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富国強兵

 本村城下で武盛に小さいながら仮住まいの屋敷が用意されていた。


 河井達之が家具や布団など必要な道具をそろえてくれた。さらに身の回りの世話をする老夫婦までも手配してくれていた。その屋敷は初めて持つ自分の空間であり、伸び伸びと手足を伸ばしてぐっすり眠る事ができた。


 翌朝はさわやかな気分で目覚め、老夫婦の万作とふみが用意してくれた朝食を食べた。

 これほど満たされた気持ちで時を過ごすのは初めてではないか、と思っているところで寛茂の訪問を受けた。

 寛茂は弟の茂篤しげあつを伴い、武盛が出迎える間もなく上がってきた。


「おお武盛、立派な屋敷とは行かないがしばらくはここで我慢してくれ。本日はお前に相談があって参った」


「これは若様、どの様な御用で御座いましょうか」


「この度長宗我部軍に大きな打撃を与えたとは言え、長宗我部氏があきらめるはずも無い。そこでだ、これから先の戦にそなえ何をせば良いか、考えを聞きたい」


 武盛は深刻な顔つきなり、天井を見上げた。次に視線を徐々に下げ、自分のすぐ前の床を見つめながらこう話した。


「・・・・国を豊かにして、強い兵を持つことで御座います」


「国を豊かにすると言う事は、米の収穫を増やすと言う事か?」


 また、武盛は少しの間を置いて話した。


「・・・・米の収穫を増やすことは勿論もちろんですが、米だけに頼るのは不安定です。米に頼り過ぎて凶作に見舞われればたちま困窮こんきゅうしてしまいます。・・・・豆類やごぼう、里芋、大根、かぶなど、そのままあるいは手を加えて保存が出来る作物も必要になります。・・・・ねぎやにら、胡瓜きゅうり茄子なすなどは食事を豊かにしますし、季節によってはふきやぜんまい、うど、きのこなど山で採れる野草の類も良いでしょう。・・・・忘れてならないのは、鯉や鮒などの魚、鶏や兎などの肉、牛や馬の肉も大切です。・・・・これらを満遍まんべんなく食べることで領民の体は強く大きくなります。・・・・そうして米ばかりを食べるより、いろいろなものを食べると領内で米を食べる量が減り、その分は食料以外のもの例えば武器を調達するために使うことも出来ましょう」


「なるほど確かに国は豊かになりそうだ」


「・・・・米を作ると言っても、使う道具や手順が違うだけで、たずさわる人手の多寡たかに差が出ます。・・・・田をたがやすのは今のやり方が一番良いのか、他に良いやり方があるのか、田植えも、稲刈りも、脱穀だっこくも、保存も、運搬も、全てを確かめると良いでしょう。・・・・まずは領内ではどの様な道具を使い、どのような作業をしているか知る事から始めましょう」


「うむ、もっともだ。ところで強兵の方はどうする」


「・・・・先ほど述べた『大きく強い体を作る』が一つ、走りをきたえ戦闘を持続出来る時間を伸ばす、訓練して剣を振る槍を突く弓を射る能力を上げる、馬術の上級者に指導を仰ぎ騎馬戦の能力を上げる、読み書き算術そして戦術を学ばせる、まずはその辺りから」


「武盛、兵に読み書き算術は必要か」


「・・・・戦場のあちこちで戦っている味方に指示を出すとして、口頭では内容が限られ使者の言い間違いも起こります。・・・・しかし文字で指示すれば正確につ詳細に伝えられまが、字を読めない将兵がいてはままなりませぬ。・・・・また夕刻までに10里先に兵を移動させよと言われて、移動にどれほどの速さで進めば良いか分からず、闇雲やみくもに急いで兵を疲弊ひへいさせます。・・・・挙句あげくの果てに余りに早く着いたのでは次の行動に支障が出ましょう」


 寛茂は頭の中で武盛の話を理解しようと考えを巡らせているようだったが、それに構わず武盛が続けた。


「・・・・戦う部隊の他に、事前に敵と周辺諸国の様子を調べる部隊や、戦が始まれば戦闘部隊に兵糧や武具を届ける仕組み作りが必要となりましょう」


 寛茂は考えることを中断して、話の方向を変えるためにこう聞いた。


「う~む。ほんの四半刻しはんとき(30分)話を聞いただけで頭が痛くなってきた。どの様に進めれば良いのじゃ」


「・・・・米作りに詳しい者、畑の作物に詳しい者、山菜採りに詳しい者などを集め、若様の目指すところを伝えます。次に米の作り方を考える集まり、畑の作物を考える集まりなど各々の分野で調べ、考え、提案を出してもらいましょう。・・・・大工や指物師さしものし鍛冶屋かじや、商人なども参加してもらえば有益な意見が得られるかも知れません。・・・・強い兵を作る方策はいくさにどのような部隊が必要かを決め、それに合わせて兵を招集する決まりや訓練する手順作り、部隊を指揮する仕組みを作ると良いでしょう。若様が中心となり、山崎殿や黒石殿など武将の方々と相談しながら進めてはいかがでしょうか」


随分ずいぶん大掛かりな話になりそうだな。先ずは父上に話してみるとするか。それにしても武盛は話し出す前に黙り込むのは何故なぜだ」


「え、えぇ、か、考えをととのえてから話をして御座ございます」


 子孫と相談の上とは言える筈も無かった。

 長宗我部氏に攻め込まれ、土壇場どたんばで踏みとどまったものの、本村氏の劣勢れっせいに変わりはない。一日も早く形勢を変えたい、そんな寛茂の漠然ばくぜんとした思いに道筋が見えたように感じた。少し気持ちが落ち着いた寛茂は茂篤と供に、茂長に相談すると言って戻って行った。



 本村城に戻り7日目に、武盛は茂長に呼び出された。武盛のこれまでの功績に応じた論功行賞として150石の所領と米百俵、銭30貫、馬2頭、刀20振り、長槍10本、弓10張と30人分の具足などが与えられた。

 一連のいくさで戦死したり敵への寝返りなどで所領を失う国人がいて、それらの所領を含めた再配置が行なわれた。城から離れた山の北面にある所領は進んで希望する者が無く、武盛に割り当てられる結果となった。


 また領内全体の農民も数を減らしていたので、山沿いの農民の中にはより平坦で日当たりの良い領地に移動する者も散見さんけんされた。若き国人とすれば過酷かこくとも思えるこれらの条件であるが、他の人々から注目をされず土着の農民が少なくなった環境は、部落の人々を迎え入れるのにはかえって好都合であった。


 下賜を受け下城しようとした武盛を寛茂が呼び止めた。


「これから武盛の領地を案内するからついて来い」


「若様にその様な事をさせては申し訳ありません」


「お前は自分の領地がどこにあるかも知らぬだろう。いいからついて来い」


 寛茂が馬を用意させ、城から西に向かった。四半刻(30分)馬に揺られ、左手の脇道へ入った。谷川に架けられた橋を渡ると、そこが武盛の領地だった。領地に入って直ぐに集落があった。そこは空き家が多くあったが、何軒か人の気配もあった。

 馬を降りた寛茂が声を掛けると住人がぞろぞろと10人ほど出てきた。声を掛けた人物が寛茂と分かると住人たちはかしこまって挨拶をした。

 寛茂が住人たちに武盛を紹介した。


「ここにいるのは、父上の恩人であり儂の恩人でもある島田武盛である。その功績によりここの領主となった。皆この者に力を貸してやってくれ」


 言い終わると武盛を住人の前へ押し出した。

 豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をした武盛は


「島田武盛です。何も分からないので力を貸して貰いたい」


 と言うのが精いっぱいだった。


 寛茂は戸惑う武盛を見て笑いながら領主の家を案内した。


 後では住人たちが、『若くして領主様とは凄い出世だね』とか『寛茂様が出向くとは偉い人なんだね』とか『こんな辺鄙へんぴな土地の領主様とは申し訳ないね』などと話をする声が聞こえた。


 領主の家で寛茂から武盛はこう言われた。


「もうお前は領主だ。領主になったからには、領主に相応しい振る舞いをせよ。第一に領民に対して威厳を示せ。第二に領民に自信を持って命を下せ。第三に他の領主と対等に渡り合え。いまは理解できなくとも何か問題が起きて、どう対処すべきか迷ったときには思い出せ。必ず正しい判断に導いてくれるはずだ」



 武盛はその翌日、高重の炭焼き小屋を訪ねた。高重を経由して父親に連絡を取り、所領への移住を打診した。

 高重から移住の打診を聞いた父親は、日を置かず武盛の所領へ下見に訪れた。約20日ぶりの再会であったが、父には武盛の姿がまぶしく見えた。


 父は武盛に案内され一通り所領を見回った。

 所領は山の北側にあって、田は比較的平坦なふもとに半分、残り半分は山の斜面のあちらこちらに散在していた。18軒80人居た農家の内、人が残っているのは4軒18人だった。部落の全世帯が移住しても空き家が14軒もあるので住まいの心配はいらなかった。

 父はその空き家を一軒一軒詳しく見て回った。

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