった。頭痛の種を取り除いてくれたのが本村氏だったのだ。

 少し酒がまわってくると兼定の口が軽くなった。


「一条家は宮中にいて摂政せっしょうを任されることもある家柄である・・・・。此度こたびの働きにより、そちたちに官職をさずけてやる・・・・。やがて一条家が伊予いよの国や讃岐さぬきの国、阿波あわの国までも傘下におさめる日が来る・・・・」


 などと、得意げに話し出した。

 寛茂も武盛も興味ありげに兼定の話しに聞き入ったが、兼定の人物像がだんだん出来上がって来た。それは、『高い教養を持ち、公家の物腰で立ち振る舞うが、言動は軽薄けいはくなお調子者』だった。それは領内の国人たちの態度を裏付けるものとなった。



 一条家の屋敷に泊まった翌日、寛茂が朝食のあと兼定に面会して暇乞いとまごいの挨拶をした。すると兼定から脇差わきざし一振りが、礼の印にとして寛茂に贈られた。


「この脇差はが堺から呼び寄せた鍛冶屋に打たせた物じゃ。もしも時間があれば城下の工房を訪ねて見ると良い」


 寛茂は丁重に礼を述べて、その場を辞した。



 屋敷を出ると寛茂と武盛と警護の侍2名以外の兵を先に帰路につかせた。残った4人は兼定が話してくれた鍛冶屋を訪ねた。話を頼りに歩いていくと、つちを打つ響きが聞こえてきた。


 警護の侍を外に待たせて寛茂と武盛が中に入っていった。奥の方で親子と思われる二人が一心不乱に刀を打ち、その脇で若い二人が見守っていた。


御免ごめん


 と声を掛けると、脇で見ていたうちの一人がこちらへ近づき、


「何か御用でしょうか」


 と聞きいてきた。


「実はこの者の刀を打ってもらいたく参った」


「ただ今作業中につき、しばしここでお待ちください」


 そう言うと奥へ戻っていった。

 武盛の刀を作る話をしたようなので、寛茂に確認した。


「若様、刀を打ってもらうのにどのくらい銭を用意すれば良いのでしょうか」


「心配するな、これは儂からの礼の品だ。そちに礼をしたいのは父上だけでは無いのだ」


 武盛は、またもや断り切れない相手からの褒美ほうびに、感謝を述べるしかなかった。

 ほどなく槌の音がみ、少しの間を置いてここのあるじと思われる男が、こちらに向かって歩きながら問いかけてきた。


「刀をご所望しょもうでしょうか」


「いかにも、拙者は本村寛茂と申す。実は一条兼定殿から脇差を送られ、その見事な出来栄えに感服しまかした。ついては、こちらでこの者の刀を打ってもらいたいのだが如何なものか」


「あの兼定様が脇差をでございますか。承知いたしました。三月みつきほど時間を頂きますが、よろしゅうございますか」


「よかろう」


 こうして話がまとまり、代金は銭10貫、3カ月後に受け取る約束をして工房を後にした。



 武盛が所領に戻ると、父定泰が困り顔をして武盛に助けを求めてきた。


「いま本村領内には来月、再来月に出産を控えた妊婦の数が多くいて、このままでは産婆が妊婦の家をまわり出産立ち会う事など出来なくなってしまう。どうすれば良いのだろう」


 武盛に母親がいないのは、妹を難産なんざんの末に生んだ母が、産後の肥立ひだちちが悪くて命を落としたからだ。何か手を打ちたいと切実な思いを持って父の話を受け止めた。その思いに子孫が応えた。


「産院を作り産婆はそこに常駐させましょう。臨月を迎えた妊婦をそこに集め、寝泊ねとまりをして出産に備えさせます。湯を沸かすかまどや清潔な分娩ぶんべん場所などを設けます。こうすればいつ何時産気づいても対処できますし、1日に二人でも三人でも赤子を取り上げられましょう」


 領内にあった空き家の中から部屋数の多い大きな屋敷が、産院としてあてがわれた。産婆やその助けをする者、まかないをする者などが配置された。臨月を迎えた妊婦は出産までの数日間、ここで出産に備えて体を休めた。産前産後の妊婦に与えられる食事は、牛の乳や鶏肉、魚、鶏卵などが多く用いられた。

 出産後の産婦のために、離乳前後の乳児を持つ母親が交代で産院に詰め、夜間の新生児への授乳を肩代わりした。これで産婦は熟睡して体力を回復することができた。また、幼児を連れて訪れる妊婦が多くいたので、幼児の世話をする人員も追加された。


 こうして安心して出産を迎えられようになると、その噂を聞きつけ近隣の領地からも産院での出産を望む妊婦が集まり出した。のちに、本村領内には他に2カ所の産院が設けられたと伝わって来た。



 月が明けて3月になると、武盛は寛茂から呼び出された。

 寛茂の用件は


「一条家をどう攻めるべきか」


 であった。

 その問いに武盛がこう答えた。


「今の一条家は秩序が整っているとは、言いがたい状態にあると思われます。放置しておけば自ら墓穴ぼけつを掘り、自滅する日が来ることでしょう。ここはえて攻めずにその日を待つことが、上策かと存じます」


「この前はいくさを仕掛けても戦わず、相手をおどし不安をいだかせるだけで勝ったが、今度はいくささえも必要ないと言うのか」


 あきれ顔で寛茂が言った。



 結局一条氏の扱いを放置と決めた寛茂は、本村領内の統治体制について茂長の意向を確認した。協議の結果、本村城を黒石正紀に任せ、安芸城は山崎景成に任された。一条家と接する旧吉良領の吉良城は弟の茂篤が城主になり、岡豊城は茂長が城主となった。

 岡豊城城周辺には長宗我部にゆかりのある領民が多く残っており、今は亡き元親の姉である茂長の正室ひさの存在が、領民の気持ちを落ち着かせるのに一役買うと見越したのだ。


 寛茂は土佐のほぼ中央に位置する浅見城の城主となった。土佐全土に号令を出すには、地理的に都合が良かった。そのため、武盛に浅見城詰めの命が下り、領地を父に任せて浅見城下に屋敷を構えることになった。


 こうして土佐を平定する動きは一段落となり、次の段階へと移っていくのであった。

 10年くらい前に思いついた物語を、3年かけて書いたり書き直したりして、なかなか書き終わらなかったので、意を決して投稿しながら書き始めました。自分勝手な挑戦であり、自分本位の投稿でした。にも拘わらず、拙い寓話を読んで下さる読者の方々がいることに、驚き、喜び、励まされました。構想の中にある第一段階を無事に書き終えられたのは、皆様のお陰でありここに篤く御礼申し上げます。

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