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47救援

少し書き方が変わりますが、気にせずお読みください……読みやすくなっているはずです。

 応援の騎士たちがやってきたところで殿下を引き渡す。

 事情聴取を求められたけれど、それは魔法を放って妨害してやり過ごした。


 ――すごい危ない人になった気分で、実際に騎士たちが目を吊り上げて無理やりにでもわたしを捕えようとしたけれど、正直これ以上かまっている余裕はなかった。


 背後、ヴィンセント王子が一喝してくれたおかげで騎士たちから魔法が飛んでくるようなことはなかったけれど、それでも背中に突き刺さる殺意のにじむまなざしは中々消えることはなかった。


 何やらファントムなどとおかしな呼び声が聞こえた気がしたけれど、精霊に吹かせてもらった強風のせいか、声ははっきりとは聞こえなかった。


 夜の闇はますます深くなり、左右、家から漏れていたわずかな明かりも消えつつあった。

 いつになく夜が迫って聞こえるのはきっと、先ほどの戦闘の音が周囲に響いていて、起きている者も巻き込まれないようにと息をひそめているからだろう。

 冬の冷たい空気の中、音は驚くほど明瞭に遠くまで響き渡るものだから。


 進むほどに走る速度は速くなっていった。

 急き立てられるように、逃げるように、目をそらすように。


 殿下から逃げているのか、フィナンを追っているのか、自分の心が、自分でもよくわからなかった。


「はぁ、はぁ……はぁ」


 呼吸の粗さを気にしている余裕はなかった。


 急くばかりの心を抱えるように胸に手を当てて深呼吸をしてから、周囲を見回す。彼女の、フィナンの姿を探す。


 一人で逃げ出した彼女は、大丈夫か。心細く思っていないか。

 ――無事か。


 夜の王都は、多くの者はそもそも眠りについていて、けれど決して安全というわけではない。

 例えばそう、後ろめたいことがある者は、むしろ夜に活動するのだから。そういう人達が活動する一角へと足を運んでしまったらーー


 背筋を強い悪寒が走り抜けたのは、寒さのせいか、フィナンが傷つき、倒れているところを想像したからか。


 心配の大きさは、わたしがフィナンを大切にしている証。


 彼女がずいぶんと自分の中で大きな存在に育っていたことに驚きつつ、ますます急き立てられるようにして走った。


 夜の道を照らすのは精霊の宿り木。

 大通りに等間隔に設置されたそれは、けれど狭い路地にも設置されるほど安いものではない。だから、大通りへと通じる道の先は、まるで怪物が大きな口を開いて待ち構えているようにも受け取れる。


 一つ道の奥へと踏み入ってしまえばもう、真っ暗な世界が顔をのぞかせているのだ。


 暗さ――それはわたしの中に生まれた恐怖心を掻き立てる。


「フィナン! どこにいるの!?」


 大きく声を張り上げ、彼女を呼ぶ。


 この際、近所迷惑だとか、そんなことを考えている余裕はなかった。


 耳を澄ます。聞こえてくるのは、自分の荒い呼吸ばかり。

 フィナンの声はもちろん聞こえてくるはずもなく、ただ焦りばかりが増していく。


 落ち着け、落ち着けと言い聞かせても、心臓はバクバクと鼓動を刻み、耳元でもドクンドクンとうるさい。


「フィナン! 返事をしなさい!!」


 強く吹き抜けた風が耳元で鳴る。

 無事なはずだ。きっと問題なく逃げきれている――そのはずで。


 けれどわたしがこれほどまでに心配するのはきっと、フィナンにポンコツなところがあるから。

 フィナンがやらかすタイプ、あるいはこういう時に限って転がり落ちるように危険に飲まれていくタイプだと思っているから。


 騎士たちに協力を要請すればよかったという後悔と、これ以上足止めを食らわずに済んだのだからこれでいいという気持ちが、胸の中で対立する。

 騎士たちとあまり関わり過ぎてはろくなことにならない。あの、どこか臆病な騎士一人と関わってしまったことだって、わたしにとっては大きな問題だったのだから。


 どれだけの騎士がそうかは知らないが、中にはわたしのことを知っている騎士もいるはず。


 ――《《アヴァロン王子の妃》》としてのわたしを。


 そんな自分がアヴァロン王子殿下と一緒にいるところを、ましてや人目を忍んで夜の王都にいるところなど見られたいはずがない。


 何より、あの場でわたしの正体が露呈してしまえば、わたしが魔法を使ったことがバレてしまう。

 そして、芋づる式に、精霊に見放された土地で魔法を使って狩りをしていることを知られてしまう。


 それは、それだけは、避けたかった。


 ――フィナンの無事よりも、その価値は重いの?


 心の中、天秤が揺れ動く。それはやっぱり魔法を使える環境の維持、という側に傾く。


「は……ははっ」


 自分でも呆れてしまう。

 わたしは人の命一つより、魔法を使って狩りを続けられることを好む。

 こんな卑しい人間なのだ。


 それなのに、わたしは今も、心臓が張り裂けそうになりながら、王都を走って――


 声が、聞こえた気がした。

 足を止める。

 荒い呼吸音の中に、フィナンの声を探す。

 息を落ち着け、耳を澄ませて――


 ――ぁぁぁぁ


 聞こえた!


 声のした方へと走り出す。


 足が、腕が、肺が、心臓が悲鳴を上げているけれど、構いはしなかった。

 王妃としての生活のせいか、筋力も体力も落ちているように感じる体に鞭打って、音がしたほうへと駆け抜ける。


 路地に飛び込み、暗闇の中を走る。

 暗さに慣れてきたからか、足元に転がる木片などで滑ることもなく、まっすぐに、その先へ――


「フィナン!」

「んんんん~ッ」


 暗がりの中、影が三つ。


 口元をふさがれ、引きずられるフィナンと、彼女を捕まえる男、そしてその後ろにもう一つ。


「その子を放しなさいッ」


 目の前が真っ赤になった。怒りに突き動かされるように、体は半ば無意識のうちに動いた。


 ナイフを抜き放ち、フィナンを捕まえる男へと振るう。

 咄嗟に彼はフィナンから手を放し、無言でわたしへと拳を叩き込もうとしてくる。


 しゃがんで回避、フィナンの顔を胸もとに押し付けるように抱きしめる。

 これで、フィナンの視線は封じた。


 今更無駄じゃないか、この期に及んで自分のことばかり――泡沫のように無数に浮かび上がる思いを押しやり、精霊よどうか聞き届けてと、ありったけの思いを胸に叫ぶ。


「吹き飛びなさいッ」


 その言葉は、もはや魔法の詠唱の体をなしてすらいない。

 ただの願望。ただの発露。


 ――けれど精霊と深く通じていればこそ、その想いはどこまでも強く、確かに届くのだと思う。


 精霊が答える。


 わたしの言葉は第三者が聞いても魔法の呪文とは思えない短い文章で。

 だから、男たちは反応できなかった。


 風が吹き荒れた。

 男たちの体を軽く十メートルは吹き飛ばす。


 くぐもった悲鳴を上げる()()()()()()()()()()()は、盛大に地面とぶつかり、動かなくなる。

 血のにおいが、うっすらと香り始める。

 騒音のせいか、周囲の家屋の中がにわかにざわめく。


 ただ、そんなことは全く気にならなかった。


 腕の中、胸で視界を覆うように抱きしめていた彼女のぬくもりを確かめるように、改めて強く、強く抱擁する。


 震えた彼女の凍えを解きほぐすように。


「もう大丈夫よ、フィナン」


 ガタガタと震える彼女を抱きしめ、抱き上げ、もう一度路地の先を見る。


「…………」


 魔法で吹き飛ばした男たちの姿はもうそこには無くて。

 わたしは逃げるようにフィナンを連れてその場を後にした。


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