41甘味づくり
「いろいろと言いたいことはあるのですが、取りあえず仲が悪いお二人は共同作業をするべきなんです」
何をどう考えたらそんな発想になるのか。
普段からは予想もつかない勢いでわたしと殿下を引きずっていったフィナンは、王城の一角、当初から借りていた調理場で胸を張って告げた。
胸のふくらみを強調するかのようなその動きが憎らしい。全く、もげればいいのに。
「怖いですよ。いきなりなんてことを言うんですか」
「持たざる者の恨みね」
「持たざるって……まあいいですけど」
明らかに何か言いたげなのに堪えて、フィナンはパンパンと手をたたく。
使用人服のフィナンと、街歩きの恰好にエプロンを着たわたしと王子殿下。わたしはさておき、フィナンが用意していたフリルつきの白いドレスを身に着けた殿下の姿はひどく滑稽で、少しだけ溜飲が下がった。
「何を笑っている」
「いいえ、何も笑ってなどいませんよ」
「その目が笑っているんだ」
「目って……節穴ですね。殿下の目はどこについているんですか?」
「顔だ」
「あ、はい」
「そこ!夫婦漫才をしていなくていいので、早く手を洗ってください」
夫婦という言葉に過敏に反応した殿下が小声でぶつぶつと何かをつぶやく。その姿は怖いというかおぞましくて、わたしはそっと彼から距離をとった。
本当に、わたしにはアヴァロン王子殿下という人がわからない。
ついでに今日は、フィナンのことも理解できそうにない。一体どんな生い立ちをすれば、王子殿下を顎で使う使用人が誕生するというのだろうか。
「殿下、粉が散ってます。もっと丁寧に、ボウルの中だけでふるいにかけてください」
「わかっている。できているだろうが」
「できていませんよ。ほら、このあたりが粉だらけ……って、今度は反対です!」
意識をすれば反対側に粉をぶちまける。殿下は手や服を小麦粉まみれにしながら、フィナンと言い合いつつ粉をふるいにかけていく。あれでは分量がくるってあまりおいしいものはできないかもしれない。
そう思いながら、わたしはコラーゲンスライムにお湯を加えて溶かしていく。
今回の料理の目的は二つ。
一つは魔女の円卓のことを教えてくれたハンナの、ぎっくり腰へのお見舞いの品を作ること。魔女の円卓という素晴らしい交流の場を教えてくれて以来、わたしはまだハンナに顔を見せに行っていない。さすがにこれでは不義理だし、次に円卓でどんな顔をしてハンナに会えばいいかわからない。
だからお見舞いという名目でお礼をしに行くのだ。
そしてもう一つの理由が、飴細工とは異なる自作の甘味を用意すること。
精霊は魔法使いが自ら作ったものの方を捧げるが、喜んで力を貸してくれるのだという。特に自分の周りに長く同じ精霊がとどまってくれている場合だとそれが顕著になる。
より強い魔法を少ない甘味で放つにはお菓子の自作が必要ということ。
円卓で教わったことをさっそく実行するつもりだったのだけれど、作りながら疑問が浮かんだ。
それは、誰かと合作の場合はどうなるのか、ということ。
既製品、合作、自作の順番で精霊により強く好まれるのか。あるいは、合作と自作はどちらも同じくらいなのか。
すでにスワンたちが試しているかもしれないし、考えればわたしが加工した飴細工だって、わたし一人の料理とは言い難い。つまりは合作。とはいえ、両者を検討してみるのは意外と面白いかもしれない。
「……楽しそうだな」
「面白いですから。料理を作っている感触ではありませんし」
お湯を入れて練り混ぜているコラーゲンスライムはすでにゲル化し、かき混ぜるヘラはひどく重い。それをぐりぐりと練るのは力が要るけれど、この工程が触感に大きくかかわってくるから大事なのだ。
しっかりと練ったら半分を別の器に移し、殿下が計量してふるいにかけた小麦粉と砂糖、各種隠し味を加える。片方は空気を混ぜ込むように大きくかき混ぜ、もう一方はボウルのふちにこすりつけるように押して空気を抜く。気分はマカロナージュ。なんだかパティシエになったような気持ちになる。
「楽しそうですね」
殿下もフィナンも、そんなにわたしが普段楽しくなさそうだといいたいのだろうか。
……あながち間違っていない。というか大体あっている。だって、王城での生活は、より正確には王子妃としての生活は窮屈で仕方がないから。
「それにしても、手慣れたものだな」
「多少は料理はしますから」
なんて、わたしの料理のレパートリーのほとんどは野営で食べるような粗野なものだ。素材をそのまま焼けばいい。火が通っていればいい。あと、塩がきいていれば言うことはない、といった感じ。
それでも多少は薬を作った経験があって、そのおかげで手の動きに慣れが見えるのかもしれない。
「そろそろですか?」
「ええ。それじゃあ次に移りましょうか」
生地はここでしばらく寝かせておく。するとスライムゲルが程よい水気を帯びた状態になり、手にあまり引っ付くことなく丸めることができるようになる。
濡れタオルをかぶせて乾燥を防いでおいて、今度は中に入れるものを用意。
王子殿下に指示を出しながらフィナンが用意していたいちごの砂糖煮はだいぶ照りが出てきていた。
「……で、これは何を作っているんだ?」
「フレッシュ・ボールですね」
「……」
「匂い消しの丸薬、といえばいいでしょうか」
「それは、料理なのか?」
「あくまで、匂い消しの丸薬に使われるカプセルを利用したお菓子ですよ。そうでなければカプセルに砂糖を加えはしませんから」
「砂糖を加えない場合も作ったことがあると言いたげだな」
「それは、まあそれなりに」
狩りの匂い消しのためにフレッシュ・ボールは有効に働く。使い方は二つあって、一つは薬草を煎じたものを入れたフレッシュ・ボールを食べて、息を人間臭いものから変えること。嗅覚に敏感な動物を相手にするための方法として知られている。
もう一つは、ひどく悪臭のするフレッシュ・ボールを相手に投げつけるか、相手の足元にたたきつけること。割れたフレッシュ・ボールから突如噴出した悪臭で敵を翻弄し、あるいはそのにおいだけでショック死させることができたりする。
まあ、今日生地で包むのは食べられる安全な、そして美味しいものだけれど。
「……どんな劇物だ、それは」
「そこらの雑草を、揮発成分が抜けないように煮詰めて中に詰めるんですよ」
「それだけか?」
「あとはミントの揮発成分を混ぜ込んだりもしますね」
「なぜミント」
「ひんやりするあの液体が苦手な魔物が一定数いるんですよ」
「それは知らなかったな。……ふむ、騎士の備品として導入するのもありか」
「もっと、一度使うと匂いが服にしみついて、その後の狩りが難しくなるのが欠点ですが」
「……なしだな」
言いながら、フィナンが作った砂糖煮を生地で包み込んで丸く成型する。殿下と並んで、二人でこねこね、こねこねと……わたしは、何をしているんだろう。
アヴァロン王子殿下と並んで料理なんて、どうして?
あ、フィナンのせいか。
わたしたちの後ろでフィナンはてきぱきと動き、今度はナッツクリームを作っている。
一度炒ったナッツを使うことで風味を強め、それを素早くすり下ろして加工を進めていく。香る森の匂いは心安らぐもので、自然と肩から力が抜ける。
つくづくわたしは森に染まっていると、自分でもあきれるほどだった。
「そういえば、今日のこれはどういう趣旨だ?」
「……知人のお見舞いの品を作ろうと思っていたのですよ。その食材調達に向かった先で、面倒な男性をひっかけてしまいました」
「お前、私が誰か分かって言っているのか」
「この期に及んで理解していなければ、それはそれで大物ですよ」
横目でにらみ合い、それから、二人そろってちらと背後を見る。そこには鼻歌を歌いながらゴリゴリとナッツをするフィナンの姿がある。茶色の髪は主人にじゃれつく犬の毛のようにふわりふわりと左右に揺れる。歌に合わせてステップを刻むほどには、フィナンはノリノリだった。
「彼女も、わかっているのだろう?」
「そのはずですよ。さすがに王城勤めの者が殿下のことを知らないわけがないですよ」
何より、仕えているわたしの旦那様なのだから――という言葉はぐっと飲み込む。
「えっと……なんで見てるんですか?」
わたしたちに動きがないことを感じ取ったフィナンが振り向き、目が合う。
困惑に瞳を揺らし、うつむくフィナンの顔は見る間に赤くなっていく。
「恥ずかしがっている姿もかわいいわね」
「うぅ……料理をするときは歌うのが癖になってるんですよ」
「踊ってもいたがな」
「嘘!?」
「この私が嘘を言うとでも?」
「は、はわわわ……」
目を回し始めたフィナンはふらりと体を傾けて。
とっさに殿下が手を伸ばすも、再び自分の力で持ち直して背中を向ける。
「お二人は作業を進めてください。そろそろこちらも終わりますよ」
「砂糖煮は包み終わりましたよ」
「え、早いですね……って、大きい、ですよね」
それはもう、仕方がないと諦めるしかない。わたしの作ったものは小ぶりだけれど、殿下はサイズなんて気にせず、自分の掌の大きさに合わせて作っていた。
つまり、殿下のこぶしサイズのフレッシュ・ボールが、いくつもテーブルの上にごろごろと転がっていた。おかげで砂糖煮は早く尽きてしまい、フレッシュ・ボールの数も減ってしまった。
はん、と鼻を鳴らすようなそぶりを見せるフィナンを前に、殿下がすっと目を細くする。まるで鷹のよう、だけれど。
今更殿下の視線にひるむようなフィナンではなかった。
「まあいいです。生地は十分にありそうですし、次に行きましょうか」
今度はナッツクリームを包んでいく。
フィナンにからかわれたからか、今度は殿下もしっかりとサイズを考えて包んでいく。
逆に考えすぎて小さすぎるものもできていたけれど。
「ウサギの糞ですか?」
「……お前、これは食べ物だろう?」
「こんなにも小さくした王子殿下の正気を疑わずにはいられませんでした」
揶揄えるうちにしておくべき。
嘲るように告げれば、殿下は荒く鼻息を吐き、ちまちまとスプーンでクリームを丸く伸ばした生地の上に掬い取っては眺め、一ミリグラムのずれも許さないとばかりに調整を進める。
「あの、スプーンが欲しいのですが」
「量を調節しろと言ったりさっさと終わらせろと言ったり、どっちだ」
「両方ですよ。第一そんなに精密にサイズを考える必要はありませんよ。お見舞いの品はサイズのそろったものを持っていくので」
「……そうか。ところで、お見舞いというのは?」
「ぎっくり腰らしいですね」
「ふむ、それは災難だな。若くしてすでに腰に来ているとは、なかなかに大変な肉体労働にいそしんでいるのか」
この殿下はとうとう頭がおかしくなったのだろうか。
「……なんだ、その目は」
「いえ、普通ぎっくり腰と聞けばご高齢の方を想像しませんか?」
「いや、お前の友人なのだろう?……友人という話だったよな?」
「知人のおばあさんですね。まだ一度した会ったことのない」
「それは知人と呼んでいいのか……?」
納得がいかないといった顔をした殿下の手が止まったところでスプーンをひったくって料理を進める。
そうして完成したフレッシュ・ボールは、本来は生地が乾くまで放置するのだけれど、今回は軽く焼くことにする。
焼くときに気を付けるのは、生地の分量を考えること。乾燥させる場合と同じ分量のものを焼くとコラーゲンスライムが多すぎてガチガチのカプセルになってしまう。さくほろと崩れるお菓子らしいカプセルにするには、特に焼く場合にはスライムゲルを少なくしておくのだ。
手際よくフライパンの上に並べたフレッシュ・ボールをフィナンが加熱する。あっという間に表面がパリッとして、すぐに上げてあとは余熱。
「……完成ですね」
「おい、何を勝手に食べてやがる」
「味見は必要でしょう?」
「せっかくなのだから紅茶も一緒にすればいいだろうが」
全く、とぶつくさ言いながら殿下はお湯を沸かし始める。使用人のフィナンがいるのに率先して動くそのあり方は、やっぱり王子様からは程通い。
「……第一王子殿下?」
「なんだ、いきなり」
「いえ、何でもありません」
目の前にいるのは実はアヴァロン殿下ではない替え玉、あるいはまだ幼い第二王子殿下かと思ったけれど、さすがにそんなことはなかった。
紅茶の入ったポットを手に、調理場の端にあるテーブルに腰を落ち着ける。食事をするにはやや台が高いけれど、調理用のものだから仕方がない。
慣れた動きで紅茶をよそう殿下は三人の前にそれぞれカップを置いて。
「……私の椅子はどこだ」
「はっ!すみません殿下!」
「いや、気にしなくていい。気づいていて何も言わず、何もしないそこの性悪が悪い」
フィナンを押しとどめた殿下は、少し遠くにある椅子を運ぶために歩き去っていく。
その背中をじっと眺めていたフィナンが、テーブルに身を乗り出してわたしに耳を貸すようにアイコンタクトしてくる。
何かあったのかと、紅茶をこぼさないように、けれど殿下に聞かれずに済むくらい顔が近づくように身を乗り出して。
「……まさか、奥様が誰か、気づいていないということはありませんよね?」
「そのまさかよ」
驚愕に目を見開いたフィナンはしばらく氷像のように動きを止めた。
「どうした。紅茶が冷めるぞ」
背後から聞こえてきた声は、内緒話を聞きとがめたそれではない。
「殿下は…………いえ、何でもありません」
「揃って途中で言葉を止めるのか。似た者同士だな」
憮然とした様子で腰を落ち着けた殿下がフレッシュ・ボールの一つを食べ始めたのを見届けてから、わたしもまた、動きを止めたままのフィナンから顔をそらすようにして皿に手を伸ばす。
驚愕に、怒りを買い混ぜたフィナンに、視線でそれ以上何も言うなと言いつけてから。




