さよならあの冬、ああ初めての冬
苦しい気持ちを抑え、なんとか一日を乗り切り帰ろうとすると玄関で彼女が1人で待っていた。
目線を合わせたまま靴を履き彼女の元へ向かおうとすると……
ドスッ…………
突然目の前に花のような匂いに髪色は黒く、引くほど整った長髪姫カットで驚くほどスタイルのいい
女子が現れ、肩から強くぶつかってしまった。
「ご、ごめん……あ、すいません。」
ぶつかった女子の内履きサンダルをよく見ると一つ上の学年である事がわかり、一瞬血の気が引く……。
しかしぶつかった彼女は全く姿勢を崩すこと無く
逆に謝ってきた事に驚きを隠せなかった……。
謎の女子「…ごめんなさい」
そのまま何事も無かったように立ち去っていく彼女に俺は目を奪われていた。
みこ「さく君、私も怒る時は怒るよ?」
「あ、ごめん!違う、そういうのじゃないから……」
みこ「フフッ冗談、ちゃんと信じてるから大丈夫。帰ろ?」
彼女とは学校の外ではしっかり彼氏として接しようとあの後心に決めていた。
そしてその日は2人で帰りにいつもより遠い場所まで電車で行き、街まで歩いて彼女とプリを撮ったり、食べたりしながら話したりした。
俺だって真面目に恋をしたい、決して嫌いという訳では無いんだ。
なにも気にせず彼女との時間を純粋に楽しむ様にしていた。しかし視線というのはこんな場所でも必ず感じる。
見知らぬ生徒「あれ?みこじゃん!横はもしかして彼氏?はじめまして〜」
みこ「あ、みおちゃん!部活終わり?」
見知らぬ生徒「そうそう!みこは?今日さぼり?彼氏とイチャついて〜可愛いやん〜!」
見知らぬ生徒b「あ!みこちゃんお疲れ!こらみお〜、みこちゃんの邪魔かもしれんしあっちいこ!」
見知らぬ生徒「はいはい、またね!みこ!」
こういう時俺はどう対処したらいいのかよく分からない、彼女の表情を見るに俺に気を使って申し訳ない顔をしている事が嫌という程伝わった。
みこ「ごめんさく君、他校の部活友達で……絡まれるの嫌だったよね……。」
全部俺のせいだ、好きな相手にすら気を使わせ、こんな辛い思いをさせている俺に彼女と付き合う権利があるって言うのか?
こんな俺の姿を見たら親でも呆れてしまうだろう。
しかし彼女はこんな時でも俺の想像を裏切る事を言ってくれる。
みこ「私気にしてないから、さく君が嫌だって思うことちゃんと言って欲しい。私だって今はさく君との時間を大切にしたいし!だから嫌なことはちゃんと教えてね?さく君といる時は私だけじゃなくてさく君にも楽しんでほしいから!約束!わかった?」
彼女の言葉に俺は心底救われていた。
真剣にこんな俺に向き合ってくれる彼女を絶対大事にしようと心に誓う。
「うん、約束する。ありがとうみこ」
みこ「ううん!さく君の彼女だもん!当たり前です。」
俺は目の前の彼女にいい意味で呆れてしまい口を手で隠し少し笑ってしまう。
「フッ……」
すると彼女は嬉しかったのかじーっと俺の目を見て笑いながら聞いてくる。
みこ「あ!さく君今笑ったでしょ!?笑ったよね?!初めて私の前で笑ってくれた!えへへ、嬉しいな〜」
「わ、笑ってない……」
だめだ、恥ずかしすぎる……
まるでバカップルじゃないか……
「ううん!絶対聞こえたもん!笑ってました〜」
なんだろう……彼女と一緒にいるとこんな俺でも変われるんじゃないかと思えてくる。
彼女の前だけでもいい、彼女の前では普通の俺でありたいとこの時真剣に願っていた。
その後彼女が降りる駅で最後まで見送り家まで帰る。
さっきの場面を思い出しながら気持ちの悪い思い出し笑いをしたが、ふと我に帰り無言で周りを見渡す。
「やべ……流石に今のはキモいぞ……」
家の扉を開け部屋の明かりがついていたので帰った事を知らせる。
「ただいまぁ……」
するとリビングの扉を開け妹がこちらをじっと見てきた。
妹「あ、さくにぃ……なんかにやにやしてない?」
「してない……多分」
妹「ママぁぁ〜!」
「おい!ばかばか!!やめろって!」
妹の口を抑えようとリビングに駆け込むと珍しく父親が帰ってきていた。
川尻 幸一「はははっ!お前ら仲良くてよかったよ。おかえり朔玖夜。」
父はいわゆる刑事をしていて家にはなかなか帰ってこない。せいぜい月に2回帰ってくればいい方である。
そんな父は家に帰ってきても仕事の話はせず一父親として俺たちに接してくれる事が自慢の親と言えるだろう。
この場所に越して来たのも父の仕事がそもそもの理由。
なんでもかなり大きな仕事らしく、連続殺人犯の捜査で忙しいんだとか……。
「おかえり父さん……久しぶりだね」
父「たまには昔みたいにパパって呼んでくれたっていいんだぞ?ママの事も母さんとか呼んでるのか?」
そんな事聞かないでくれよ、この歳でパパママ呼びは嫌じゃないが、流石に恥ずかしいと感じる歳なんだ、察してくれ。
母「あら、おかえり朔玖夜。手洗ったらご飯食べてね」
母は専業主婦をしている。
毎日作ってくれるご飯はどこの家にも負けない美味さだと胸を張って言えるだろう。
特に米と汁物は絶品だ……。
妹「パパ〜聞いて?さくにぃ今日朝からずっとニヤけてるの!絶対彼女だよ!彼女!」
父はわざわざ箸を置き俺に期待の眼差しを向けてきた。
正直言ってうざい、やめてくれそんなに俺に彼女できたのが珍しいか?まぁ、否定はしないけど……。
父「ほうほぅ〜俺の遺伝子継いでるからな〜お前もそういう歳か!ちゃんと大切にしてやれよ?」
母「あなたも私の事もっと大事にしてね〜?」
父「あはは、ママ〜今だって大好きだよ、まだバリバリ現役ィ〜」
おい父よ、今食事中だ……やめろ、これでも思春期だぞ……。
妹「パパはずっと現役じゃないの?警察に現役じゃないとかあるの?」
妹よ、そのまま純粋であれ……永遠に
来年で中3になる妹もそろそろ性を理解してくる歳だろう、尚更気をつけろ父よ……
母「え〜じゃあひさびさに〜パパに抱い……」
「ママぁぁ!?よそうか!?そういうの!!」
妹「あ、さくにぃが珍しくママって呼んだ……」
そういう問題では無い妹よ……。
久しいのだった、家族みんなが集まってこうして食事するというのは。
父は昔からそれ程家にはいなかったが俺の思い出の中に冷たく遊んでくれなかったという記憶は一切無い。
ゲームも許してくれたし、何をするにも応援してくれた。
ただ、いつも必ず言われる事がある。
ー朔玖夜の好きな事、したい事をしなさい。
でも朔玖夜がこれは"悪"だと思うことは絶対にしないでくれ。パパとの約束だ。家族を泣かせるような真似はパパは許さない。ー……と
これはいわゆる男と男の約束というやつだ。
これまでもこれからも、この約束を破る気はない。
その後も久しく家族団欒というものをして、風呂に入り、俺は彼女からのBINEの通知に驚いた。
な、何件来てるんだ……そんなに俺と話す事あるもんなの?と馬鹿な浮かれた考えをしたが、すぐに通話をかけ謝った。
みこ「今日の事怒ってるかと思って心配で……」
「いや!ほんとおこってなんかないよ、むしろみこのあの言葉で俺は救われたと思う。」
気づくと俺は彼女に対して普段通り話す事にあまり違和感を感じ無くなっていた。
これでいい、これでいいんだ……と。
「その……口に出して言うの……キモかったらごめん。」
みこ「え?なに、言ってみて?」
「みこの事本気で好きだよ…その、感謝してる。」
彼女が一瞬黙ったので終わったと思ったがそんな事はなく、突然泣いたような声が聞こえる。
みこ「やっと……やっと言ってくれた、遅いよさく君…私も大好き!!」
この時ばかりは神というものを信じてみようかと思った。
あぁ、神よ…みこと出会わせてくれてありがとう。と。
それからというもの冬休みの期間はとても充実した日々を過ごし、お互いの愛情もかなり深くなっていくのを実感した。
地元の小さな遊園地に行き、水族館、定番は恐らく制覇しただろう。
手を繋ぎ……キスもした、それ以上のことはしていない、抱きつくくらいだ……。
幸せな時間をこれでもかと堪能していた。
あの日までは……。
彼女と出会って1ヶ月が経った。
冬休みは気づくとこんなにも早く終わっていて、
いつもと変わらない高校生活を送り、放課後はなるべく彼女と一緒にいた。
期末も近くなったある日彼女が家で一緒に勉強しようと誘ってくれた。
彼女の自室に入るのはまだ一度も無かったからか、
妙な期待をしてしまう。
それに、あれは完全に誘っている口調だった。
みこ「二人……きりで、勉強しよ?さく君、私の部屋で……ね?」
いや、勘違いだ。そんな事あるわけないだろ……前の俺ならきっとこう決めつけてなんの期待もしなかっただろう。
俺は変わった、もう彼女を泣かせる馬鹿な自分は捨て、期待に応えるべきだ……。
彼女の家の近くのドラッグストアでゴムを買い、
緊張で今にも目眩で倒れてしまいそうだった。
ついに……ついに俺も卒業だ……。
期待を胸に彼女の家のインターホンを押す。
ピンコーン………
あれ?音楽でも聞いてるのかな?BINEの既読もついてないな……。
恐る恐る扉を開けようとすると、
ガッ…チャ……
え……開いてる、あんまり戸締りしないタイプ?と
軽い気持ちで玄関へと入る。
「お邪魔します……み、みこ?」
返事はなく降りてくる足音すら聞こえない。
"何かあってから"では遅いと息を整えて靴を脱ぎ廊下へと足を歩ませた。
夕方で日も沈み始めていた為廊下はかなり暗い。
視界も悪く、ゆっくりと一歩ずつ足を進ませた。
空き巣と勘違いされてもおかしくない程静かに歩き
壁に手を付けながらードッキリか?そんな可愛いこと思いつくタイプ?……というかこれ不法侵入とかにならないよな?ー
とあまり悪い事を考えようとはせず進む。
すると突然足に何か当たった感覚がしゆっくりと視線を下へと向けると……。
…………え。
ドッキリ……だよな……?
違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!
うっ……あっ…………あ……
声が出ない……ドラマとか映画ならここで大きく叫ぶのだろうが実際は不可能だ……声なんて……出るわけが無い……
だって……視線の先に映るみこは……服がかなり乱れ、腹部から内臓という内臓が散らばったまま倒れているのだから。
腰が抜けた俺はどうしていいか分からずその場から離れようとするがいきなり滑ってしまい頭を強く床に打ち付けた。
よく見ると白い靴下は赤黒くなり、床一面が血で染まっていた事に気づく……。
ぁぁ……ぅ……お゛ぉっっ……ごボッ……ぉぇええ゛゛!!
心臓の音が耳に響き、酷い目眩と吐き気が襲う。
恐怖で体がビクともせず、その場で声にならない声を出していると、突然背後からどこかで嗅いだことのある匂いがする事に違和感を感じ、その正体がみこを刺した張本人だと気づいた瞬間俺の背筋が凍った。
???「あなた、来てしまったのね……帰れば良かったのに」
背後から腕を回し顔を真横にくっつけてくるその女性に、俺はただならぬ恐怖を感じていた。
だめだ、死ぬ……首元に冷たい何かが当てられているがそれがみこを刺したもので間違いないと確信に変わる。
???「あなた、興奮してるの?」
は……?何言って……
体とは不思議なものだ……こんな状況で何故か俺の欲は嘘をつけないらしい。
暗闇に慣れてきた俺の目にはブラが外れたみこの胸と、刺された時に漏れたのであろう汚れた下着が映り、こんな状況にも関わらず力ずよく盛り上がっているのが嫌という程伝わってくる。
???「こんなに勃たせて……私も興奮しちゃう」
背後からチャックを下ろす音が聞こえたと思えば背中に"やわからいもの"が直に当たるのを感じる。
もう訳がわからない……これは夢なのか……幻なのか……いや現実だ……
いきなり顔を手で後ろへと向きを変えられその顔を見ると。
あの時玄関でぶつかった一つ上の学年の女子だという衝撃とともにいきなりキスをされ舌を入れられる事に頭の処理が追いつかず、もうどうにでもなれと自分でもわからない状況に陥る。
頭が真っ白だ……全部失った、"愛"も"恥"も"人生"も……もうこのまま死んでしまってもいい……。
・・・・・・ー
それからどれだけの時間が経っただろう……俺には何時間もの時間に感じた気がする。
死体の匂いが鼻につき、朦朧としていた意識が徐々に戻ってくるのを感じた。
俺は黒いパーカーを着た彼女に押し倒され寝転がったままで、彼女は俺の上に乗っている。
???「あなたからは私と同じ匂いがする。あなたに選ばせてあげる。今目撃者としてここで私に殺されるか、黙って私と一緒に罪を被るか……どうする?」
「いっその事……殺して……くれよ……」
???「面白くないわ……ならあなたのこの一物を切って口に突っ込んでもいいのかしら?」
笑えない……何言ってんだこいつ……頭イカれてるだろ……というか……イカれてるのか、こいつも……俺も……。
「なんで……殺さない……さっさとすればいいだろ……罪人になるくらいなら俺はここで死にたい……」
「あなたが気に入ったから、殺すには勿体ないわ。きっとこれから"あなたが必要になる"。」
俺が……必要……?俺に罪を着せる為か?それとも他に何か理由があるのか……?
彼女の狙いはなんだ、何のためにみこを殺した……。
???「どうする?本当に死ぬ?私としてはこんな場面で死体を見て興奮する貴方をとても気に入ったのだけれど……殺すのが惜しい。」
俺が死んだら家族はどうなる?
こいつは捕まるのか?でもこの謎の自信はなんなんだよ……逃げ切れるとでも?
「あんた……何人殺した……?」
何聞いてんだ俺は……もう頭が整理できなくて訳の分からない質問をしてしまう。
死ぬかもしれないこの状況で、殺した数を聞いてなにが変わる?
???「この子で5人目……あと8人は殺すかな。フフッ…わからないけれど」
彼女の返答に自分の中の疑問が一つ解け、また一つ増えた。
まず父親が追っている連続殺人犯はきっと彼女であるということ。しかし確証はまだない。
そして殺す人数を予め決めている点に大きな疑問を感じる。
彼女の気分なのか、それとも何か意図があるのか……。
今俺がここで死ねば殺されるかもしれない人数が減るのか?、しかし目的があるとするなら俺の死はなんの意味も持たない。
???「そろそろ決めてもらえる?早く帰りたいのだけれど……。」
「あんた……なんでそんな普通にしてんだよ、帰る?家に帰るってのか?親はなにも思わないのかよ……。」
???「私に"親はいない"わ……家に帰っても妹一人待ってるだけよ?」
妹がいるのにこんな事を!?ー妹は知ってるのか?
それとも隠してるのか……?親がいないと言った時少し彼女から怒りを感じた気がしたのは気のせいだろうか……?
「わかった……黙っておくよ……見逃してくれ。」
「やっと決めたのね、でもその選択は間違いではないわ、命をもっと大切にするべきよ。」
どの口がそんなこと……よく言える。
人の命を易々と奪いサイコじみたこんな彼女に言われるとは……人の命をなんだと思ってんだよ……。
???「フフ……後悔させないわ、ありがとう。」
彼女のこの言葉がこの先俺の"人生を大きく変えてしまう"なんてこの時はまだ知る由もなかった……。