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52キャットファイト

 部屋に戻って真っ先に、暗がりの中で精霊の宿り木の光を頼りに鏡に映る自分を見る。


 一瞬体が固まってしまったのは、予想以上にひどい顔がそこにあったから。


「……目元がすっごく腫れてますよね」


 わたしの目から腫れを引かせるための試行錯誤を想像したのか、フィナンは疲れた声でぼそりとつぶやく。

 その声に心なしか揶揄いの気配があった気がして、自然と唇を尖らせてしまう。


「それはフィナンの方でしょ。もう目が開かないくらいに腫れぼったいわ」


 ちらと横を見れば、そこにはわたし以上に目元が腫れた、残念な顔をしたフィナンの姿が見える。

 目元の腫れはもちろん、体が冷えたせいか唇が青ざめ、顔色も悪いせいで病人にしか見えない。


 本当に、ひどい顔。


 わたしも、フィナンも。


「きっと目元が腫れすぎてよく見えていないんでしょ」

「ちゃんと見えていますよ。ですから奥様の、クローディア様の顔が不細工になったことが分かるんです」


 そんなことは胸を張って言わなくていい。


「へぇ、わたしに不細工というのはこの口かしら?」


 柔らかいフィナンの両頬をつまんで左右に引っ張る。

 むへぇ、とおかしな声を漏らすフィナンは、泣きはらした顔がますますゆがんでおかしなことになっている。


 その顔があんまりにもおかしいものだから、つい笑ってしまった。


「ほうひふほほふぉふふはは……ほうへふっ」

「何を言っているかわからない、って、ひょっほ、ひゃめははひ!」


 お返しとばかりに、フィナンもまたわたしの頬をつねってくる。


 夜、うす暗い部屋の中で互いの頬をつねりあうわたしたちの姿は、第三者の視点からすればひどく間抜けだっただろう。

 あるいは、狂ったと思われたかもしれない。


 幸いなことにこの場にはわたしたち二人以外の視線は無かったけれど。


 互いに精神的にも肉体的にも疲れていたからか、わたしたちの力量はドングリの背比べ。

 終わりなき戦いに自然と息が切れ、わたしは最終手段に出ることにした。


 だって、フィナンに負けたくなかったから。


「……ひょおひ!」


 精霊に頼み、魔法を発動。


 出現した氷は重力に従って落ちていき、フィナンの首の後ろから服の中へとすとんと入った。


 肩を跳ねさせ、ぴぃんと背筋を伸ばしたフィナンがわたしの頬から手を放す。

 ぎょっと目を見開いて体を震わせる彼女は、背中へと手を伸ばし、それから体をひねって腰あたりに触れ、氷の感触を確かめる。そのころにはもう、小さな氷の粒は溶けて、フィナンの体を濡らすばかりになっていた。


 体をぐねぐねとさせるその姿は怪物を呼ぶ儀式か、水草を模した踊りのよう。


 溶けた水がしみこんだ背中の冷たさにこらえながら、フィナンは涙目で見上げてくる。

 わたしは、勝ち誇って胸を張って見せた。


 少なくとも、最後まで頬をつねっていたわたしの勝利……って、何をやっているのだろうか。


「冷たいじゃないですか!」


 わなわなと唇を震わせたフィナンの叫びが、闇の先へと反響して消えていく。


「……驚くわけじゃないのね」


 最初の反応がそれなのか、と。

 考えたのは、ほんの少しの不安が胸にあったから。


「本っ当に驚きましたよ……いきなり背中に氷を入れるなんて、どんな教育を受けてきたんですか!?」

「王子妃教育だけれど?」


 一瞬動きを止めて「そういえばそうでした……」と天を仰ぐフィナンはひどく遠い目をしていた。まるで、もうどうにでもなぁれ、とすべての思考を放り出したかのよう。

 それはなんだか無性に馬鹿にされている気がして、少しだけ腹が立った。


「そうでした。一応、クローディア様はアヴァロン殿下のお妃様でしたね」

「一応なんて言うのはこの口……じゃなくて!」


 再び大声を出せば、今度こそ飛び跳ねるほどに驚いたフィナンは、慌てた様子でわたしの口を手でふさぐ。

 すでに夜遅いのだし、騒いでいてはいけない。

 さっきから、散々フィナン自身が叫んでいたのだけれど。


 自分のことを棚に上げて何をしているのか、とジト目を向ければ、フィナンはすごすごと手を離す。

 それでもちらりちらりとわたしの口元に視線を送るのだから、実に使用人らしい、と評すればいいのか。


「……もう大丈夫よ」

「肝が冷えましたよ。今、騎士やほかの使用人がやってきたら、殿下が来ずに枕を涙で濡らすクローディア様の姿が目撃されていたんですよ?」


 ここにベッドなんて無いとか、よよよと悲劇的に語ってくれるなとか……ツッコミを入れたいことは多かったけれど、それよりも、殿下のために涙するという言葉に気が立った。


 決して、間違った表現ではないのかもしれないけれど。


「ひどい誤解もあったものね。まるでわたしが殿下に惚れこんでいるみたいじゃない。……そんなこと、百年先にも無いわよ」


 何せ百年先にはわたしも殿下も死んでいるだろうから、なんて。

 想像しようにも、殿下の姿はわたしの中で今と寸分たがわぬ姿をしていて、これはきっと、接点が無いから未来の姿が想像できないだけだと思っておくことにした。


 少なくとも、永遠に年を取らない化け物のように感じているだとかいうことは、無いはずだ。さすがに不敬だし……でもあの冷血王子ならさもありなんというか、他人の生き血を啜ってでも若さを保っているかもなんて、少しばかり酷い想像ができてしまう。


 そんな悪魔めいた殿下の姿に同意したわけではないだろうけれど、フィナンもまたそれはもう強く首肯してみせる。


「まあ、夫としてはひどい方だと私も思いますよ。あ、ここだけの話にしておいてくださいね?」


 不安げに瞳を揺らすフィナンに、安心しなさい、と強くうなずいておく。


 アヴァロン殿下への怒りを抱えているのはわたしも同じなのだ。


 結婚式は簡素、初夜に寝室に足を運ぶこともなし、それどころか妻の顔も覚えていない。

 三拍子揃えた殿下への気遣いなんていらない。


 いつもであればここぞとばかりに殿下への愚痴を口にしただろうけれど、今日のわたしの心を占めるのはそんなことではなかった。


「ねぇ、フィナン……驚かないのね?」

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