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なぜ親父は天下を目指さないのか

 島田久杜しまだきゅうとは都会に住む15歳の少年である。


 彼は小学生の時に家族で行ったキャンプが気に入り、機会があればキャンプ行きをせがむようになった。もともとアウトドア好きの父親は積極的に応じてくれたが、母親や妹は徐々に参加しなくなり、やがて彼と父親の二人だけで行く楽しみとなった。


 その父親が好んで連れて行くのは、最低限の設備しかない山奥の森や川の岸辺などのキャンプ場だった。そこで自然の素材を生かしてキャンプをするというブッシュクラフトの色合いが強いもので、木をり合わせて火をおこしたり、両側に節を残した竹を切り出して米を炊いたりした。


 さらに久杜が中学生になるころには、テントも張らずに森を歩いて山菜を採り、川を歩いて魚を採り、現地で調達した食材を調理して空腹を満たす、いわゆるサバイバルへと形を変えていった。


 父親は持てる知識を丁寧ていねいに教えてくれ、久杜が抱いた疑問にも分かりやすく説明してくれた。久杜にはこの非日常空間に居る父親が大きくそして頼もしく見えていたが、その反面で日常空間に居る時の緩慢かんまん覇気はきのない父親とのギャップに違和感を持ち、その不整合が心の中にしこりのようにあった。


 久杜は1年ほど前、友達にさそわれてサバイバルゲームを始めた。サバイバルという馴染なじみのある響きと、親から離れて自分の世界を持ちたいと云う独立心の芽生えがあったと思われる。だが自然の中で限られた道具を使い、生命活動を維持するサバイバルとはなるもので、サバイバルゲームとは敵味方に分かれたチームがプラスチックの玉が出る銃を持ち、戦闘を行うゲームである。やってみると知力や体力や技術に加えて味方同士の連携も求められる奥深いゲームで、久杜はすぐに夢中になった。


 しかし年齢的な制約で参加できるゲームが限定されたうえ、保護者同伴のしばりがあり頻繁ひんぱんに参加することはできなかった。そこで久杜の興味は戦略や戦術の研究へ向いた。ヨーロッパのローマ帝国軍やナポレオン軍や世界大戦、中国の春秋戦国しゅんじゅうせんごく時代や三国時代、日本の源平合戦や戦国時代などに興味を持ち、ネットから得られるそれらの資料を読破どくはし吸収していった。


 そんな久杜も中学3年生になっていた。3年生と言ってもこよみは三月を迎えており、高校入試や合格発表はすでに済み、学校行事は今日の午前授業が終われば週明けに行われる卒業式を残すのみである。だから授業といっても各教科の先生が中学卒業を迎える生徒たちへ祝いの言葉を送ったり、人生訓などを話す程度である。いよいよそれも最後の社会科の時間となっていて、先生はおおむね次のような話をした。


「歴史は為政者いせいしゃによって語られると言われます。いつの時代も権力を握った側に都合の良い事柄は誇張して伝わり、不都合な事柄は埋もれたり歪曲わいきょくされて伝わると言うことが起こります。ですから歴史の研究が進むことによって新たな解釈が支持されたり、それまでの通説をくつがえす資料が発見されたりして、いつの間にか皆さんが学んだ歴史が書き換わる事が起こります。たとえそうなっても学校で間違った事を教えたなどと責めないで下さい。歴史とはそう言う側面そくめんを持ち合わせている事を覚えておいて欲しいのです」


 まるで言い訳とも思えるような内容だった。

 そのあとは歴史好き教師が、休日となれば歴史的な発見を求めて各地を彷徨さまようライフワークをお笑いを交えて語り、生徒の中から新たな歴史好きが生まれて欲しいと期待を述べるころに、終業の鐘が鳴り先生は教室を後にした。


「お~い、きゅうと」


 久杜は校門を出てすぐに、後ろから声をかけられ振り返った。声をかけてきたのは、幼馴染おさななじみであり隣のクラスの山崎佳文やまざきかもんだった。久杜をサバイバルゲームに誘った友人とはこの佳文である。

 久杜は


「おお、かもん」


 と返事をして少し立ち止まり、佳文と合流すると二人は並んで歩き出した。


「無事に中学を卒業できそうだし、高校入学までの1ヶ月は自由だな」


 久杜は軽い気持ちで話しかけたが、佳文の表情が曇った。


「高校かぁ、無理をしてお前と同じ高校を受けて受かってしまったけど、授業についていけるか不安しかないよ。家族は難関高校に合格したって喜んでくれたけど」


「頑張って合格できたんだから頑張れば授業にもついていけるってことじゃねぇの。やってみなければ分からないことを悩んでもしゃぁねぇだろう」


「その頑張ればの生活が3年も続くと思えば、少しくらい悩みたくなってもいいだろう。いいなぁ優秀なお前は悩みなんかなくて」


 佳文は口をとがらせた。すると今度は久杜の表情が曇った。少しの間をおいて、漠然と遠くを見るようにポツリと言った。


「そうでもないさ」


「ん?、久杜が?、そんな悩みなんかあるのか?、どんなことだ?、話してみろよ」


「う、う~ん・・・・。俺は、高校に行き大学に進むとして、いったい自分は何を目指すのかが分からないんだ」


「進路を考えるのはもっと先でも良いんじゃないか」


「進路とは少し違うんだ。自分は社会の歯車になることを目指しているんじゃないと言うか」


「分かるような分からないような」


 このような問答のあと、久杜は大きく息を吸い込み話始めた。


「例えば源頼朝や徳川家康や坂本龍馬などの歴史上で偉人とされている連中は、自分の理想を持ちそれを実現させようと生きた奴らだろう。じゃあ周りの大人たちはどうなんだ。自分の理想を実現させようとしている大人はどれほどいるんだろう。みんな周りの人々の顔色をうかがい、迎合げいごうしながら、大きなミスをしないように、今いる集団からはぐれないように、そんな生き方をしているようにしか見えないんだ。俺は大過たいかなくをとなえながら送る人生は嫌だ。親父を見ていると『()()()()()()()()()()()()()()()』って思うんだ」


 思いつくままに言葉を並べた久杜だったが、自分自身でも説明ができなかった心の中のしこりが、話をするうちに理解できたような気がした。

 引き合いに出した英雄たちが武士だったので、天下取りの話になったが何でも構わない、自分はてっぺんを目指す生き方をしたいのだ。

 ただ、どんなてっぺんを目指すかはこれからの宿題になりそうな気がした。


 佳文は話を理解しきれず、久杜に問いかけた。


「具体的にお前は何をどうしたいんだ」


「どうすれば良いのか自分でも分からないから、もやもやしてスッキリしないのさ」


 もやもやの正体が分かりかけた久杜だったが、まだ具体的な話は出来そうも無かった。

 2人の話は結論に行き詰まり少しの間黙ったまま歩いたが、佳文が話題を変えた。


「そうだ、兄貴が高校進学のお祝いに、サバイバルゲームに連れて行ってくれるって言うんだ。それで久杜の都合を聞いてみることにしたんだけれど、お前に何か予定はあるのか」


「ああ卒業式が終わったら、岡山のばあちゃん家に遊びに行くつもりなんだ」


 久杜がそう答えてふと気が付くと、いつもの分かれ道に来ていたので、さらに言葉を継いだ。


「じゃぁ岡山から帰ったらお前の家に遊びに行くから、その時に決めよう」


「ああ待ってる、それじゃあ、またな」


 2人はそう言って軽く手を挙げると、それぞれの帰り道に別れた。


 久杜が空を見上げると厚くおおいかぶさるような雲の切れ間から、明るく光あふれる青空が垣間かいま見えた。それはまるで久杜の心の中を映しているようだった。



 卒業式の2日後、久杜は朝の新幹線に乗り父の実家がある岡山に向かった。久杜としては中学1年生の夏休みに家族と一緒に来て以来2年半ぶりで、初めて1人で来る岡山だった。


 昼過ぎに岡山の駅に到着した久杜を、伯母おばが満面の笑みで迎えてくれた。伯母は駐車場まで先導してくれ、車に乗り込むと家まで30分程の道に車を走らせた。

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