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安芸城開城

 間者部隊の発足が決まり、寛茂がひとつ大きな溜息ためいきをつくと、


「そう言えば、先日父上が話した礼の品はまだ決まらぬか」


 と問いかけた。


「手に入れたい物はありますが、手に入るものかどうか分からない物なのです」


 と武盛が答えた。すると寛茂が間髪を入れず、


「なんだあるのか、あるなら言ってみろ。儂も興味深いのだ」


 そう迫った。


「もしも手に入るのならば鉄砲を2丁と試し撃ちに使う火薬や弾丸などを、拝領できればと思っております」


 武盛の答えに少し落胆した様子で、


「鉄砲か、離れたところから敵を倒せると話に聞いたが、狙っても容易には当たらないらしいぞ。一発ったら次の玉をつまでに手間がかかると言うし、そのすきに間合いを詰められ斬られてしまっては戦にならぬ、それでも欲しいのか」


 寛茂がそう念を押した。


「1対1のたたかいなら若様の言うとおりで御座いましょう。それが鉄砲を持つ1万対鉄砲を持たない1万のたたかいでも同じなのか確かめて見たいと思うのです」


 つい先月1500の兵をやり繰りした寛茂には、1万と云う数を聞いて実感がかなかった。しかし領地が拡大して守る土地が大きくなれば軍の数も多くなりやがて1万になるかもしれない。そんな漠然とした先の戦い方に、思いをせる武盛の答えに返す言葉が無く、


「それで良ければ儂から父上に伝えておこう」


 と言うに留めた。



 このころ、浅井城下では新しい浄土真宗の寺が建てられていた。費用は地元の国人たちが中心となって浄財じょうざいつのったのだが、その威容いようからして潤沢じゅんたくな資金を得たものと思われた。

 また事前に本願寺から派遣された住職は、城下で仮住まいをしながら準備に奔走ほんそうしていた。それは開山かいさん前から、檀家だんかになりたいと希望する者が予想以上に多くいたからであった。

 親から家を引き継いで既に菩提寺を持つ者の中にも、改宗してこの寺の檀家になろうとする者が出ていた。いまだ菩提寺を持たない次男や三男たちは、躊躇ちゅうちょなくこの寺の檀家になろうとしていた。


 そんな動きは既存の寺院にも伝わって来た。人の噂も七十五日と言う通り、肉食の是非を問うものはいなくなっていた。しかしこの問題の火付け役となった寺院にとっては、やぶをつついてへびを出した結果となった。つまり寺を支える檀家の数が目に見えて減っていったのである。

 そして埒外らちがいにいた他の寺院にもその余波は及び、どこの寺院も檀家の数を減らすことになった。



 2月を迎えるとすぐ、山崎景成を総大将に据えた本村軍1500名が安芸領に向けて出陣した。岡豊城でやいばを交えた以上、両者は敵対した状態にあるのだ。


 安芸領に入って金網城を包囲すると、抵抗することも無く降伏して城門が開けられた。城内にいた兵は50名に満たなかった。本村軍の本隊は城下を制圧した翌日の朝、安芸城へ向けて金網城を発った。


 その日の午後と翌日の午前中に、海沿いにある2つの城を相次いで攻めようとしたが、既に城内に兵はいなかった。どうやら金網城陥落を受けて、領内の兵は安芸城に集結しているようであった。


 その後の本村軍は途中で反撃を受けることなく、3日目の午後には安芸城下に進んだ。安芸城まで来ると、城周辺を取り囲むように建てられた武将たちの屋敷には人影が無く、既に家人や使用人と共に籠城したようだった。


 数カ所ある安芸城の出入口に兵を配置して外部との往来を遮断しゃだんした本村軍は、攻撃を始めることなく城の前に陣を張った。


 安芸城に籠城する兵の総勢は450名だったが、岡豊城遠征で多くの精鋭兵を失っていたので、城内にいる兵はいくさの経験が浅い者ばかりだった。そこを3倍の数の本村軍が包囲したので、城内はいつ攻め込まれるのかという不安な空気で満ちていた。


 日が暮れると本村軍は城の出入り口のまわりで、かがり火をいて夜通し監視を続けた。



 やがて空がしらみ始め間も無く日の出というころ、東から吹く風に乗っておびただしい火矢が安芸城内に降り注いだ。不寝番ふしんばんの見張り兵が慌てて


「火矢だ、火矢だ、火矢が射ち込まれたぞ」


 と声をあげながら城内に触れ回った。


 城内で眠っていた人々が叩き起こされ外に出てみると、あちらこちらで火の手が上がり始めていた。火矢が飛び交う中をにげまどう人々で騒然となった。

 やがて火矢は止んだが、2つの建物がほのおに包まれた。消化活動をすると言っても閉ざされた城の中には井戸の水しかない。延焼えんしょうを食い止めるのが精一杯だった。


 炎に包まれた建物は昼近くに柱が倒れ崩れ落ちたが、そのまま燃え続けた。夕方になって炎が上がらなくなったが、まだそばに寄れないほどの熱気を放っていた。

 人的な被害はほとんど無かったが、本来守るべき城を守り切れない状況が、人々の気持ちを重苦しくさせた。もはや3倍の兵をようする本村軍と一戦交えて、一矢報いようなどと考える者はいなかった。


 城主の安芸国虎はこの苦境を乗り切る方策は無いかと1日中思案に暮れたが、意気消沈する兵達を見て全ての思案は行き場を失った。どのような策も兵の士気が無くては成就じょうじゅがたいものである。



 やがて夜のとばりがおり、人々は不安とともに床についた。その日は夜半から雨が降り出して夜明けまで続いた。それがためか本村軍からの攻撃は無く、安芸城は静かな朝を迎えた。


 朝食を終えると国虎は主だった家臣を広間に集めた。そこで皆から現状を打破すべく考えを求めたが、家臣たちの口は重く下を向くばかりだった。

 少しの静寂せいじゃくの後に、家老が渾身こんしんの思いを込めて口を開いた。


「殿、我々家臣一同は城を枕に討ち死にする覚悟はできております」


 国虎はその言葉を胸に刻むように目を閉じた。

 そして再び目を見開くと、話し始めた。


「そなたたち全員を犠牲にしても、わし一人が生き延びるべき時がある。その場を乗り切りさえすれば、安芸家の存続が叶う時はそうするであろう。しかしこのたびはその時ではない。このたびは我が身を犠牲にしても、そなたたち全員を救わなければならない時である」


 ここで国虎は僅かの間を置いたが、最後の覚悟を決めるために必要な間だった。


「本村の総大将に使者をつかわし、全将兵の助命と家族の保護を約束するならば、城を引渡し我が命を差し出すと申し入れてくれ。これまでの忠勤ちゅうきん大儀たいぎであった」


 そう言い残すと国虎は、家臣たちが嗚咽おえつする中を寝所しんじょへと戻って行った。



 昼過ぎに安芸氏の家老が使者となり、城主安芸国虎が提示した条件をもって降伏する旨の申し入れをした。

 本村軍の総大将山崎景成はこれを受け入れた。


 本村軍は安芸城に入城して山崎景成と安芸国虎が顔を会わせた。国虎の希望により嫡男ちゃくなん阿波あわのがし、正室のみねは生家の一条家へ戻るように決められた。国虎は安芸家の菩提寺に移され切腹することになった。



 吉良城で旧臣たちの面談を終えた寛茂が、武盛を伴って安芸城を訪れたのは安芸城開城の3日後だった。領内はいくさがあったばかりとは思えないほど穏やかで落ち着いていた。

 その様子を見て寛茂が武盛に話しかけた。


「戦わずに勝つと云うのは良いものだな。戦って敵の領内を荒らすことは、勝ったのち振り返れば自分の領内を自分で荒らしたことになる。敵の兵も殺さずば、やがて我が兵となる」


「御意に御座います」



 やがて安芸城に着くと山崎景成の出迎えを受けた。そして城内で景成が安芸氏攻略戦の顛末てんまつを説明した。そののち、一条家へ届ける正室のみねを誰に託すべきか指示を求めた。


「よし、儂等わしらが行こう。土佐に残るは、あと一条だけだ。敵情視察に丁度良い機会だ」


 寛茂が武盛に視線を送りながら、そう言った。



 一条家へ戻るための仕度したくをするように国虎の正室みねに伝えてから、6日経って準備が整った。四方をすだれおおわれた輿こしに、みねを乗せると安芸城を発った。

 輿こしの後ろには、大きな長櫃ながびつが10さおも続いた。輿こしかつぐ者、長櫃ながびつかつぐ者、それに御付きの女人、一条家から従って来た家臣などで30名を数え、本村軍の護衛を合わせると総勢が60名を超える一団となった。


 日頃歩きれない女人を含む一行の歩みは遅く、城を出て旧吉良領の西のはずれまで来るのに6日を要した。

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